刀剣乱舞 | ナノ

石切丸は”それ”を許さない


こわい夢には、いつも悍ましい記憶が付いて回る。

だからきっとわたしは途方もない未来よりも、やり直せない過去が怖ろしくて。わたしより長い時間を生きている彼らは、もっともっと、生き辛いのではないかと思い至った。

そうしたらどうして良いのか解らなくなった。軽い気持ちで与えた肉の器に、彼らの怨念が具象を成したようで。




「…君は、ほんとうに何時も唐突だね」

浅葱色の袍に身を包んだ石切丸が呆れたように溜息をつく。目尻の赤に皺よりまあるくなるのをぼんやり見つめながら、みわは「うん」と頷いた。

「人の念ほど恐いものはないから。わたしヒトが嫌いで審神者始めたんだけど、よくよく考えると刀剣男士もヒトみたいなものだよね。なんて浅墓な」
「まるで遠回しにわたしのことを不好きと言われているように感じるよ」
「うーん…」
「悩むのなら、そこは素直に首を振っておくといい。そうした方が、もう少し朋友も増えるだろう」

石切丸がみわの仕上げた巻物にひゅるりと巻尾を絞める。そうして折敷の上に積み重ねる様子を端目にこくりと縦に頷くと「逆だよ」とぴしゃりと怒られた。

「まったく、…君のそういう様子を見ているととても不安になる」
「例えば?」
「私がいなくなったら、寂しくて死んでしまいやしないかと」
「うさぎじゃないんだから」

真顔でいう石切丸に呆れ半分に返せば、「知っているよ」と笑われた。そこに浮かぶからかいの色にしぜんとため息がこぼれた。

「必要なら、加持祈祷でもしようか。君の対人運上昇を祈願して」
「余計なお世話です」
「おやおや、拗ねてしまったかな。では怒られる前に、私は書殿に退散するとしよう」

折敷を手に立ち上がり、書殿に面した襖を開く石切丸の背をシッと払う。視えていない筈なのに、その背がくつくつと笑っている気がしてみわはむっと眉を寄せた。

(…石切丸め、少し付き合いが長いからって生意気な)

気分を切り替えようと適当に書類を掴み取れば、ぴらりと『遠征表』の文字が躍った。

そこには第一・第二部隊の名前が陳列し、今朝出陣した遠征の詳細が添えられている。今日は、全ての部隊が遠征に出ていた。霊力の優れた刀剣もれなく、そして残る石切丸を殿に据えた第四部隊もあと半刻ほど遠征に出る。…本当に珍しい日だ。政府からこれほどの遠征命令が下ることはそうそうにない。

(…なにもなく、終われば良いけれど)

ああ、そう思ってしまったときは大抵そうはいかないのだ。
そんなこと知っていた筈なのに、どうしてわたしはなにもしなかったんだろう_________。










ふわりと宙に純白の衣が舞う。

星灯りひとつない暗闇の中でも、それは自らが光を放つように闇夜に映えた。下弦の月に金装飾がちりりと鳴って、縁をなぞった切っ先が閃いた。

「___後ろだぜ?」

囁くような声音に首を向けた鬼の仮面を、鶴丸国永の太刀が斬った。

ぐらりと鶴丸の何倍もある大きな体躯が両断される。猫のように着地した鶴丸が、すぐさま大きく後ろに飛びのけば一拍の後に巨体が床に崩れ落ちた。鈍い音で沈んだ大太刀の悪霊に溜息をつく暇もない。弾丸のように向かってくる短刀の骸骨を弾きながら、鶴丸は金の目を眇めた。

(___ッチ 駄目だ、夜目が効かなくて見えやしない。他の連中はどこだ)

鶴丸は、遠征の最中だった。彼の審神者曰く、唐突に降って湧いたような政府の依頼でおおよそ8時間かかる遠征に駆りだされたのだ。簡単な遠征のはずだった。鶴丸国永をはじめとした第二部隊の総合霊力は、予測難易度を遥かに上回っていたし、それ以上に困難な遠征など星の数ほど熟してきた。

なのに、たった8時間がもうすぐ12時間に及ぼうとしている。

部隊長に渡される端末は原因不明の故障。不審に思い引き返してみれば地図にない道が出現し、行く先々で遡行軍に見える。

(まったく、こんな驚きは御免だぜ)

金目に神力を集め刀装を確認する。鶴丸の周囲を惑星のように巡る不可視の神具。三つの金玉にはすでにヒビが入っており、先が長くない事を鶴丸に告げる。

「オイオイ…特上の重騎兵がボロボロとは。こりゃあ、みわが泣いて怒るぞ」

刀剣男士に与えられる神具は、すべて拙いみわが精一杯作ったものだ。だから、みな大事に扱う。それはそこに、自分を思う人の気持ちがあることを知っているからだ。___大事に、だけど全力で壊れる限界までいっぱいに使うのだ。

「俺が大怪我をして戻る次くらいに、な」

漆黒の帳が落ちた深い森の奥に、百鬼夜行の奇声が轟く。全身を、大気を、神体を。ビリビリと震わせるそれに鶴丸の瞳孔が開いた。きちりと構えた切っ先が、鳴く。






「平野、俺の小雲雀を使え_______先に、本丸に戻るんだ」

鶯丸の言葉に、平野が何か返す前にひょいと抱えあげられてしまう。弾んだ息の所為で上手く言葉を舌に乗せられない。そうこうしている内にしっかりと手綱を渡されてしまった。

「で、ですが鶯丸さんたちは」
「俺はみわから部隊長を命じられているからな。敵の足止めを買って出てくれた仲間を置いてはいけない」
「それは僕とて同じです!」

「なにかおかしい」

怒鳴るような平野の言葉に、しかり鶯丸は穏やかな目で言う。

「嫌な予感がする。あまりにも嫌な偶然が重なり過ぎている」

それは平野も感じていた違和感だった。突然の遠征要請、間違いだらけの地図、まるで知っていたかのように待ち構えている遡行軍…それは、まるで誰かの意図が通っているかのようで。何時まで経っても本丸の見えない家路に、内では耐え切れない程の焦燥がくすぶっていた。

「いま本丸にはみわと霊力が足らない男士だけだ。…戻るのが長く近侍を務めた同胞ならば、俺も安心して戦場に戻れる」
「…、わかりました」

平野は意を決して手綱を引いた、幾度が乗ったことのある小雲雀の鬣を数回叩き「必ずお戻りください」と言えば、鶯丸は「心配は無用だ」と背を向ける。

「いけ」

すらりと鶯丸が太刀を抜くのを合図に、平野は細腕で思い切り手綱を振った。後ろから聞こえてくる酷く耳鳴りのする音と鋼の擦れる音に、ぎちりと唇を噛む。それでも決して、後ろは振り向かなかった。それは、恐怖からではない。






「____抜かったね」

ひゅんと大太刀の長い刀身が弧を描く。まるで紙を斬るように打刀の胴体が裂けた。その向うに美しい象牙の髪と、花緑青の猫目が煌めいた。

「なにこれ…次から次に湧いてでてくる」
「どうやら僕たちはハメられたらしい。蛍丸くん、他の男士がどこにいったか解るかい?」
「わかんない。でもたぶん、みんな目指している所はおんなじだ」

キリキリと闇に木霊する針金が擦れるような音に無数の赤い光。それが猫の子であればどれほど良かっただろうか。抜身の本体をくるりと逆手に構え、にっかり青江は笑う。

「まあ機動オバケが本気をだせばどうにかなるだろう」
「それって長谷部のこと? 怒られてもしーらない」
「蛍丸くんが告げ口しなければバレないさ。…だから、僕たちは生き残ることを最優先に」
「とーぜん。 ケガして戻ったら、主が泣いて怒るもんね」

にまりと笑って、蛍丸が地を蹴った。身の丈以上ある太刀を手にしているとは思えない身軽さで敵に向かう小さな背中に感服しながら、青江も白外套を翻した。






「____これは、まるで」

悪夢だ。
みわは眼前に迫った悪鬼を前に、どこか冷静にそう思った。酷く熱いのにとても寒い、赤い理性のない目に睨まれてとうに腰など抜けている。今まで、遠目でしか見ていなかった。それは現実なのに、ひどく現実感のない夢物語のような。

(こんな…怖ろしいものと、わたしは、皆を戦わせていたのか)

いまさらながら少しだけ後悔した。人が嫌い、それだけの理由で審神者になって、審神者のことも刀剣男士のこともまともに知ろうしなかった薄情な自分に吐き気がした。だけど____後悔先に立たず。すべて、もう遅い。

「_t___zzzy 」
「…?」


「___d__  …do, site」


鬼の面から発せられたそれは、まるで迷子の子どものような寂しい声をしているような。


「_o___ore,ha ______dame, na no」


ああ、そうか。
漸く合点がいって、みわは静かに目を閉じた。

(これが、彼らの怨念)

具象した忌わしい記憶と、戻れない過去が寄り集まったもの。

(あれは、予知夢か)

わたしが死ぬ、予兆だった。肩口から走った熱い鉄が押し付けられるような痛みに、みわはあっけなく意識を手放した。生き残ることなど、その姿を認めたときからとうに諦めていた。
































「…君は、ほんとうに何時も唐突だね」

浅葱色の袍に身を包んだ石切丸が呆れたように溜息をつく。目尻の赤に皺よりまあるくなるのをぼんやり見つめながら、みわは「うん」と頷いた。

「人の念ほど恐いものはないから。わたしヒトが嫌いで審神者始めたんだけど、よくよく考えると刀剣男士もヒトみたいなものだよね。なんて浅墓な」
「まるで遠回しにわたしのことを不好きと言われているように感じるよ」
「うーん…」
「悩むのなら、そこは素直に首を振っておくといい。そうした方が、もう少し朋友も増えるだろう」

石切丸がみわの仕上げた巻物にひゅるりと巻尾を絞める。そうして折敷の上に積み重ねる様子を端目にこくりと縦に頷くと「逆だよ」とぴしゃりと怒られた。

「まったく、…君のそういう様子を見ているととても不安になる」
「例えば?」
「私がいなくなったら、寂しくて死んでしまいやしないかと」

「うさぎじゃないんだ、から………」

そこまで言って、はたと気づく。なぜだか胸に湧いてでた既視感に、みわははてと小首を傾げる。そんなみわに石切丸が「知っているよ」と笑った。

「必要なら、加持祈祷でもしようか。君の対人運上昇を祈願して」
(____なんだろう、この会話…前もどこか、で)

確かめるように瞬きをして首を傾げれば、石切丸が手元から視線をあげてみわを見た。そしてみわの僅かに霞んだ世界でゆるりと笑う。

「それとも___今の君には、厄払いのほうが良いかな」
「え」

「心配いらないよ、私たちは曲がりなりにも神の端くれだからね」

必要なら、過去なんて何度でもやり直せば良い。
君が生き延びる未来だけを選んで、


「生き辛いなんてとんでもない」








「では、私は一足先に書殿に向かうとするよ。ああそれと、今日はみな遠征を休むことになった。だから、夕飯は皆で食べよう____いいね、みわ」

パタンと閉まる襖の音に、ぽたりと冷汗が落ちた。
それはきっと、安堵からではない。

back

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -