SBではじめましょう-2

「バーナビー」
電話越しに彼女の声が耳に届く。
こうやってデジタルを通すと、直できくよりもほんの少し可愛らしい声になる。
本人はそれを気にしている節もあったけど、僕は好きだった。



『ねえコニー』
あの時もそうだった。
参加しているサイトのフォーラムで珍しくオンタイムでリンとシュウと僕の三人が揃った。
僕と彼女達の住むところとは時差があったからそれは本当に珍しいことだった。
せっかくだから音声にしよう、と言い出したのはシュウだっただろうか。
『初めまして、っていうのも変だねー』と笑った彼女の声に面食らった。
彼女は性別をオープンにしてはいなかったが隠してもいなかったから女性だというのは知っていた。
けれども文字から受ける、ともすると男性かとも思わせるようなイメージをぶち壊すような声だった。
時折はさまれる小さな笑い声。
夢中になるとちょっと早口になる。
シュウに対する辛辣な言葉(実験のツメが甘いとかなんとか)でさえも僕には羨ましく響いた。
音声通話の気楽さと元々友人であるリンとシュウの会話に僕が参加するという形もあってプライベートな話題になった。
『コニーの一番のくどき文句ってある?』
突然シュウにふられて咄嗟に返せなかった。
『シュウってばカフェの店員さんに一目惚れしちゃったんだってー』
含み笑いをもたせてリンが補足する。
『僕はそういうの詳しくないからどうかな…』
逃げたと言われてもいい、わからないものはわからないのだから。
コニーはモテそう、という彼女の言葉には即座に否定する。
『僕には恋人とかいません!』
そんなことよりリンはどうなのか。
『コニーの外見知らないけどなんかモテそうなのになあー』とリンはまだブツブツ言っている。
数十分前までは全く気にもしなかった彼女のプライベートが気になって仕方が無い。
『リンはこの間ふられたんだよな。「俺よりこんぴゅーたーの方がお似合いだ」とかナントカ言われてさ!うひゃひゃ』
シュウの笑い声は『あんな男こっちから願い下げよ!!!』というリンの声にかき消された。
僕は不謹慎ながら彼女に恋人がいないと知って少し嬉しくなった。
もうしばらくコイビトとかいいや、という言葉とともに出されたため息に背筋がぞくっとした。
『ね、それよりSBってどんなところ?』と切り替えた彼女の声は明るくてキュートだった。
そうして気がつけば2時間近く経っていて、海の向こうの二人はもう寝なきゃと慌てて通話を切り上げた。
『またね、コニー。楽しかった!ありがと』
彼女の最後の声が耳から離れなかった。


次に彼女の声をきけたのはオフ会だった。
デジタルを通さない、リアルのリンの声。
「コニー!」
屈託なく笑いこちらに手を振る女性。
「ここまで迷わなかった?疲れてない?」
友人に接するように笑顔で話しかけるリンの声はイヤフォンで聴くよりも大人びて年相応だったけれども、やはり可愛らしいという印象は変わらなかった。
ある意味初対面の異性に対してちょっと距離が近すぎやしないかとこちらが心配になるほどの親しみがこもった握手に、手の柔らかさに、脈が速くなるのが分かった。
テーブルには他のメンバーも一緒で、流れで隣に座ったリンを意識しないように精一杯意識した。
なのに、ふいに僕の袖を引っ張ってリンは話しかける。
耳元に顔を寄せるのは店の中がうるさいからだってわかっていてもその度に心臓が跳ねる。
無難で曖昧な受け答えをしながら、僕は自分のこの状況を上手く掴めないままその会は終了した。
何か彼女に言わなくちゃ。次にいつ会えるかも分からないのに…ぐるぐるとそれだけが頭の中を占めて言葉が全く見つからない。
シュウが何か話しかけてきたので適当に返事をした。
リンの「ヤッター!」という嬉しそうな声で我にかえると、三人で2軒目に行くことになっているらしかった。
たぶんほうけていたのだろう僕を「大丈夫?疲れてる?それとも用事あった?」とリンは気遣ってくれて、僕は全力で全部を否定して2軒目の店へと向かった。

丸テーブルに三人で座ったものの、やはりリンは僕よりシュウとのほうが若干距離が近い。
付き合いが長いのだから当然なんだろうけど。
くだらない冗談を言ったシュウの腕をリンが軽く叩く。
なんだか少し羨ましかった。
そう感じてから、そんな風に思った自分がまたわからなくなった。
リンが席を立った隙にシュウに尋ねる。
「リンは誰に対してもあんな感じなんですか?」
「あんな?」
シュウは不思議そうに首を傾げる。
「シュウとはとても親しそうですが恋人ではないんですよね?僕に対しても初対面なのにとてもフレンドリーというか近い気がするんですが…」
ぶっ。とコメディのようにシュウが吹き出す。
ちなみに僕とシュウは以前シュウがSBへ仕事で来た時に会っているので初対面ではない。
「あーまあ俺とは付き合い長いから。色恋はまっっっっっったくないけどね。誰に対してもフレンドリーかって聞かれるとNO」
シュウはのどを潤し僕を見て楽しげに笑う。
「むしろ珍しいよ。リンは男に対して思わせぶりな態度や勘違いされそうなことは絶対しない。そういうの過剰に受け取る男もいるじゃん。だからそういうとこはきっちりしてる。コニーは一応は初対面になるんだろうけどほかの奴らとは違う友達ってカテゴリになってんのかもね」
ま、それも珍しいことだけど。とグラスを揺らしてシュウは笑う。
「何の話?」
トン、と背中に触れられて軽やかな音が耳元で跳ねる。
「べっつにー。男同士の内緒話」
意味深に笑うシュウにリンは顔をしかめてスツールに座る。
最初より少しだけ僕に近い。
「そういえばさ、さっきのオフ会で『リンさんと付き合ってるんですか』って聞かれたんだ」
シュウの言葉にぎくりとする。さっきの話は知られて困るほどではないが何となく気まずい。
「はあ?」
リンは心底イヤそうだ。
「あのスーツ着たやついたじゃん。仕事帰りとか言ってた」
僕の話ではなかったことにほっとしたがやはり僕と同じように感じた人がいたのだ。
「えー、スーツなんて何人かいたじゃん。てかシュウが彼氏とかまじないわ」
リンの声がワントーン下がる。
「いやいやいや、俺こそリンが彼女とかまじかんべん。てか俺に彼女できないのってリンのせいなんじゃねーの?」
「非モテを人のせいにすんな」
リンがさらにワントーン下がる。
「チッ。『彼氏じゃないけどリンは止めた方がいいですよ』って言ってやった俺の優しさを返せ!」
「はいはいどーも。あ、すみませーん!」
メニューを片手に店員さんに呼びかけるリンの、その声のトーンの差に思わず吹き出す。
きょとんとこちらを見る二人。
「いや、仲がいいんだなと思って…」
「「付き合ってないから!!」」
このあとしばらく笑いが止まらなかったのは仕方ないと思う。

そうか、友達か。
先輩とも同僚ともちがう、友達。

仕事やパーティーではたくさんの女性と接することはあったけれど、こんな風に近くで親しく笑い会う女性の友人なんて初めてだったから
だからなんとなく落ち着かなくなったりドキドキするんだろう。

コロコロ変わる表情と時折僕を小突く小さな手と転がる笑い声。
なんだか嬉しくなって笑みをこぼすと、目敏いリンがまた僕の背中を叩く。
大袈裟にのけぞってみせれば今度は肩をぶつけられた。
一瞬ふわりと甘い香りがして、僕は今度は声にだして笑った。





あれは友達が出来た嬉しさではなくて、もう好きになっていたのかな。
今となってはもうよくわからない。
ただひとつだけ、あの時の僕と同じことを他の男友達にもしているのだろうかということは気になっている。
狭量なのは自分でもわかっている。
でもしょうがないじゃないか。
今度彼女にさり気なく聞いてみよう。
待ち合わせ場所に来たリンが僕に気づいて手を振る。
初めてあったあの時よりずっと素敵な笑顔だ。



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