刀剣乱舞 | ナノ

三日月宗近がぷりぷり世話焼いてくれる




「____んがっ」

目が覚めた。
垂れていた涎を腕で拭い、あたりを見渡す。…鎮まりきっている、聞こえるのはコチコチという時計の秒針の音だけ。ゆらゆらと影絵を描く燈籠の火は、俯せていた文机の書類が作り直しであることを教えてくれる。

「…」

やってしまった。くしゃりと書類を潰してゴミ箱へ放った、もちろん外れた、まったくわたしという奴はこれだから。新しい書類を造り直すべく模範紙をとろうと腰を上げると、するりと床がすれる音がした。なにかと耳を傍立てると蚊の鳴くような声が聞こえた。

「…主よ、」
「!」

「____良いか」

まるで、迷子の子どものように拠り所がない声だ。半場脅しのようだと思いながら、溜息を殺して「どうぞ」と答えた。

「…! まだ、務めをしてたいのか」
「いや、してた。が、正しいかな… 居眠りしていたから」

訪問者は三日月宗近だ。寝衣の上に濃紺の上着を羽織った彼は、何時もの礼装や内番着とも違い、どこか人らしく見える。寝癖だろうか、少し跳ねた夜帳色の髪も愛らしいじゃないか。散らばっていた(比較的使えそうな)書類を纏めて避けると、三日月が少しむっとした様子で眉根を寄せた。

「なぜ誰にも声をかけぬ」
「これくらいなら一人でヘーキ」
「今し方居眠りしていたといったのは誰だ。それは身体が悲鳴を上げているのではないのか」
「はっはは 三日月に言われると真実味がある」

からから笑うわたしをはぐらかしていると思ったのだろう、三日月の柳眉は更に深く歪んだ。これは早々に、話しを反らしたほうが良さそうだ。

「んで、三日月は何の用事かな」
「っ !」
「なーんて、大体解ってるよ。今日は久々の出陣だったもんね、 ほら、おいで」

文机から三日月の方に向き直り、両手を広げてやれば。
三日月はかあと頬を明るめた。暫くは忙しなく視線を泳がせていたが、やがてなにか言おうとし…言うのを止めて、大人しくするりとわたしの傍に寄った。


「っ〜〜、 み、みなに言うではないぞ」
「はいはい、言いませんよ。 あの天下五剣の三日月宗近が、出陣するたびに興奮して夜眠れなくなるなんて」
「みわ!」
「怒鳴るなぁ三日月、何時もの君らしくないぞ」

肩に埋めていた顔を跳ねあがるが、そっと掌で押し戻す。わたしの言葉に思う所があったのだろう、三日月は低く喉を鳴らして、言いたいであろう百万語を呑み込んで、ぐりぐりと肩口に鼻先を擦りつけてくる。腰に回った逞しい腕が少ない隙間すら埋めるように、ぎゅうと抱き寄せてくる。香ってくる同じシャンプーの香りと、染みついた黒檀の香り。刀剣男士特有の低い温度と、おそろしく重さのない体が、ぐいぐいとわたしを抱きしめる。

凭れる様にしてわたしに抱き付く三日月は、まるで子供のようだ。千年を生きる天下の宝刀とは思えないが、受肉して間もないことを考えれば致し方ないのかもしれない。____人の身は、神さまたちにとってとても窮屈で、勝手が悪いから。

「それにしても懐かしいなあ。 昔はいつも三日月が夜わたしの寝室に忍び込んできたじゃない」
「…昔の話を掘り返すな」
「でも練度が上がるとぴたりと止めてさ、今だから言うけど…ちょっとさびしかったのよ」
「…みわのことだ、どうせ弟やら子どもが巣立ったようだと…そういうことだろう」
「うん、良くわかったね」

「______はあ、」

その溜息は、少しだけ気色が違った。むくりと起き上がる三日月をおやと見れば、零れた艶髪を耳に賭けながらどこか疲れた声で呟く。

「…だから、止めたというに…」
「? 三日月?」
「……」

なぜかじとりと怨めしそうな顔で睨みつけられた。はは、美しい顔が台無しだ。

「もういいの? ぎゅーってしない?」
「ぎゅーはもういらん! まったく、俺とて古参だぞ。受肉して久しいのだ、持て余した滾りの抑えなど慣れっこだ!」
(初期刀は来たこと無いがな)

襤褸布を被った可愛げのない初期刀を思いだす。むかし、彼が三日月のように持て余していないのか訊ねたことがあるが、すごーく嫌そうな顔をされた。ひどいよね、わたし主だよ。

「それより、みわよ、もう床につくのだ。人の身は俺たち以上に疲労を蓄積するものだろう」
「えー」
「えーではない。ほら、布団を敷くぞ」

なぜかぷりぷりしながら、三日月が箪笥を開く。そこから布団を取り出し、てきぱきと用意する三日月はまるで良妻のようだ。ぼんやりとその様子を見つめながら、わたしは思い立ったので「三日月」と声をかける。

「ん?」
「…今日は、一緒に寝てくれるの」

にやにや笑いながら言えば、三日月はぽかんとした後ぼふんと顔を真っ赤に染める。
面白くて思わず吹き出せば、彼は苦虫をかみつぶしたような顔をして。でもやがて仕方ない仕方ないと一緒に布団に入ってくれるのだから、この天下五剣は性質が悪い。

back

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -