第12話

こっちのおれはどうやら同性にやたら好かれているようだ。いや、おれも他人のことは言えないが。

にしても顔見合わせて早々キスされるような人生は送ってきた覚えはないからやはりこっちのグレイはかなり人生経験豊富と見た。


って、そんなことしみじみ考えている場合ではないのだ。人生最大のピンチと言っても過言ではない。今まさに大切なものを奪われそうになっているというのに。


グレイはラクサスの乳首への執拗な愛撫によって疼きだした身体を持て余しながら、流されかけていた。

しかしこのまま流されてしまうわけにもいかない。なにより男としてのプライドだってある。

グレイはなんとか呼吸を落ち着ける。

「はっ、はぁ……っ、ぅ…っく…、ラ、クサス…!」

「ああ?」

「ちょっと、話聞けっ」

「後でな」

「んっ、ゃああ…っ」


全く話を聞く気はないようで、ラクサスはわざとらしく水音を立てながらグレイの耳殻を舐めた。

途端に腰に来る感覚にグレイは思わず声をあげてしまう。

「いい声出すじゃねェか」

嬉しそうに言うラクサスにグレイは顔を真っ赤にして非難する。

「や、やめろ…っ!! おれは、あんたが知ってるグレイじゃないんだっつの!」

「ああ? だからなんだよ?」

「へ……?」

何を言っているのだろう、この人は。

グレイは呆けたような面でラクサスを見つめる。

じゃあなにか。別人だと知ったうえでこんな行為をしているというのか。これって強姦っていうんじゃねぇの。

「いやいやいや、ちょっと待て! 落ち着いて話しようぜ」

「……、ったく、うぜぇな…」


ようやく気分が萎えてくれたのか、さきほどまでのがつがつとした雰囲気は消え、今は気だるげな表情でラクサスはじとりとグレイを見ていた。

グレイはほっと胸を撫で下ろすも、この男とグレイとの関係に疑問符を浮かばせずにはいられない。

一体どういう関係なのだ。

「つか、あんた、おれがこっちのグレイじゃないって分かった上で犯そうとしてたのかよ?」


「あ〜、グレイはこんなに貧弱じゃねぇし、傷もねぇからな。すぐに分かった」

けど。

ラクサスはいったん間をおいてグレイをにやにやとした笑みを浮かべた。

「同じ顔して同じ声して、あいつより初心な反応してくれる奴が目の前にいて手ぇ出さずにいられるかよ?」

「な……っ」

この人は生粋のゲイなのだろうか。グレイは顔が青ざめていくのを感じる。別にゲイだということに関してどうこう言うわけではなく、自分が餌食になりそうだったことに今更ながら恐怖感が芽生えてきたのだ。

何にしてもラクサスの言い分は理解しかねる。

頭の中を整理しているとラクサスはそれより、と一つの疑問を呈してきた。

「つーかよぉ、じゃあグレイはどこだよ?」

グレイとは勿論こちらのグレイのことだ。

当然のことだが、ラクサスはこちらのグレイについて気になるようだ。


「…多分、おれと入れ替わって、今はおれのいた世界にいると思う…」

確定要素など皆無に等しいが、もっとも現実的な憶測がこれだ。

グレイの言葉を聞いてラクサスは大仰に溜息を吐いた。

「なーんか、まためんどくせぇことに巻き込まれてるみたいだな…」

「また…って前にもなんかあったのか?」

「…今回とは全然違うみてぇだけど」


ラクサスは面倒くさそうに、しかし、きちんとグレイにもわかるように以前あった出来事について話してくれた。



此処はアースランドという世界で、もう一つの平行世界、つまりパラレルワールドであるエドラスという世界が存在すること。その世界の住人が何人か今まさにこちらにいること。そして以前、その平行世界に妖精の尻尾の何人かが乗り込んだこと。そこにはやはり同じ顔に同じ声に同じ名前の別人がいたことなど。

詳しい内容はやはり面倒だからと省略された。おそらく複雑な事情があるのだろうけど。


とにかく、分かったこととして、おれの居た世界とこの世界のほかにもまだパラレルワールドが存在するということだ。


しかし、それを知ったところで何が変わるというのか。


「ま、そんときと違うのはグレイとグレイが入れ替わっちまったってことだな」

しかも、また別の世界とつながった。

ラクサスは新たに現れた三つ目の世界に興味を惹かれたようだ。そして思案気な顔がすっとあげられ、琥珀色の瞳がグレイを鋭く射抜く。


「別世界へつながる扉なんてそうそうできるわけがねぇ。戻るのは少し難しいかもしれねぇぜ?」

「え……」


背筋が凍るような気がした。


エルザたちの話によれば、入れ替わった時と同じ条件がそろえば元に戻れるはずだ。しかし、目の前のいかつい男の話によれば事はそう簡単ではないようだ。

「考えても見ろ。世界は今俺たちがいるこの世界とお前の元居た世界と、もう一つエドラスがある。これは確実だ。だが」

もうひとつあったら?

いや、もうひとつなんてもんじゃない。もしかしたら同じような平行世界が星の数ほどあるかもしれない。


グレイはラクサスの言っている意味が分からず首を傾げる。


「つまりだ。たとえこっちで同じ条件を揃えられたとしてもだ、お前の世界に行っちまったグレイが同時に同じ条件を揃えられていなかったら、また別の世界と繋がっちまうかもしんねぇ」


ま、ただの憶測でしかないがな。


ラクサスはそう言って大きく欠伸をすると横になって寝る体制に入ってしまった。


「ちょ、ちょっと待てよ! もし、もしそうだとしたらおれは…どうやったら……」


「さあな。俺が知るわけねぇだろ。もういいだろ。この話は明日な」


そんな無責任な。人を不安にしとくだけしといて自分は寝てしまうなんて。


グレイは先ほどのラクサスの言葉に愕然とする。どこかでちゃんと元の世界に戻れるのだと楽観視していたのだろう。

エルザも悲観的な言動は一切見せなかったし、顔は知っている人たちばかりということで安心感も手伝っていたのだろう。


しかし、いざこうやって現実染みたことを言われると、今まであったはずの地面が脆くも崩れ去っていくかのようだった。







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