刀剣乱舞 | ナノ

鶴丸国永が一緒に死んでくれる




ただ、虚しいばかりの刀生だった。

ついぞこれと決めた誰かと添い遂げることもできず、未だのうのうと常世を彷徨う。この鋼の身は朽ちることなく。錆びることもなく。誰かの愛を注がれて、今日も桐の褥で横たわる_____ああ、これぞ我が刀生。

この死にぞこないの人形にこころというものがあるなら、もうとっくの昔に死んでいる。




「______、」

すうと息をした。冷たい空気が喉を通って、胸の内を満たす。しとしとと落ちる水の音に、嗚呼そうだ。今日は空が泣いていることを思いだした。

(____そうだった、だからあれが伏せっているんだ)

鶴丸を現世に呼び戻し主となった女は、大層美しい見目をしていた。艶やかな黒髪にふっくらとした唇、薄化粧の良く似合う頬に優しい目尻。品性方向な上に頭も切れて、その上霊力は極上ときた。数ある審神者の中でも、比類ない姫君だ。

だがどうにも、身体が弱いのは頂けない。

こうして天気がぐずれば頭を痛め、季節が変れば風邪をひく。くすみひとつない肌が、まるで雪のように白くなるさまは、神の眸からしてもぞっとするものがある。

思いだすとどうにも落ち着かない。畳から起き上がりがしがしと頭を掻けば、整えた白い髪がざんばらになる。指先にぎちりと絡むそれに舌打ちをして、蹴る様にして立ち上がった。絡まった金細工が悲鳴をあげるのを無視して、壁にかけていた己を手にずかずかと廊下を歩く。濡れ縁の向うは一面の雨模様だ、水のカーテンの向こうに薄紫の紫陽花が咲いている。雨の匂いが、染みついて離れない。

「…主よ、なにをしている」
「ああ、鶴丸。恐い顔をしてどうしたの」

しかし、鶴丸の予想に反してみわは褥に伏せっていなかった。私室の小さな文台の前に座りさらさらと筆を動かす様子に、言い当てられたばかりだというのに眉間が恐がるのがわかる。

見れば、何時もてこでも剥がれないへし切長谷部の姿もない。肝心な時に役に立たない刀だと、内で憎らしく思いながらみわの部屋に入った。見れば、みわの正面の襖が開かれている。そこからは、あの薄紫の紫陽花が見えて妙な苛立ちを覚えた。

それに、文台の端に放られた薬の包み紙にも腹が立つ。

「鶴丸」
「雨で頭痛をこさえる奴が、雨なぞ見るな」

みわの制止をきかずぴしゃんっと襖を閉めると、恨めしそうに黒い目が鶴丸を見据えた。だがそんなもの苦でもない。毎日のように戦場で生死のやり取りをしている鶴丸にすれば、犬猫の戯れのようだ。

ついでにずかずかと寄って細い指から筆を奪う。

「ちょ、」
「薬研から寝ていろと言い含められただろう。君が遠征中にこんなことをしていたことを容認したとしれれば、俺が怒られる」
「あなたが言わなければいい話じゃない」
「そういう言い訳をするには、君はちと歳を取り過ぎだ」

こつんと筆の先で頭をこずけば、みわがますます恨めしそうな顔をした。そこには確かに生の色がある。____それを認めれば、自然と笑みがこぼれた。

「寝ろ。必要なら枕刀にもでもなんでもなってやる」
「鶴丸が? わたし太刀なんて使えないわよ」
「だから俺なんだ。君は刀なぞ持てなくていい、全て俺が、良いようにしてやる」

そのための、人の器だ。
抱きしめれば手折れてしまいそうな彼女に刀は似合わない。血と硝煙よりも、花と蜜の香りが良くそぐう。嗚呼、だからきっと。きっと俺では駄目なんだ。

俺では、彼女と添い遂げるには役不足なのだと。思い知る。

「ねえ、鶴丸」
「ん?」

褥に横になるみわの傍らに腰を下ろし、ゆるりと鶴丸が応える。

「わたしのことで気を揉んでくれるのはとても嬉しい」
「ハッ 存外、君は悪趣味だ」
「そうね、愛されることに毒されているのかも。でもそれはあなたたちの所為でもあると思わない? みんな、盲目的になりすぎている。なにも主は、わたし一人でないと言うのに」
「それ、長谷部の前でいうなよ」
「わかってる」

眠気に惑わされているのか、ほのかに微睡むみわ。その表情を見守りながら、そうと額を撫でてやる。被さる前髪を退け、幼子にするように掌いっぱいで優しく髪を梳く。

「もう寝ろ、続きは目が覚めたら聴くさ」
「ううん、いま言わせて」
「なんだ」

「あのね、その数十分の一…いえ、欲を言えば半分ね。半分でなくてもいい、お願い_____もっと、自分のことを労わってあげて。ここにいる鶴丸国永をもっと、大事にしてあげて」

細い指がゆるりと鶴丸の胸を撫でた。
金色の眸をゆるやかに丸める鶴丸に、みわは笑った。

「わたしね、あなたが好きよ。あなたという刀も、あなたという為人もだいすき。だから、わたしの分も、ずっとずっと、自分を大事にしてあげてね」
「まるで、遺言みたいだ」
「そうかな。でもそうね、きっとわたしはあなたより先に逝くから」
「ああ_____しってる」

胸をなぞる掌を捕まえ、そうと頬に寄せる。刀の冷たい鋼の温度、それにじんわりと人の熱が広がる。それは、人の身でも変わらない。ただの刀であったときの鶴丸国永が愛した____ひとのてのおんど。

「なあ、みわ。竜胆の花言葉を知っているか」
「りんどう?…しらない、」

「あなたの悲しみに寄り添う」

みわの掌に含ませるようにして、鶴丸は自分の秘密を教えた。

「見せたことはないが。俺の刀身には竜胆の透かしがあってな、この人の身にもそれが在る」
「しらなかった」
「だろうな。俺が教えていなかったから」

鶴丸は悪戯が成功したように破顔した。

「だから俺は、君に寄り添うだろう」
「…?」

「君との約束を守れない。俺は俺自身の裏切りに悲しむ君の心に、永久に寄り添い続けよう」

______今度は、誰にも邪魔させやしない。

その真意を知っているのか、いや知らなくてもいい。困ったように、それでも受け入れて鶴丸の頬を優しく撫でてくれたみわ。鶴丸には、それで十分だった。十分すぎるほどに、


(____枯れたこころが、戻る音がする)


今度は、虚しいばかりの刀生ではなかった。
それはきっと君に出会えたからだと思うから、やはり俺はなんどでも同じ結論を選ぶだろう。










「…忘れじの 行く末までは かたければ 今日を限りの 命ともがな」

……硝煙の香りがする。それは君とは相いれないものであったはずなのに、どうしてだろうか今日の君には良くそぐう。

「まったく…政府とやらも野暮なことをしてくれる。存外見つけるのに時間がかかったが…許してくれ、みわ」

しんと静まり返った葬式の席に、ひとり真白の参列者がいた。

明日火葬される棺が花の寝床で静かに時を待っている。それに寄れば、その軌跡を赤い血の跡が続く。…時限を越えて、世を越えて。とおく連れて行かれたみわの遺体を見つけるには、骨が折れた。文字通り、身を切りながら鶴丸はようやくこの場所に辿り着くことが叶った。

「っしょ、っと…ああ、綺麗にしてもらったな。生きていた頃の君よりも血色が良いとは、こりゃ驚いた」

棺をあけると鶴丸と良く似た白い絹の身を包んだみわがいた。その表情は穏やかなもので、さもすればぱちりと目を開いて「鶴丸」と呼んでくれそうじゃないか。

「あまり…時間がない。君が死んでしまったときと同じだ、直ぐに俺たちを裂こうとするやつが来るから…その前に、済ましてしまおう」

鶴丸は装束の金を力に任せてはぎ取った。そうして己が刀と棺の中で眠るみわの身体をぐるぐると巻き上げる。二度と離されるものかと神気を込めて、呪いを成就させていく。

「ちと苦しいだろうが我慢してくれ。なあに、火葬されるまでの辛抱さ」

するりと白と金の設えをなぞれば、良く自分を知ることができた。主である審神者を失い、ここに辿り着くために幾つもの禁忌を犯したこの身はすでに崩れかけている。ふと意識を抜けば、那由多の向うに塵となり消えてしまいそうなほど…もうこの身は、神にも、刀にも、人にも非ず。

「…約束したものな、寄り添い続けると」

たとえ地獄の果てまでも。

「俺の所為で極楽に行けそうにないが、まあ許せ。寂しくないよう、傍にいるから」

さらりと髪を掬えば、鶴丸の血で赤く汚れた。

もはやそれは、貴き人の死に体とは思えない様相だった。
慎ましやかな桐の箱に包まれたみわの衣は誰ともしれない血で汚れ、それを吸った刀を無理やり抱かされ、金の鎖で雁字搦めにされて。

それでも、鶴丸は満足していた。
きっと彼女も同じだろうと、身勝手に確信していた。

「たくさん…はなしをしよう。本丸の楽しかった時間を、喧嘩したときの理不尽な話を、そして途方もなく続く未来を」

ぱきんっと設えにヒビが入る。
ああもう、時間がない。

「俺は君が退屈しないように驚きを与えつづけよう。そうやって君の傍にいよう。誰にもこの身を渡したりしない、誰にも渡したりなぞするものか、もう二度と。もう二度と、」

それでも、やっぱり君が生きてくれたらと思ってしまう。

どうして死んだなんて理不尽なことはいわない。ただ、ちいと死ぬには早いだろうと小言をいってやりたくなる。漸く出会えたのに、漸く手に入れることができたのに。冷たい蔵の奥深く、凍りつけて殺してしまった心に水と光をたらふくくれて。そうして元に戻れば、さよならなんて、いくらなんでもあんまりだろう。

「君は酷い女だ」

刀に、人の情を教え込んで、それを大事にと説いたくせに。
それを伝えたい君がいないなら、そんなものなんになる。俺に一生泣けというのか。俺に一生嘆けというのか。

大事にしろといいながら、ずっとずっと、そうして苦しめというのか。

「愛してる」

ぼたぼたとながれる涙が、みわの頬に触れて落ちる。まるで、あの日の雨のようだと思った。君がさいごに俺に笑いかけてくれた紫陽花の庭は、もうどこにもないけれど。この心のなかに、あの景色は苦しい程あざやかに刻み込まれている。

「なにも心配しなくていい。俺がずっと守ってやる、君が安心して眠れるように。もう二度と起きられないかもしれないなんて恐怖を覚えなくてすむように」

そうして白い鶴は、折り重なる様にして瞳を閉じた。
依り代へと還る最中、触れた唇の暖かさだけを頼りにみわへの睦言を子守唄に。そうして白い光が失われたあと、みわの頬に雨が降った。



だけどそれは、きっと悲しいからではない。

back

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -