刀剣乱舞 | ナノ

一期一振に求婚される


歴史修正主義者との戦いが終わって十余年。
人類は新たに検非違使という天敵を得ながらも、神の御業を体現する審神者そして審神者が率いる神兵・刀剣男士部隊の活躍により平穏な日々を取り戻しつつあった。

活発なテロリズムから解放された政府は、各国に散らばる審神者に新たな使命を与えた。それは、歴史修正主義者との戦争の幕切ともなった事件___全二十四口真剣強奪事件の解決である。政府は当世、政府管理下あるい所持者の下より盗まれた二十四口の真剣を『真打』、そしてそこから派生した刀剣男士を『影打』と分類した。新たな使命は『真打』足る二十四口の全てを回収すること。真打と影打ちの見分け方は容易かった、真打ならばその身のどこかに______刀紋の分身(あかし)を持つ。



「…確かに、我が宮から盗まれた真打『一期一振』とお見受けしました」

現皇太子の言葉に、一期一振は蜂蜜色の瞳に弧を描き緩やかに頭を下げた。常にきっちりと結ばれているネクタイはだらしなく流れ、グレーのシャツも開け広げられている。それはすべて彼の脇腹にある分身を、皇太子に見せるためだった。

身を整える為に、一度御前を離れ衝立の裏に回る。上質な張りの西洋イスには一期一振の上衣と装具がきちんと掛けられていた。衝立越しに皇太子と自らをここ、未来の本拠地にある皇居に連れて来た高官と話している。内容は、おおむねこれからの一期一振の処遇に関することらしい。一度、付喪神として顕現した彼を窮屈な宝物庫にいれることは憚られるというのが皇太子の意見らしい。それに対して、上官が政府監視下で管理する提案をしているが、どれもこれも一期一振にとって味気ない内容だった。

(政府の下に在る方が…短刀(おとうと)たちと共に居られるな。鯰尾と骨喰もそちらに身を置いているというし、……)

上辺だけの言葉を並べながら、一期一振は自らの内を満たすものの名前を探す。それは、虚無か、無関心か___あるいは伽藍洞か。戦う為に生まれ、振るわれ、そしていまひとたび戦場にあるがために与えられた肉体も。全てこの身が真打であるがために、意味のないガラクタへと成り下がった。

(真打などでなければ…戦場にいられたのか)

一期一振を回収したのは、しがない女の審神者だった。清廉な女子であったと思う、真っ直ぐで笑顔の似合う方だった。だが、この身が真打と知れるとすぐさま政府に明け渡された。迎えてくれた時と同じ笑顔で、譲渡されたのだ。元より、…彼女の本丸には既に一期一振と呼ばれる別個体が存在していた。この身が真打でなくても、直ぐに刀解されていたことは違いない。それでも、思うのだ。

(____好きで、真打になったわけではない)

贅沢なことだ。込み上げてきた本音を自傷気味に笑って、一蹴する。身支度は整った、最後に本体を佩刀すれば終いだ。自分は刀だ、冷たい鉄の塊。人の身を得たからと言って勘違いしてはならない。……望むことなど、あってはならない身だ。

「お待たせ致しました。思いの外、身支度に時間がかかってしまいまして」
「いや気にすることは無いよ、ふむ雅やかだね。結構、それでこその御物だ。おおそうだ、君の身は政府管理となることになりそうだが構わないかな」
「はい、ご随意に」
「そうか。わたしも顔を出す様にする、聞けば君の弟にあたる刀剣もいるらしいし、寂しいことはないだろう」

溌溂と笑う皇太子に、一期一振は穏やかな笑みで応えた。それを是ととらえた皇太子は更に機嫌を良くしたのか、顎を擦りながら良案と一期一振に提案をしてきた。

「そうだ、一期一振、さいごに____」

わたしの孫に、会っていかないか。

訊けば。皇太子の末孫に当たる少女には、審神者の才能があるらしい。序列が低いために未来を有望されることもなく、これを期として皇家から初の審神者が出ることもやぶさかではないらしい。それまで下々の者に強要していた苦難を、少しでも軽くしてやりたいと口ではいうが。要するに、腐ったところが無くなったから美味しい所を全て頂こうと言う魂胆だろう。

その少女も報われないことだ。
一体どんな不幸な顔をしていることやら。いや、そんな風に自分の未来が決められることも知らずにのうのうと笑っているのかもしれない。どちらにしても見物だろう、そんな風に考えながら辿り着いた先で_______彼の少女は、静かにひとりソファに座っていた。

「みわ、待たせて悪かったね」
「あ、おじいさま」

その姿をみた瞬間、一期一振の時間は止まった。
ふわふわのパステルグリーンのワンピースを纏った小さな少女だった。長い艶やかな黒髪を背に流し、妙に大人びた面立ちでこちらを見ている。だが、服から覗く肩は頼りなく膝は丸くいまだ年端を出ていない未熟なそれだ。少し血色が悪く見えるが、それすらも儚くも凛とした少女に良くそぐう。何より、声だ。

(なんと、いう____)

脳が、融けるかと思った。
むろん、この身にそんなものが備わっていないことは知っている。だが、そう錯覚するほどに彼の声は、一期一振の耳から入り、一瞬で脳を犯したのだ。今更ながら込み上げてきた余韻に背筋がびくびくと跳ねた。無意識に右耳を撫でており、上官が不思議そうになにか語りかけて来たがまったく頭に入ってこない。ただ、

あの少女の声だけが、反響している。

「お、おい一期一振っ!」

気づいた時には、ふらりと一歩踏み出していた。酷い酩酊感だった。ふわふわして、まるで夢の中にいるような心地。付喪神として降ろされる昨日まで、ずっと眠っていたはずなのに、こんな感覚はついぞ覚えがない。もしや、自分はいま正に眠っていて、さっきほどまでは覚醒していたのか。ああ、だとすれば……目の前の少女も、夢か。

「…あ、あの…?」

突然、祖父と共にやってきた男が目の前で膝をつけば驚くと言うもの。それまで祖父と穏やかなに会話していた少女だが、まるで食い入るように見上げてくる金の目に、怯えたようにソファの上を後ずさりする。その様子が尋常でないことに気づいたのか、皇太子と上官が何やら言っているが、一期一振の耳には入らない。目にも。なににも。

いま、彼の世界にいるのは目の前の可憐な神の嫁だけだ。

「お慕いしております」

すっと、そしてこれから永久に。

「祝言をあげましょう。夫婦の契りを交わすのです、わたしの妻となってくd」
「今すぐこの男を叩きだせぇええええええええ!!!!!!」

皇太子の渾身の叫びに一斉にしてSPが群がったが、結局全員一期一振に返り討ちにされ、幼い少女の真名と初チューはあっさりと祖父の前でロイヤル(似非)王子に奪われた。

「誰だあいつつれてきた能無しは!!!!」
「いや回収しろっていったのアンタだろ!?」

「はあっかわいいですかわいいです。直ぐにわたしの神域に連れて行って差し上げます。そこでずっと一緒に連れ添いましょう、鴛鴦の夫婦ように揺蕩いましょうぞ。ああ、愛おしい我が妻」
「んっちゅ、ちょ、むぐっ」

「孫のセカンドチューまで奪ってんじゃねえ!!!」
(だめだ、もう詰んでる)

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