刀剣乱舞 | ナノ

鶴丸国永の失恋


「ありがとうございましたー!」

暖簾をくぐれば、すぐに雑踏が押し寄せた。
時代は明治、東京。審神者の近衛として調達に随伴した鶴丸国永は、戦装束ではなく簡素な民草の衣裳に身を包んでいた。矢絣に大和紋が刺繍された風呂敷を抱え、袂から買い出しの手書きを取り出し一覧を確認する…どうやら、この店で最後であったようだ。

(予定より早く済んだな、主の所に戻るか)

待てと言って、審神者は茶屋に置いて来た。憑き代である本体を持たせているから、何か身に危険があれば直ぐに解る。それよりもこのごった返した人混みで、彼女を連れます方が余程ぞっとする。

茶屋を見れば、店先の腰かけに置いて行ったままの姿があった。包み隠した本体を手慰みに、ぼんやりとどこかをみている黒髪の女性。凡庸な容姿だが、顔立ちは端麗。仕草は美しく凛として清廉、口さえ開かなければ完璧な女だ。

「よお、待たせたな主」
「! おかえりなさい、買い物は済んだ?」
「ああ、ご希望のものは一通りそろえてきたぜ。君はなにやら宙に浮いたような顔をしていたが、いったい何を___」

包みと手書きを審神者に渡し、鶴丸はなんとなしに彼女の視線の先を追った。そして、目にした光景に少し息が詰まる。…ころころと甘い砂糖菓子のような声、それをこの世で唯一受け入れることを許された幸福の笑み。仲つむまじく寄り添うようにして櫛を見る男女が、そこにいた。

「…驚いた、君もやはりそうなのか」
「? そうとは」
「え、 ああ …いや、」

手書きを確認していた審神者が顔をあげる。きょとんとしたその顔にどうにも言葉が上手くでない。
バツが悪そうに項を摩りながら、鶴丸は彼女の隣に腰を下ろした。その様子をみた娘が注文をききにきたが、鶴丸は断ろうとした。だが、それよりも先に審神者が茶と菓子を頼んでしまう。そして続きを視線で促され、鶴丸は渋々続けた。

「君は…その、あまりああいうことには興味がないと思っていた」
「ああいうこと? さっきから抽象的すぎて良く解らない」
「だから、ああいう…男女の色恋のことさ。彼らを見ていたんだろう?」

半場やけくそに櫛屋の男女を指させば、漸く得心がいったように審神者が頷いた。

「ああ、そりゃあわたしだって女ですもの。審神者にこそなれど、真なる乙女にあらず。わたしはこの身の生涯まで、神に捧げた覚えはありません」
「〜〜あのなあ、そういうこと“俺”の前でいうな。本心でないと解っていても、気分が悪い」
「本心ですとも」

鶴丸が苦い顔をする。審神者は「本心、ですよ」と繰り返した。

「それでも構わないと降りて来たのはあなたたちでしょう」
「…そんなこと聞いてない」
「子どものように駄々を捏ねない。かっこ悪い」

ぴしゃりと打つような叱咤にぐうの音もでない。
鶴丸はぐうと顔を顰めながら、ちょうどよく運ばれてきた団子を口に詰め込んだ。そもまるで幼子がするようで、甘い餡子が土塊のようだった。

櫛屋の男女を、審神者はぼんやりと見ている。どうやら櫛をきめたらしい、男が賃金を払い、女にそれを贈る。女は嬉しそうに、黒髪を結ってもらっている。

「……男なら、本丸にたんといるだろう」
「…はあ、また突然ですね」
「君がああなるとしたら、手直に男が必要だろう」

正直、自分が何を喋っているのか鶴丸自信も良く解らなかった。ただ、言葉だけが、意識を離れて勝手に口から流れて行く。

「君に一番近い男は本丸にいる“俺たち”だ。 なに、揃って文句のつけようがない一級品じゃないか、」
「ふふ、なにをおかしなことを」








「刀と、ましてや神さまなんかと愛し合えるわけがないでしょう」








「鶴丸はおかしなことをいうのね、うん。今のは今日一番におかしかった。面白いなあ」

クスクスと笑って、お茶を飲む審神者。その横顔に悪意はなく、それが彼女の本心であることは疑い様がなかった。

「___ああ、そうか。 そりゃあ良かった、」

だから鶴丸も、なんでもないというように茶を飲んだ。…まるで、水銀でも飲んでいる様だった。___彼女は、鶴丸の審神者は良くも悪くも直球で裏表がない。素直な言葉で男士を誉め、そして叱る。それは良いのだ、鶴丸も他の男士も、そんな彼女の性情は好ましく思っている。だからこそ。

だからこそ、痛い。

(……俺が、刀だから。 神さま、だから)

審神者が茶屋の娘に金を払う。それは審神者が政府から貰っている給金だ、鶴丸だって金はある。でもそれは、審神者から支給されている雇い金なのだ。

(…満足に、何かを贈ってやることもできやしない)

団子一つとっても、それは自分ではなく審神者の、彼女のしてくれること。
与えられるものなぞない。この身は神族に連なる化身であり、人の理から外れている。_____できることはなにもない。それなのに慰みすら許されないなんて、あんまりじゃないか。

(……俺は、なにも、 してやれない)

俺は、審神者の所有物にしかなれない。
_____それで君が救われるなら、仕方ない。それがたとえ、俺の望む形ではないとしても。


「…主、早く世が平和になればいいな」
「ええ、そうすればこんなことしなくて良くなるものね」

「…ああ、…そうだなあ…」



仕方ない。仕方ない……仕方が、ないのだ。
だって、そうでなければ出会うことさえできなかった。

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