◎ Beginning
歳三くんと知り合ったのは、本当に偶然だった。
「やめてください、っば....。」
私の勤めていた会社は、所謂男社会。
私のような女は自分たちの雑用さえやっていればいい、私のやったことは全て彼らの手柄になる。
そしてセクハラなんぞ、日常茶飯事。
少しでも上に報告しようとすれば、私の首はぶっ飛ぶし、そもそも上が取り合ってくれるかどうかすら不明だ。
就職難の時代だったから、迷わず内定をもらった会社に入社してしまったのが、間違いだった。
この日エレベーターで居合わせてしまったのは、会社でも一位二位を争うスケベおやじ。
満員のランプが点灯したエレベーター内は、知らない人同士が肩を寄せ合って窮屈そうな空気に包まれていた。
「やめて、ください...。」
混雑も手伝って、そのエロおやじは私にぴったりくっついている。
そして下半身に感じる、違和感。
「部長に、報告しますよ...」
それでの違和感の原因は動きを止めなかった。
それどころかいっそ増すばかりで。
「報告したことろで、どうなる?」
エロおやじの攻撃ターン。
そう言われてしまったら、おしまいだ。
この会社の場合、そんなこと通用しない。それどころか悪者になるのは、私だ。
だから私は辛抱し続けるしなかい。
まだエレベーターで鉢合わせただけましだろう、ほんの数秒もしくは数分で済むからだ。
こんな感覚になってしまった自分を嘆きつつ、目的階にたどり着くまで辛抱しようと決めたとき。
「おい、こんなエレベーターん中で堂々とやってんじゃねーよ。嫌がってんだろうが。」
クソエロおやじの手を捻り上げるように私から離してくれた男性がいた。
「あっ、あんたは...。」
「今日ここで取引させてもらった商社の者だ。なんなら今すぐ無かったことにしてもいいんだぜ?」
「ひっ、お、降ります!!!」
おかげで中途半端な階で開いたエレベーターの扉から、逃げていくように飛び出していった。
私が注目を浴びないよう、小声でことを済ませてくれたので、何事もなかったかのように扉が閉まる。
「あっ、ありがとうございました...。」
「大丈夫か?もっと堂々と言えよ、されるまんまだぞ?」
その男性は眉を下げながら、微笑んだ。それが出来たらどんなにいいだろうか、と言いかけた言葉を飲み込んだ。
けれども本当に心から心配しつつも、そんな素振りを見せずそっと優しく包んでくれるようで、いつの間にか心安らいでいた。
その時の男性っていうのが、紛れもない、歳三くんだった。
あれから初めて知ったのだけど、歳三くんはうちの会社のお得意様としてしょっちゅう出入りしていた商社の人だった。
受付で出会ったり、会議室にお茶を運んだと思ったらそこに座っていたり。
気付いた時には食事を一緒にする仲になっていて、こういうのを運命の出会いっていうのかな、そんな風に思っていた。
男の人って、スケベで下心しかないと思っていたけど……。
誰もいない海岸に、私だけの足跡が残る。
ただひらすらに真っ直ぐ歩いて後ろを振り返れば、もう既に、さっきつけた足跡は消えていた。
まるで、歳三くんの記憶の中の私みたい。
「なんか、最近疲れてねーか?」
当たり前になった歳三くんとの、ご飯。
彼と出会ってから数ヶ月経った頃、私はそんな会社の雰囲気に、精神崩壊する寸前だった。
相変わらずセクハラは続くし、最近では所謂パワハラってのも加わっているような気がする。
あいつはお得意様を取り込んで、この会社の弱みを握ってるんだ。
そんな噂がひっそりと広まっていた。
「まだ……会社での風当たり、強いのか。」
「……ちょっと、ね。ほらうちの会社、男社会だから。」
歳三くんは、物分りがいいから。
こういうとき、その場しのぎの安売りな言葉は言わない。
代わりにそうか、と呟けば、せめてもの気分転換にとドライブに誘われた。
「でっかい海でも見に行こーぜ。気分すっきりするんじゃねーか?」
「えぇっ?こんな時期に海?…歳三くんって、案外面白いこと思い付く人なのね。」
歳三くんの思いやりが、とっても嬉しい。
こうやって彼と二人で過ごす時間は、いつの間にか私の生き甲斐になっていた。
殺伐とした日常に咲く、一輪の花。
この人とずっと過ごせたらいいのに、そう願うようになったのは、きっと自然なことだった。
今日訪ねた海岸こそが、歳三くんが見に行こう、と言った海だ。
高速道路で片道一時間ちょっとだったと思う。
車を運転する歳三くんの姿はすごくカッコよくて、なんとなく雑誌に書かれているような女の子の萌えポイントがわかったような気がした。
やっぱりバックの時の姿が、いい。
この帰り道に、私は歳三くんから告白された。
今でもすごく覚えているのは、それがこの静かな岩陰だったということ、そして沈んでいく夕陽に照らされた歳三くんの表情。
「俺の前では、泣くことを我慢するんじゃねぇ。」
どんなに風当たりが強くても、俺はお前を裏切らない。
俺はお前が好きだから、辛いとき胸くらい貸してやる。
お前が俺のことをどう思っていてもいい。振り返れば俺がいることを忘れるな。
だから私は歳三くんの前では涙を我慢できなかった。
でもそれでよかったのに。
(今度は歳三くんに泣かされちゃった。)
あまりに終わりが空しくて。
ただひたすら寄せては返す波を見つめていた。
(胸くらい貸すって言ったの、どこの誰よ.....)
To be continue....
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