一期一振の衣裳を着たらエロくなった
刀剣男士の戦闘装束は肉体と同じく現世に顕現している。といっても、糸ではなく神気で編まれているため、普通の衣類と違って洗濯いらずの一生ものだ。
当時のわたしはそれを知らなくて、男士たちの服は毎日のように洗濯をしていた。それを知ってからは止めようとも考えたのだが、擦り込み効果というべきか。人の生活の循環を知らない刀剣男士たちは、顕現した当初から行われている洗濯・着替えと言う習慣に根を生やしてしまい、逆に「え、なんで?」と返されてしまった次第である。
それからというもの、我が本丸では軍議や出陣等以外では、刀剣男士はもっぱら私服で過ごしている。初期メンバーを中心に、わたしが教えたネット通販を駆使してそれぞれ気に入った服を買ったり、あるいは作ったりしている。そうしているとただの人間で、神さまということを忘れてしまいそうだ。ほら、げんに。
「どうした、姫(ひい)さん。俺っちの顔になにか付いてるか」
少しずり落ちた眼鏡越しにこちらを窺う藤色。それにいいえと首をふると「そうか」と応えて、淡々と靴下を丸めて畳んだ。
「薬研くんは、短パン好きだよね。足出てないと落ち着かないの?」
「うーん…なんか布が被っているとむずむず気はする」
そう言って、もうひとつ丸めた靴下を山に投げた。ニコイチで口を裏返し丸く畳まれた小さな粟田口の靴下がころんと転がる。洗濯物を畳むのを手伝ってくれている薬研藤四郎は、パーカーにミニスカートより短い短パンを履いている。立つと何も履いてないように見えるレベルなので「絶対に外にその恰好で出るな」と言い含めてある。場合によっちゃ、わたしが姉ショタで訴えられるレベルだ。
「和装だとそうでもないんだがなあ」
「じゃあなんで戦闘装束洋服なの?」
「それは俺っちの長年の疑問でもある」
ぴらっと薬研くんの上衣を見せると、「俺っちが畳む」と手を伸ばしてきた。だが避ける。薬研くんはむっとした顔をして更に迫ってこようとしたが、それは二人を囲む様にできた洗濯物の山によって遮られた。すごすごと諦める薬研くんにどや顔しながら、わたしは上着を畳んだ。
「というか、みんな和装好きだよね。燭台さんも、戦闘着はスーツなのにいっつも着流しか袴だし」
「好き好んでるのは長谷部の旦那と御手杵の旦那くれーだろ。一兄も普段は着流しだしな」
「ああ、いちごさんのアレは凄いね…」
思い浮かべるのは一期一振、薬研藤四郎たち粟田口派の長兄にあたるロイヤルプリンスだ。彼は常々から「見目が派手なのは〜」と謙遜して、それとなく王子様風の見てくれを前の主のせいにしているが。あれは嘘だ、真っ赤な大嘘だ。だって、彼が選んでくる私服もきんぴかだもん。
「よもや、金糸徳川紋入りの着流しとは。アレどうみてもヤクザとか暴走族向けだよ。腕の所『夜露死苦』って書いてあったもん」
「いち兄センスねぇんだわ。まあ俺っちもその辺はてんでだけどな、粟田口(うち)で一等真面なのは鯰尾の兄貴だぜ」
「おう…でも彼、何かに呪われたようにペアルックしか買ってこないよね」
「そこは骨喰の兄貴に犠牲になって貰っている」
知りたくなかった粟田口事情であった。
本丸に42口の刀剣がいると、洗濯物の数も尋常じゃない。畳んだものは、槍・大太刀・太刀と、部屋別に分けて置く。戦闘装束は個人の部屋ではなく神気の満ちた神寝殿で管理するため別途分けておく。最後の服をハンガーにかけて、ふうと一息。手間の為に購入したキャスター付のつるしは中々便利だ。小さな粟田口の装束と、一期一振の大きな装束が並ぶのを見ると微笑ましい気持ちになる。
「主、洗濯物はおわったかい?」
「燭台の旦那か」
「うん、終わったよ」
「じゃあ各自に持ってくるように伝えるよ、神寝殿の方には」
「わたしが持ってくよ」
「俺っちも手伝う」
薬研くんの申し出を素直に受けると、燭台切光忠も安心した顔で去って行った。二人で手分けをして衣類を持ち、神寝殿へ向かう。ころころとキャスターを押す薬研くんが可愛くてニヤニヤしたら「姫さんかお」って真顔でつっこまれてしまった。すみません。
「というか、なぜ姫。わたし大将がいい」
「俺っちは姫さんがいい。この問答何回目だよ、いい加減諦めてくれ」
「だって…わたし、薬研くんが鍛刀できたら、絶対に『大将』って呼んでもらおうって思ってたんだよ。憧れだったんだよ」
「夢を壊しちまってわりぃな。でも俺っちにとって、姫さんは『姫さん』だ」
意思の揺らがな藤色の目に溜息が零れる。どうして粟田口はこう頑固者が多いんだろう。神寝殿の檜の戸を開き、中に入る。そうして服を並べていると、最後に一期一振の衣装となった。なんとなくハンガーを持ち上げた手が固まる。
グレーのシャツに、黒のネクタイ。藍と金の上衣と揃いのパンツ。極めは彼の象徴ともいえる刀紋入りの肩羽織だろう。
「なんだ姫さん、いち兄の服に興味があるのか」
「うわっ…!」
「_____なんなら、ちょっとイタズラしてみるか」
「…え?」
訳が分からず目を丸くするわたしに、薬研くんがにんまりと笑った。あ、いやな予感。
「え、ちょ、まって。これは流石にっむりっ!」
「そんなことないぜ姫さん。かあいいかあいい」
「かわいくないわ!美少年に言われても嬉しくないわ!ばか!っていうかせめて下をっもう薬研くんのパンツでいいいから貸して!それかわたしのズボンかえして!」
「いやー前々から思ってたんだよ。姫さん綺麗な足してるのに出さないでぴっちり隠してるだろ?もったいないって、減るもんじゃねぇし出そうぜ!俺っちみたいに!」
「君の趣味をおしつけないでくれ!」
というか、これじゃあコスプレじゃなくてイメクラだよ!!
けらけら笑う薬研くんが勧めてきたのは『いち兄コスプレしようぜ』というものだった。なんでもない、一期一振の服をこっそり拝借して着させてもらうというものだ。前々から興味がなかったわけでもなく、わたしはまさかの身内の勧めに揺らぎこれを承諾してしまった。しょうじき、その時のわたしを殴ってやりたい。よもやわたしの服を没収されて、一期一振コスプレ※ただし上着のみになるとはつゆにもおもわなかった。
「いち兄と姫さん体格差あるから、十分ワンピースで通じるって。ほら、いましゃつわんぴっていうのが流行ってんだろ?」
「あれは女性がシャツワンピースとして着用できるように製作したものであって!これはどうみても男のシャツを着てる痴女だよ!」
「そんなことないぜ姫さん。かあいいかあいい」
「それしかいわないな!さては面白がってるだろ!」
「ぶはっ」
「やっぱり!」
ついに腹を抱えて床に転がった薬研くんに、正体見たりと怒鳴るがまるで効果がない。苛々しながら、わたしはおそるおそる姿見を見た。そこには、黒髪をぼさぼさにした平凡な女がぶかぶかの服に着られている様子が映っている。グレーのシャツが膝ちかくまで伸びており、結びが歪なネクタイを下げて派手な上着を羽織っている。だけど、本当に形だけだ。だってまず肩幅が違いすぎる。そのせいで服は何回戻しても着崩れてしまうし、そもそも袖から腕が出ない。
「ちょ、折って。薬研くん袖おって」
「うーん…萌袖、だな」
「決め顔してないで折って!!!」
だめだ。この薬研くん話しをきく気がない。
にやにやわらって「次はそうだなぁ…山姥の旦那はどうだ。それか思い切って三日月の旦那のにするか」ととんでもないことを言ってやがりますので、わたしはもう彼に頼らないことを決めた。もうバンザイして腕出して、脱いでしまおう。頭に血が上って正常な判断力にかけたわたしは、がばりと万歳をした。その瞬間、きいと閉じていた筈の檜の戸が開いた。
「薬研、燭台切殿が洗濯物を取りに来いと_______」
「………」
「あ、いち兄」
時が、止まったような気がした。
内番用のジャージ姿で登場したのは一期一振だった。いま出会うにはホットすぎる人物に、完全に頭の思考回路が停止する。それは一期一振も同じようで、蜂蜜色の目を真ん丸にして戸を開けた姿で硬直していた。
「姫さん、いつまで手あげてるつもりだ。パンツ見えそうだぞ」
「あ、一兄〜薬研いた〜?」
「!!!?」
「!!!!!!?」
その時、世界が動いた。
わたしはがばりシャツの裾を抑えて床にしゃがみ込み、一期さんは思い切り戸を閉めた。なぜかその身は神寝殿に滑り込ませて、がっちり内鍵まで閉めてしまう。
「お。いち兄やるねぇ。これからお仕置きプレイか『そんなはしたない姿をして…いったいナニをしていたんですか』」
「薬研!!止めなさい!!!」
「え〜なに、一兄なにしてんの?なんか中ですっごい面白いことが起きてるって俺の鯰センサーがビンビン反応してる。あーけーてー!!!」
「っく、 鯰尾、お前は先に戻りなさい」
「ゆきだるまーつくーろー!」
「戻りなさい!!!」
今にも頭の血管が破けそうな怒鳴り声だったが、扉の向うにいるらしい鯰尾は堪えた様子なく「心配してるのー」と歌っているが嘘だ。その証拠に檜の壁が悲鳴をあげている。そして薬研くんはひいひいいいながら床にお団子状態になっている。もうやだこの粟田口。
「ひいー…はあ、笑った笑った。大丈夫だまかせろ兄貴、俺っちに任せろ」
「凄く逞しい言葉だけど何故だろうね。いまは不安しか覚えないよ、薬研」
「そういうなよいち兄。俺っちが鯰尾の兄貴を引き受けよう。ついでにこれは餞別だ」
「? !!!っ薬研!!!」
「そおらっひらくのだーもんをーーー!!!」
「ぎゃああー!」
(粟田口どんだけア●雪好きなんだよ)
思いきり薬研くんが戸を開いたせいで鯰尾くんが庭に転げ落ちたらしい。ちょっと心配だがすぐに「こいをみつけてー!」と続きが聞こえて来たので、心配は無用の様だ。いいかげん歌うのを止めなさい。
ちょっと冷静になってきたので、わたしは現状を整理することにした。一期さんの服※上衣に限るを着ている痴女なわたし。そしてそんな痴女と残された私服のセンスがアレな一期さん。外では粟田口二名が愉快に歌いながら去っていくのが聞こえてくる。出口は一つ、それは一期さんが塞いでいるが、きっと一期さんならブツクサ言いながらも薬研くんに隠された服を探して一緒に出てくれるに違いない。そう思って声をかけようとしたわたしがみたのは、なぜか再びがっちり扉に錠をかける一期一振の背中だった。がちゃんっという音がいやに大きく聞こえた。
「え、い、ちごさんなにを、」
「………」
ふりかえった一期さんは、まるで戦場にいるような真剣な顔をしていた。あ、やばいこれ切り殺されるパターンかもしれない。『人間風情がわたしの服を怪我した罪おもいしれ!』てきな、無礼千万てきな。そんな風に思っていた時期がわたしにもありました。
薬研くんが渡して行ったピンクの輪っかのシルエットが見える袋を見つけるまで、そう思ってました。
まっていち兄。それをみた後だとあなたの今の顔はかなり違う意味で覚悟を決めた男の顔にしか見えない。止めて!!!いますぐそのロイヤルキメ顔を止めなさい!!!
「やめて!!!」
「それはお聞き届けしかねる」
__________お覚悟を、みわ殿。
暗転。