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 Ideal

「すみません、大人一人、ください。」

周囲からは、楽しそうな家族連れの声が聞こえる。
手渡された紙切れに印字されているバーコードをかざし、一歩中へ踏み込んだ。

ポップコーンの甘い香り。
今にも空に飛んでいきそうな風船をたくさんもったお姉さん。
至るところから聞こえてくる、笑い声。

この場所の全てが、私の五感を刺激して、歳三くんとの思い出を蘇らせる。

歳三くんとお付き合いを始めてから、数ヶ月後にこの場所へ来た。
夢と魔法の、テーマパーク。

大の大人が遊ぶには少し子供すぎるかもしれない。
だけど精巧に再現されたイタリアの街並みによって、それを感じさせないところがいい。

ベンチに腰掛けて、私は目の前の景色をただひたすらに眺めた。
歳三くんと眺めて、未来を語り合った景色を。





「ふぁーっ、遊んだーっ!」

よく晴れた空の下、コーヒー片手に歳三くんとベンチに腰掛けた。
時刻は午後を回ったところ。
レストランはまだちょっと混み合っているし、アトラクションもかなり待つ。
乗りたいものは朝一番の空いている時に乗ったから、ずっと動きっぱなしだった。

「ありすがこんなに絶叫系が好きだとは知らなかったぜ。」

「えー?歳三くんこそ、弱すぎでしょ!落ちるとき、めっちゃびびってたじゃん!」

その瞬間を収めた写真では、この世の終わりを目撃したかのような歳三くんの表情が写っていた。
珍しい余裕ゼロの歳三くんの顔だから記念に買っていこうかと思ったけど………止められた。

「このコーヒーが……口止め料だ。」

「えっ、どーしよーなかなー。」

そっぽを向いて恥ずかしがる歳三くんが、可愛い。
いつもは仕事中とか、むしろかっこいい歳三くんしか見ていなかったから。
こんな表情もできるんだって知ったら、もっと愛おしくなった。

ふと誰かの気配を感じる。
斜め後ろを振り返れば、5歳くらいの小さな男の子が、私の足をしっかり掴んでいた。
その目には涙を一杯に溜め込んで、今にも零れ落ちそうだった。

「どうしたの?ママやパパは、どこかな?」

そう尋ねれば、嗚咽を交えながら迷子になってしまったとその子は言った。
もう一度私の足にしがみつくと、何かが切れたかのように泣き出した。

「わわわっ、それじゃあママとパパを探そう?名前は?何ていうのかな?」

腰掛けていたベンチを立ち、その子の目線に合うよう身を屈めた。
とにかくまずは、この子を落ち着かせないとどうにもならない。

「いないいないーばぁー!」

よく分からないけど、多分喜んでくれそうなことを手当たり次第やってみた。

「ほら、歳三くんも!」

歳三くんの洋服を引っ張れば、嫌そうな顔でこちらを見た。
…というか、照れているんだな、この人。



あの時の歳三くんの表情が、少しの未来を期待させたのを覚えている。

きっと父親になったらこんな風になるんだろうな、とか。
子供を挟んで川の字で寝れたらいいな、とか。

もし歳三くんと結婚して、その未来を紡いでいくことができたら。

それはもう目の前だったのに、あともう一歩のところでそれは砕け散った。





迷子の子供は、すぐに両親と再会した。
親御さんは丁寧にお礼を言ってくれたけど、むしろこっちが感謝したいくらい。

「……お前が、母親になったら…。いいお母さんになるんだろうな。」

さっきまで膝を地面につけていたから、スカートが少し汚れてしまった。
軽く手で払うと、歳三くんから飲みかけのコーヒーを渡された。

「もし、家庭を持つとしたら....ありすはどんなのにしてぇか?」

唐突な問いかけに、私は一瞬戸惑った。
それは、歳三くんと家庭を築くっていうこと?

「私は...家に帰りたいなって思うような、家庭にしたいな..。」

月並みだけど、これってすごく大事。
嫌なことがあっても、疲れていても、楽しいことがあっても。
「あぁ家に戻りたいな」なんて思ってくれるような、家庭をつくっていきたい。

でも願わくば。
もし、歳三くんと家族になれたら。
平日仕事から帰ってくるまで歳三くんを待ち、休日の朝は和食を作ってそのまま家族でお出掛け。結婚記念日には子供を預けて二人で食事に行って。
ドアを開けて「おかえりなさい」って迎えてあげることができたら。

「歳三くんは....?」

「俺は...きっと、結婚なんて、向いてねぇよ。」

嫁さん放っておいて、仕事しちまうからよ。
歳三くんはそう付け足した。

「だけど、そういう人を支えあうのも結婚でしょ?」

恋愛のゴールが結婚なんて、誰が決めのだろう。
確かに「好き」って気持ちは必要だけど、決してそれは恋愛的な意味じゃなくてもいいと思う。
この人を尊敬できるとか、そういった意味での「好き」でも十分だと思う。
むしろ結婚はそういう人とした方がいいと、私は思う。

「これからの人生を一緒に過ごす人だもの。そういうことは存分に甘えなくっちゃ。」

そういう意味は含まれていなかったかもしれないけど、かつて付き合い始めたとき歳三くんが私にそうしてくれたように。
時々先回りして、手を広げて待っていてあげるのも結婚の大事な意味。

とたんに歳三くんが吹き出すように、笑い始めた。

「え...変なこと言った?」

「いや、悪い。まさかありすに結婚について演説打たれるとは思っていなかったぜ。」

「私だってちゃんと考えるよ!好きな人には、尽くしたいし。」

紛れもなく、歳三くんのことを指したけど、あえて言わないことにした。
歳三くんもそのあとは何も言わなかったけど、ただどう思っているかだけは聞きたかったから。

メインステージで行われるショーのアナウンスが鳴り響いた。
あたりを見渡せば、既に多くの人が集まっている。

「...こっから、よく見えそうだな。」

「どうせなら見ていっちゃおうか。」

入園するときにもらったパンフレットを開き、内容を確認する。
テーマパークらしい夢と希望をテーマににしショーはあと15分くらいで始まりそうだった。





(夢と、希望ねぇ.....)

あの時叶えたかった夢と希望は、あっという間にすり替わった。
今の夢と希望は、歳三くんが私の記憶を取り戻すこと。
残されたクリスマスイブまでにどうか、一日でも早く。

今頃、歳三くんはどうしているだろうか。
記憶のこと以外は、驚異的な回復力でリハビリも順調だってどこからか聞いた。

(仕事人間だからな...すぐに職場復帰するのかな..)

あの時と同じショーが始まった。
隠された鍵を見つけて、人々の心から奪われた夢と希望を持つ気持ちを取り返すストーリー。

(こんな風に鍵さえ見つかれば楽なのに....)

どうしようもできない大きな壁に、私はただため息をついた。



To be continue.....






















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