忘却の彼方 | ナノ


彼と彼女の関係




『さむ…』


あたしは一人玄関の前で呟いた。
ちなみにあたしはマンションに一人暮らし。小学生の時までは孤児院にいたけど、中学に上がると同時に自立をしたのだ。


『ただいまー…』

「おかえり」


……だからただいま、なんて言っても声なんか帰って来るわけがないのだ。え、じゃあ今の声誰よ。


「遅かったねあげは」

『…何でいんの?』

「それはアレだよ。寒かったから」

『理由になってねーし、人んちのコタツでぬくぬくやってる奴のセリフじゃないよねそれ』


勝手にあたしのうちに入って、勝手にあたしのコタツで温まっている奴の名は雲雀恭弥。
オイちょっと待て、それあたしのミカンじゃねーか。


「今日の夕飯は鍋でいいよ」

『残念だったな。今日はオムライスだコノヤロー。つーか帰れ』

「嫌だよ寒い」

『常に屋上で寝てる奴が何言ってんの?帰れ』

「嫌だ」


そう言ったヒバリは体の下半分をコタツに入れて寝転がった。
ホントに帰る気ねーよコイツ。
あたしは諦めて夕飯の準備を始めた。もちろんヒバリの分も作るさ。


『てか、どうやって入ったの?』

「合鍵」

『ちょ、本人の知らない所で何勝手に作ってんの!?』

「一応言ったよ。……心の中で」

『アンタはあたしを超能力者とでも勘違いしてんのかコラ』


心ん中で言ったことをあたしが感じ取れるわけがないだろーが。…コイツさらさら許可取る気なかったな。


「…第一、ここの家賃は僕が払ってるんだから僕がどうしようと君には関係ないよ」

『いや関係大有りなんだけど!あたしのプライバシーどこいった!?』

「そんなもの窓から投げ捨てたよ」

『ふざけんなヒバリテメェ』


確かにここの家賃…いやそれだけじゃなく、あたしの生活費は全額ヒバリが負担している。
しかしそれは不可抗力というものだ。
…そう、こんなことになったのは入学して一カ月がたったある日のこと。はい、回想入りまーす。


***


「紅藤あげは、風紀委員に入りなよ」

『断る』


あたしはその日応接室に呼ばれて、風紀委員に誘われた。
人と群れないことで有名なヒバリがあたしに目を付けた理由は簡単。あたしがヒバリの攻撃を避けたこと、そして…偶然にもあたしの【瞬間記憶】のことをヒバリが知ったからだった。

その後も勧誘を続けるヒバリにあたしは断る、とだけしか言わなかった。
だからか、ヒバリが諦めたようにため息を吐いた。


「…じゃあ、書類整理だけでもやりなよ」

『なんで上から目線?やらないっつてんだろーが』

「じゃあ咬み殺す」

『何でだァァアア!!』


トンファーを取り出した奴に思いっきり叫ぶ。
ダメだコイツ。あたしに断らせる気ねーよ。
そう思ったあたしはヒバリがきっぱりと諦めてくれるようあることを言ったのだ。これが間違いだったと後でわかることなのだけれど。


『…わかったよ』

「本当かい?」

『ただし。あたし今一人暮らしなんだけど、中学生じゃ雇ってくれるところも少ない。家賃を払うので手一杯だ』

「…そうだろうね」

『だから、もしアンタがあたしの生活費を全額出してくれるんだったら書類の整理くらいは手伝ってあげてもいいよ』


もちろん冗談のつもりだった。こう言えばさすがのヒバリも諦めてくれると思ったから。
なのに返ってきたのは予期せぬ言葉。


「いいよ」

『そうだろうね。じゃ、この話はなしで………って、え?』

「だから、いいよ。君の生活費は僕が出そう」

『いやいやいやいや…』

「じゃあ明日の昼休みからここに来なよ」

『え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛!?』


こうしてあたしとヒバリの奇妙な関係が始まったのであった。
ちなみにヒバリの家がここら辺で有名な名家だと知ったのはその三日後。


***



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