刀剣乱舞 | ナノ

軽率な行動で話しが拗れるはなし


「主、明日の近侍はいかがされますか」
「ン… いらーん」

筆の先で頬を突きながら、うわの空のみわがそう言った。
すわ聞き違いかと思い、へし切長谷部は首を傾げた。

「すみません、主。もう一度お願いします」
「うん。明日は近侍なしでいいよ、一日みーんなお休みです」
「ですが、それでは主がお一人でお仕事をすることに」
「急なものはないし大丈夫だよ、午後はゆっくりするつもりだし」

しかしと、しぶる長谷部に、みわは軽快な声でそう言った。天真爛漫で御し易い印象がするみわだが、その実、かなりの頑固者であることは長らく近侍を務める長谷部も知ったるところだ。すらすらと筆を動かすその横顔は、すでに長谷部の言など頭にないというそれで。長谷部は気づかれないように肩をすくめた。

「…わかりました。では明後日のものへの引継ぎは如何されますか」
「うーん…じゃあ、ソーザンに頼もうかな。引継ぎのタイミングはハセちゃんに任せるよ」
「拝命いたしました」

従順に臣下の礼をとる長谷部に、みわは満足に笑って「お疲れさま」と言った。





「____というわけで、明後日は貴様が近侍だ。万が一にも、主に不自由・無礼がないようにしろよ」
「…はあ」

就寝時間十五分前。随分と無粋な時間に襖を叩いた(少々下としにくいが)同胞が、酷く不機嫌そうな顔でそう言い捨てた。礼を弁えていないのはどちらかと言って切り捨てたくなったが、そうすればこの面倒極まりない男が更に面倒を起すことは目に見えている。宗三左文字は、込み上げる衝動をぐっと堪え、細い腕を組みかえて返した。

「近侍の件、はわかりました。…ですがなぜ、明日の近侍ではなく、あなたが僕にそれを告げに来るのですか。僕のことがそんなに好きですか」
「気持ち悪いことをいうな、圧し切るぞ。 …明日の近侍はいない、だから俺が足を運んだんだ」
「いない、?」

今にも舌打ちしそうな顔で長谷部が告げたことは、どうにも異なことだ。訳が分からず柳眉を顰める宗三の後ろから、事を見守っていた数名が声をあげた。

「え、明日近侍いないの? 主ひとりで仕事?」
「なにそれ、なら俺がやる」
「止めろ、主はすでにご就寝だ」

今にも飛び出していかんとする加州清光を制すも、大和守安定やその奥に居る歌仙兼定鳴狐も事に納得がいかないという顔で長谷部を見ていた。全てことを説明しろと纏わりつく視線に長い溜息を吐いた。

「はあ…俺も理由までは知らん。だが主の御意向で、主命だ。___明日は、内番もなし。みな本丸にて休息をとれとのお達しだ」
「おやおや、我々臣下に主を差し置いて羽を伸ばせとは、主もまた野暮なことを言いますね」

ゆるりと揶揄する宗三に、歌仙が続ける。

「彼女のことだ、きっとなにも考えていないのだろう。最後に仕事が終わらないと泣き着いてくるに決まっている、全く…雅じゃない」
「…」

言って、布団にもぐってしまった歌仙に、鳴狐もまた続く。そうして静かになった空間から、ゆるりと灯りが落ちる。光を失い薄暗くなった廊下が、男士たちに本丸が就寝時間になったことを告げた。

「とにかく、そういうことだ。俺は部屋に戻る」
「別に引き止めてないでしょうに…」

ひとりごちた長谷部に、宗三が溜息をつく。後ろを見れば、新選組の打刀が納得いかないと言う顔でぶすりと膨れていたが…先に長谷部が言っていたとおり、みわはすでに夢の中だ。そして彼女は寝つきがよく、邪魔されることを酷く厭う。たとえ納得がいかず彼女のためをおもったことでも、殊更にみわからの機微を気にする二振りには、藪を突くも同然なのだろう。

あぐねる二振りに呆れながらも、宗三はそっと襖を閉めた。

「とりあえず、今日は寝ましょう」

そういって、白魚の指がぱちんと証明の紐を引いた。





「おはよう、主! 昨夜はよく眠れた!?」
「うおっ」

襖を開けるなり加州清光のドアップに迎えられた。驚いて思わず一歩下がれば、廊下の向うから「清光まってよー」という大和守安定の声が聞こえて来た。どうやら一緒に来たらしい。

「け、今朝は随分と早起きだね、カシュー」
「うん。ちょっと昨日眠れなくて」
「え、じゃあ二度ねしなよ。寝不足良くない」
「うんそうだね…って、今は俺の話じゃなくて。主の話をしにきたんだよ、ねえ主、今日のきん」
「置いてくなっつってんだろオラアアア!!!!」

※とてつもなくドスのきいた声とともに、加州清光に廊下を走って来た大和守安定のドロップキックが決まった瞬間、プライスレス※後にみわが語るに、あんな綺麗なドロップキック初めてみたとのこと。

「ッシャ!おいついたっ!! あ、主おはよー!」
「うんおはようヤマト。 …ところで、カシューは生きてる?」
「清光? 大丈夫だよ、コイツ首落としてもしなないもん!」

それはうそだろと思ったが、安定が満面の笑みでいうもので思わずみわは頷いてしまった。廊下に血の海がてきるような気がするが、気のせいだ。

「あ、ところで主。昨日長谷部さんに聞いたんだけど、今日近侍いないって」
「うん。ちょっと用事があってね、溜まっている仕事もそんなないし、適当に切り上げようとおもって」
「? 仕事は結局するの、しないの?」

アタフタと答えれば、安定が怪訝な顔をして聞いて来る。言葉選びが下手くそだったのは自覚があったため、「するよ」と笑えば、安定の顔が明るくなる。

「じゃあ僕が手伝うよ! うわあ主の近侍とか久しぶりだ!」
「オイ待てコラァ なにちゃっかり横入りしてんの」
(うわ、カシュー不死身のダークヒーローみたいだ…!)

ふわふわとお花をとばす安定の後ろで、ゆらりと血塗れのカシューが立ちあがった。その眼光たるや、鬼ヶ島の鬼も裸足で逃げ出すほど怖ろしく。自分に向けられたものではないが、殺気の余波をうけてみわの背がぞくりと震えた。だが、とうの安定は気にした様子もなく後ろを向くとにっこりと笑った。

「んー… 早い者勝ち、だろ?」
「安定ああああああああ!!!」

瞬間。解っていたが、カシューが抜刀した。袈裟がけに振り下ろされる切っ先に、ちょっと待てと言う暇もない。さっと躍り出た安定もまた解っていたという笑みで佩いた本体の柄を握る。あ、私闘開始だこれ。カーンとゴングが鳴り響くのが聞こえ、半場諦めの境地に至った時____ふわりと真白の衣が目の前を隠した。

ガキンッ_____と、鉄金が鬩ぐ音がした。加州の赤い瞳と、安定の青い瞳が丸く見開かれていていた。その理由はすぐに知れる。二人が合戦しようとした合間に互いの姿はなく、振り下ろそうとした刃はしかし何かに邪魔されて下ろすことも適わない。加州の上段は防がれ、安定の抜刀は柄頭を押し込められて封じられた。

「朝鳴き鳥もまだ寝ていると言うのに…元気な子たちだねえ」

「っ!」
「ちょっと邪魔しないでよ」

あくまで穏やかに語るにっかり青江に、柄頭を封じられた安定が低い声で威嚇する。瞳孔が開き切っているその目をみて、青江はやれやれと肩をすくめた。

「本丸内での私闘は禁止___みわの命ではないが、僕たち男士みんなで話し合ってそう決めたはずだろう。それは誰をおもってのことだったのか…忘れてしまったのかい」
「___ッチ」

安定が舌打ちをしてその場から離れた。そうして青江と加州の間合いから出る様子に、青江も加州の刀を抑え込んでいた脇差を降ろした。

「とういうことだ、加州くんもいいね?」
「…主を困らせるのは、俺も本意じゃないからね」
「うんうん、素直だねえ____というわけで、みわ」

「うええい、はい!」

ちんと刀をしまう加州を背に、青江がみわを呼んだ。驚いて声を返せば、死覇装のマントをはためかせる青江が笑った。

「怪我はないかい?」
「うん…っていうか、青江は平気?二人の間に入り込んで…凄いね」
「どうということはないさ、二人とも頭に血が上っていたからね」

暗に、互いしか見えていなかったから容易だったということを言っているのだろう。飄々としてみせる青江に怪我の様子はなく、ひとまずみわは安堵の息をついた。その腰にぼすりと安定がくっついてくる。

「うわ、ヤマトってば裸足で出たの?」
「別に平気」
「ここ砂利だから痛いに決まってるでしょう、ほら座って。タオル持って来てあげるから カシューもおいで!」
「! っう、うん!」

(まったく素直なものだなあ…)

さきほどまでの険悪なムードはどこへやら。主に起こられながらも構ってもらえることが嬉しいのか、安定も加州も喜びを隠しきれないと言う表情でみわの言うことを聞いている。とうのみわは、少し怒っているようだが、あのデレ顔を見る限り、全くその辺りは組んでもらえていないようだ。

「お、大将! もうお目覚めか」
「薬研?」

そうして、二人の足を甲斐甲斐しくタオルで拭いていると薬研藤四郎がやってきた。ぱたぱたと寄ってくる彼に視線をあげれば、割烹着に杓文字をもった彼がいた。そうすると、短パンが割烹着に隠れなんともなまめかしい様子で思わずみわは吹き出しだ。

「ごふらっ」
「落ち着きなよ、みわ」

縁側に座っていた青江に、冷静に促された。…すみません。

「大将、いま長谷部から聞いた。今日は近侍がいないたあ、なにごとだ」
「ああ、その話…べつにそんなに気にしなくても」
「そんなわけいくか」
「そんなわけいかないでしょ」
「そんなわけないじゃん」
「そんなわけないとおもうよ」

一斉に見えない言葉の刃を突き刺された、ぐさりと襲った衝撃によろりと千鳥足を踏んだ。

「大将、あのな。近侍は仕事補佐をするだけじゃねえ、アンタの身辺警護を兼ねてるんだ。俺っちたちが常に休息を取れるのは、大事なアンタは仲間が守ってくれているって安心感があってこそなんだぜ」
「薬研の言う通りだよ、主。 俺たちがいると障りがある仕事なら外で待ってるからさ、誰か近侍を着けるべきだよ」
「だから今日は僕がやるって」
「はいはい、安定くんはちょっと静かにしてようね みわ、」

ぽすんと青江に頭を撫でられた安定が人一人殺しそうな顔でその腕を叩き落としたが気にせず、青江は責められすっかりしゅんとしてしまったみわに言った。

「僕も彼らの意見に賛同するよ。本丸の結界内にいるとしても、主君である君をひとりにしておくのは心許ない」
「う、うーん… その気持ちは嬉しいんだけど…今日は、ほんとに…」
「?」

眉を八の時に妙に言葉ギレ悪くそわそわするみわに、皆が訝しげにしたころ。ぬおっと審神者の私室に大きな影が訪れた。

「おーい、みわ。仕度できてるかあ_____あ、」
「おや、御手杵くん」

「あ、ヤベ」

あ。
ぽろっとみわが溢した言葉に、その場の視線が一斉にみわへと向けられた。口を手でおおい、だらだらと汗を掻くみわに察したものがあるのだろう、御手杵もみょうに歯切れの悪い声で「あー」と声を伸ばした。どうにもこうにも、すべてタイミングが悪かった。…沈黙に耐え切れず、重い溜息をとともにみわは事の顛末を白状したのであった。





「_____お兄さんに会いに行く?」
「うん、そう」

所変って、本丸の居間。
薬研と同じく本日の食事当番であった燭台切光忠が復唱する。その言葉に、膳をもったみわがこくりと頷いた。

「別に隠し立てする必要もなかったんじゃないかい? 親兄弟に会いに行くななんて、僕たち言わないよ」
「いやわかってるよ。でもほら、なんか引け目を感じちゃって」
「引け目?」

味噌汁をよそいながら光忠が訊く。今日の味噌汁は大根と蒟蒻、それに焼き葱の赤味噌だ。

「みんな元の持ち主に会えないのに…」
「…なるほど。確かにそうだけど、みわちゃん。それは考え過ぎだよ はい、お味噌汁」

ことんとみわが持つ膳に、光忠が味噌汁を置く。

「僕たちの主は、みんなもう遠い人でお会いすること叶わないけど…それは当然の摂理で、どうしょうもないことだ。みわちゃんが気を病むようなことじゃない」
「…」
「人の一生は僕たちのような永遠に等しいものの前では、瞬きのような時間だ。僕たちがそれを邪魔するのは野暮っていうものだろう? それに、」
「…それに?」

おそるおそる聞き返すみわに、光忠は藍色の髪の隙間から見える左目を穏やかに眇めた。

「君が嬉しいと僕たちも嬉しい。  行っておいで、そして沢山お土産話を聞かせてね、約束」
「…うん、ありがとう。ミツ、」

漸くふわりと笑ったみわに、光忠も目元を明るめて笑った。
そうしてニコニコとしていると「オイ」と塗って入る声があった。

「歓談中の所悪いが、大将。 鮭が焼けたぞ」
「うん。ありがとう、薬研。美味しそう!」

ことんと薬研が膳に乗せてくれた焼き物皿の上には、脂ののった鮭が乗っている。つけあわせはインゲンのゴマ和えとキノコの蒸し焼きだ。ふわりと漂ってくる香りに、思いだしたように胃を刺激する空腹感。にごくりと息を呑めば、薬研が笑った。

「冷めないうちにさっさと食え。兄君に会いに行くには、いくつか乗り合わせないといけないんだろう?」
「あ、そうだった。 ありがとう、薬研、光忠。 いただきます!」

そういって、膳を手に居間にあがるみわの背を、薬研と光忠は笑って見送った。
居間で先に端をつけている加州と安定に合流すると、慌てて食事を始めた。その様子を見てから、光忠はちらりと薬研を見る。薬研もまた、解っていた様にそれに答えた。

「で、誰がみわちゃんの護衛をするの?」
「おいおい、さっき野暮なことはなしって言ってた伊達男が何を言ってくれるんだ」
「それとこれとは話が別だよ。僕たちの大事な主様を、ひとりで放り出すわけにはいかないだろう。___これは、忠臣としての義務であり、責任だよ」
「良く口が回る」



くっと笑った薬研に光忠は当然と笑った。

back

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -