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大きなポスターを睨んでいたら先輩に笑われた。
フンっともう一瞥して、先輩の後を追う。
いくら口紅の広告だからってそんなにくっつかなくてもいいんじゃないの!!!
バーナビーにぎりぎりまで顔を寄せる女優が憎らしい。
そんなことじゃバーナビーの恋人なんてやっていけないことくらいわかってる。
今に始まったことじゃない。
でも!でもでも!!
もう18日も会ってない。
柔らかくて少し冷たいあの唇。
いいもん。キス出来るのは私だけだもん。
なんて、大人げないことを思ってしまうのは仕方ない。

会社の休憩室でサンドイッチを片手にスケジュールを確認する。
向かいに座ったレイジ先輩は既に食べ終えて女性誌をぱらぱらと眺めている。
バーナビーに言われなくたって食事はちゃんととる。時間があれば、だけど。
やっぱ海老とアボカドの組み合わせは鉄板だよね。
「ねー、マナのファーストキスっていつ?」
先輩の突拍子もない問いかけにサンドイッチから海老が落ちた。
「ふぁーすときす???」
「そ、初めてのチュー」
ニヤついた表情で唇を突き出す。
「なんですかいきなり。セクハラですか?訴えますよ」
「エッ、これセクハラになんの?マジで?ここに書いてあったからちょっとした世間話だよー」
先輩は焦った様子で見ていた雑誌を私に寄越した。
「冗談ですよ。でも相手に寄っては気をつけた方がいいですよ」
セクハラとは別の意味で。レイジ先輩を文字通り喰ってやろうってお姉様方多いんですよ。
女性誌とばかり思っていたそれはティーン向けだった。
『初デートで行きたいところトップ10』
『ファーストキスはいつ?』
なんて、なんだか可愛らしい内容だ。
「俺はジュニアハイの時。一つ上の先輩と。」
へー。私はいつだっけな。ぱっと思い出せない。

「ねえ聞いてる?俺の話興味ねーだろ」
ああごめん。記憶を遡ってた。
「まあいいけど。ここにさ、キスの味ってあるじゃん。俺はそのまんまレモン味なんだよねー。先輩が舐めてた飴。」
「レイジ先輩にしてはかわいいエピソードですね」
「にしては、ってなんだよ。で、マナは?幼稚園の時、とか言うのはなしな!」
「いやー、それが思い出せなくて」
「え?覚えてるだろフツー。初めて付き合った彼氏とかさあ。事故チューとかそういうのはノーカンでいいから」
なんか深刻なやつだったらごめん…と先輩が小さな声で付け加える。
「いえ!そういうなんかアレじゃないです、大丈夫です!!!」
律儀な先輩はすまなそうにこちらを見ていた。
ハイスクールのころ付き合っていた人はいた。たぶん初めての彼だから初キスもそうだとは思うんだけど…
「過去の人って思い出せないんですよね。ハイスクールの時に告白されて何となく付き合ってーって人はいたんですけどはっきり思い出せないっていうか…。
どうでもいいことは忘れちゃうんですよ。」
「えええー、甘酸っぱい思い出じゃん!青春じゃん!」
「そういうもんですかねえ?私はもう忘却の彼方ですよ」
そんな過去の話なんかより、少し冷たくて柔らかい彼の唇を思い出す。
何度も重ねると溶け合って熱くなる。

雑誌の上に何かを置かれて我にかえる。
ピンクのパッケージのリップクリームだった。
「いまトリップしてただろ。会えない間にせいぜい磨いとけよ。久しぶりのキスがガサガサの唇じゃ盛り下がるからな。サンプルのそれやるよ。」
ニヒヒと笑う先輩。
今の方がマジでセクハラになりますよ…
「じゃ、俺は一足先に週末に入ります!おつかれ!」
怒濤の繁忙期が終わった先輩はティーン向け雑誌とリップクリームを残して帰って行った。
私はこのあとスタジオでCF。それが終われば一段落だ。結局今週もバーナビーに会えてない。
明日は会えるかな…
先輩の言葉を思い出してピンクのリップクリームを塗ってみる。
甘いピーチの香りがした。



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