01 貴方を見たらまわれ右

 藍染惣右介は非情に胡散臭い男だと思う。
そんな私の思いとはうらはらに女性死神協会のアンケートでは毎度の事ながら上位を獲得しているのがまた癪である。私は今日も今日とて回ってきたアンケート結果を片手に、はっと小馬鹿にするようにおやつを食べていた。

「なになに…えーと、優しげな瞳の中に時々見える色香が堪らない?普段は温厚なのに戦闘時の凛々しい姿にときめく?なんだこれ、ウケるんですけど」
 
 その他にも記載された理由を目でなぞりながら私は失笑を止めることが出来なかった。なんならへそで茶を沸かせてしまうのだが、流石に性格が悪すぎるので手元のお茶をふーふーと吹いて心を落ち着かせる事にする。
 
「随分と楽しそうだね」
「ブッ!!」
 
 が、聞き覚えのありすぎる声が背後からかけられ、私は盛大にお茶を噴く。げほげほと派手に噎せ、後ろから綺麗に折り畳まれたハンカチが差し出されるが、丁重にお断りをして自身の胸元からハンカチを取り出し口許を拭った。
 そして呼吸を落ち着け、油のきれたブリキ人形よろしくぎこちなく後ろを振り返ればそこには今まさに小馬鹿にしていた男がいるではないか。
 
「ヒィッ!」
「相変わらずの反応だね、それどうにかならないのかい」
「無理!なんで貴方がここにいるのよ惣右介くん!誰にも見つかったこと無いのに!」
「君こそ業務時間なのにこんなところで何してるんだい」
「これは私の密かなサボりなんだからほっといてよ」
「よく隊長の前で堂々と言えるね」
「惣右介くんが来なければバレなかったんですけどね!」
 
 おいおいマジかよ、ここは四番隊しか知らない物置部屋のさらに奥だぞ。という疑問をギラギラと視線だけで訴えると、彼は用事があって来たらたまたま私の霊圧を感じたからと、さらっと言う。それで納得しろってか。
 
「ほっといててくれればいいのに何で来るかな……」
「数少ない同期なんだから挨拶くらい普通だろう?」
「同期って言ったって私は四番隊のしたっぱ席官で貴方は隊長でしょうが、おいそれと仲良くできる立場じゃないの」
「悲しいことを言うね、流石に傷付いてしまうよ」
「全然傷付いてない顔でよく言うわ」
 
 ああもう、本当に昔からこいつは何を言っても穏やかな口調で返してくる。
 イライラとつのる気持ちは次第に凪いでいって、私は相手にするのも馬鹿らしいと自己完結をした。どうせ何においても惣右介くんには勝てないから大人げなく無視を決め込むことにする。ついでに惣右介くんに背を向けてぬるくなったお茶に集中する。
 すると、後ろから肩を叩かれた。振りかえれば、今度こそ本当に眉を寄せた惣右介くんが捨てられた子犬のようにこちらの様子を伺っているものだから、ぐっと奥歯を噛む。
 悔しいが(とてもとても悔しいが!)確かに藍染惣右介の顔は非情に整っている。緩く波打った茶髪と、甘いけれど男らしさがある顔立ち、加えて眼鏡の組み合わせが私の心を揺さぶるという事実はここ30年でやっと認めた事だった。
 しかし学院時代のあれこれに留まらず死神として入隊を果たした後に起こったいざこざは藍染惣右介の印象をけして良いものにはしてくれなかった。
 ウン十年と秘め続けた私の鬱憤はついに爆発する時が来たのだ。
 湯呑を床に叩きつけ惣右介くんを睨み上げれば、おや?という風に惣右介くんは目をぱちくりとさせる。私は一息で言い切るために大きく息を吸い、そして感情のままに言葉を放った。
 
「惣右介くんと関わるとろくなことが無いんだって!只でさえ学院時代から席が隣なだけで妬まれるわ、惣右介くんなんて呼ぼうものなら呼び出されるわ、挙げ句のはてに入隊したらしたで、今度は同期だってだけで怪しまれるし!!もう勘弁してよ〜」
 
 最後はもうほぼ泣き落としだ。なんで自分がこんな不幸な目に合わなければいけないのか、実際に口に出してみると本当に散々すぎてうっかり涙が出てしまいそうだった。
 
「へぇ、そんな事があったのかい?」
 
 だというのに、目の前に佇む惣右介くんは面白そうに眉を下げて微笑んでいるから、余計に捲し立てたくなってしまう。
 いやでも今日こそは、今日だからこそ、私が長年疑問に抱いていた事をぶつけてみるのだ。
 
「……惣右介くんわざとやってるでしょう?」
「何を?」
「学院時代の席だって、周りがいくら空いててもわざわざ隣にくるし、入隊してから隊も離れたのに何かと関わってくるし……私ってそんなにいい暇潰しの道具?そもそも同期だって他にも何人かいたじゃない。私、なにか惣右介くんの勘に触ることでもしたの?」
 
 惣右介くんは暫く目をぱちくりとさせて私を見つめていた。驚き半分と、あと半分は何なのだろうか。隊長様の気持ちなんて私には分からない。
 やがて惣右介くんは腕を組み、顎を長い指に乗せながら考え込む姿勢を作った。私がよく遠目で見る隊長の時の顔だ。うっ、だから顔だけは正直めちゃめちゃ好みなんだから真剣な表情とかやめてほしい、いやほんと。
 私の葛藤などつゆ知らず要領のいい彼は手早く思考を纏めたのか、ぱっと姿勢を戻し口を開く。それはあまりにも唐突な問いであった。
 
「君は僕の事が嫌いなのかい?」
「え、いや別に惣右介くん自体は嫌いじゃない……と、思う」
「それなら良かった。じゃあもう一つ、僕は君に直接何かをしたことがあったかい?」
「……無い、です」
「ほらこれで僕たちの間には何も問題が無いことが証明されたね」
 
 気がついたら、そうかもなんて口に出していた。惣右介くんは良かったと言わんばかりの笑みで、じゃあ仲直りの握手でもしようと勝手に私の手をとって……手を……とって……。
 
「っわーー!ちょっ、ちょっと待って!やっぱ今の無し!何かよく分からないけど確実に嵌められた気がする!」
「悪いけど君の提案は却下するよ」
「何故に!?」
「僕は隊長だからね」
「この野郎!!」
 
 今度こそ殴ってやると、不敬覚悟で右腕を振りかぶった時、私は惣右介くんを見て固まった。
 
「私は君のそういう所が面白くて好きなんだ」
 
 なんだ、そういう笑い方もできるじゃん。


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