鯰尾藤四郎は必要とされているようなので
鏡に映る顔は、兄弟である骨喰藤四郎と瓜二つであった。
笑わないとこうも似ているのかと他人事のように思う。くわりと欠伸をしていると、とんと後ろから衝撃。胸のあたりに回った腕が、頼りなくも力いっぱい抱き着いてくる。
「わあ、どうしたんですか主さん?」
「…」
何も言わずに、鯰尾藤四郎の背中に顔を埋めている小さな主。ウリウリ〜と、身体を揺すってみるが反応なし。黙りこくっているのに、巻き付いてくる腕の力は弱まらない。戦装束の羽織を脱ぎ散らかしてきて正解だなと、くすりと笑えば「みわ!」と良く通る声が聞こえた。
「___っと、やっぱり鯰尾のところか」
「おつかれさまです、鶴丸さん。まあた、懲りずに主さんをイジメてるんですか」
「人聞きの悪いことをいうな、俺は近侍の務めを果たしているだけだ まったく」
ガリガリと細い指で頭を掻いて、居心地悪そうな顔でみわを見る。その視線は弱弱しいもので、そんなに嫌われるのが怖いなら甘やすなりすれば良いのにと思う。だが、鶴丸国永はどうやらそういうことが苦手なようで。
「…戻るぞ、主。仕事を放って出ていく審神者がどこにいる、今日中に目を通して政府に送らなければいけない書類は山のようにあるんだぞ」
「…」
「…離れろ、と、言っているんだ、が!」
「あーあーあー」
斜め上あがりの鶴丸の声音だが、その実、鯰尾からみわをひっぺ剥がそうとする力はひどく繊細だ。みわを万が一にも傷つけないようにと、細心の注意を払って触れているのが見ていてわかる。本気でやれば造作もないだろうに、引き剥がしたことで彼女がいらぬキズを負うことを危惧しているのだ。体にも、もちろん心にも。
「主さん、ねえ。みわ、」
「…」
「後ろからだと抱きしめてあげられないから、少しだけ力緩めてよ」
「…」
掌を撫でて少しだけ優しく声をかける。言葉は返ってこなかったが、腕の力が弱まるのを感じた。「よいしょ」となんてわざとらしい声を出して、抱き着いてくる彼女に向き合い。その情けない顔がくしゃりと泣き出してしま前に、抱き上げてしまう。
ここにはみわの様子を、子どものようだと茶化す相手もいない。みわが鯰尾の首に腕を回して、すんと鼻をすすった。
「主さんも頑張ってますもんね〜」
「そんなことは百も承知だ」
「書類とにらめっこしてばっかりは疲れちゃいますよ、偶にサボっても誰も怒りませんって」
「休憩ならきちんと用意している、50分の後に一度5分だ」
「…俺、鶴丸さんがそんなマニュアル刀だとは思いませんでした。学校じゃなんだから、好きに肩の力抜かせてあげれば良いじゃないですか」
みわの背中をトントンと叩きながら言えば、今度は鶴丸の顔がくしゃりと歪んだ。「だ、が」とこちらも子どもみたいなことを言い始める。もちろん、鶴丸だって意地悪でしているわけではない。一度休むと仕事に戻りたがらないみわが、きとんと仕事をできるようにと思っての采配だ。だって仕事ができないと政府からお達しがくる、そうすればきっと今以上にみわは泣いてしまうだろうから。
「不器用だなあ」
「 なっ !」
「じゃあこうしましょ、俺もいっしょに仕事お手伝いします。それで鶴丸さんが怖いこといったら、主さんを守ってあげる。ね、それなら怖くないでしょう?」
聞けば、蚊の鳴くような声で「…いいの」とみわが呟いた。
「もちろん、お手伝いは得意ですから!」
まかせてください。と言えば、みわもこくんと頷いた。それを見て鶴丸が複雑そうな顔をしたが、鯰尾は悪い気分はしなかった。頼られるというのは、存外嬉しいものだ。
「本当は細かい数字の計算、骨喰の方が得意なんですけどね」
チマチマとした数値が並んだ書類を見て、うへぇと鯰尾が空笑いをした。
隣で(仕事を放り出して逃げる時に目くらましとしてバラまいた書類を)拾っていたみわは、鯰尾の方に寄った。
「鯰尾がいい」
ぎゅうと、小さな手が鯰尾のシャツを掴む。向けられた言葉に、そこにこもった心にクラクラした。ぶわりと胸の辺りが満たされる感覚、酒に酔ったような酩酊。チカチカする視界を誤魔化すように拭って「褒めすぎ」と、言葉を絞り出す。
____主さんは、俺じゃないとダメらしい。
_____そっか、そうかぁ… じゃあ、鯰尾藤四郎はここにいなければいけない。
この小さな主の傍に、どうやら俺が必要なようなので。
しかたないじゃないか。どうしてもニヤけてしまう顔、それを書類に隠して、思い切りとろけるよう鯰尾は笑った。