フランボワーズ

『緊急で内密の話がある。研究室に来てくれ』

公私ともに親しくしている友人(といっていいとは僕は思っている)ジムからメッセージが来ていた。
話とは昨夜から連絡がつかない彼女のことだろうか。
ジムは僕と彼女の関係を知る数少ない関係者の一人で、僕にとってはそういう意味では恩人だ。

”リンのことですか?”
スーツのインナーウェアを脱ぎながら慌てて返信する。
すぐに返事が来た。
『直接あって話した方がいい。こちらは何時でもかまわないから待っている』
やっぱり彼女になにかあったんだろうか。
汗でしっとりした髪の毛が気にならなくはなかったが、シャワーに入る時間も惜しい。
このあとの今日のスケジュールをざっと確認して(僕にとってはたいした予定ではなかった)、斉藤さんにバイクと共にトランスポーターから下ろしてもらった。

バイクにまたがり研究室のある大学へ向かう。
緊急、内密、あって話した方がいい…
悪いことばかりが頭をよぎる。

彼女とはいわゆる遠距離恋愛で、メッセージのやり取りがメインみたいなものだった。
お互い多忙なうえ時差もあれば声を聞くのもなかなか難しい。
それももうすぐ、春になれば終わるはずだった。彼女が、リンがシュテルンビルトへ転勤することが決まっていたから。

昨日僕は会食から解放されて帰宅したのは深夜に近かった。
彼女からはなんでもない日常会話のメッセージが届いていて、軽く酔った頭で返信した。
早く会いたい、こんなに春が待ち遠しいのは初めてだ。そんな気持ちを胸にしまって、”今日食べたシュリンプが美味しかったから今度一緒に行こう”とかなんとかそんな内容だった。
朝になってもそのメッセージが既読になっていなかった。
まだ寝ているのかな、と一瞬思ったけど時差を考えて首を傾げた。
返信がすぐにないことはよくある。
僕だってリンからのメッセージを読んだあとにすぐに返信出来ないこともよくある。
その辺りはお互い理解していた。でも、数時間たってもメッセージが既読にならないことなんて初めてだった。
端末の置き忘れ、充電が切れた、等々考えてみたけれど、端末をいつでも手放さない彼女に限ってそれはありえない。
確認も出来ないほど忙しいとかそういうことだろうと納得させて、考えるのをやめた。
だってたかが数時間前のメッセージが既読にならないだけで動揺するなんてスタイリッシュじゃない。
12時間、いや、24時間経ってもだめだったら、その時は共通の友人でありリンの街に住むシュウに連絡をとってみよう。そう決めて今朝は家を出た。

そして、出勤早々の出動のあとのジムからのメッセージだった。

赤信号で舌打ちして停車する。
出動中でないBBJが道交法を守らないわけにはいかない。
最後に空港で抱きしめたリンを思い出す。
ああ、パスポートを持ってくればよかった。先に飛行機の手配をしておこうか。何日なら仕事を明けられる?
そもそもリンに何があった?どうして僕に直接連絡が来ない?
本人が連絡出来ない状況…?なんだそれは
吐き気すら覚えそうに頭の中は混乱して、それと同じくらい冷静だった。
研究棟の前にバイクを止めて、階段を駆け上がる。
あと7歩で研究室。
ノックも忘れて勢い良くドアを開ける。
「ジム!!」
僕の大きな声に入り口すぐのテーブル(ミーティングや休憩をするためのスペースだ)にいた人が振り返る。

え?

「あ、バーナビー!早かったね。」

リン?リンがなんでここにいる?
夢?

「バーナビー?おーい。コニーくーん??」
ぴょこんと僕の前に立った彼女はまあるく目を開いて僕を見上げた。
「な、んでここに?」
掠れた声をしぼりだす。
「えへ、来ちゃった」
リンをぎゅっとだきしめる。
あ、夢じゃない。
彼女から甘酸っぱい香りがする。
もっと嗅ぎたくて腕に力を込めて髪の毛に鼻を埋める。
「っは。くすぐったい」
くぐもったリンの声。かわいい。

スパーン!!
と響き渡る音とともに後頭部に衝撃を受けた。あれもしかしてこれ夢なのかな…
「入り口でいちゃつくな!邪魔!!」
心底いやそうな、ジムの声だった。
ああ、よかった。夢じゃない。



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