「あ、おはよう半兵衛!」
自室から廊下へ出ようとしたら、扉の前に彼女がいた。
「おはよう。・・・どうして君がここに居るんだい?」
僕の問いには答えず、悲しそうに笑う彼女。どうしてそんな風に笑うのだろう。そう考えている一瞬のうちに、いつも通りの笑顔に戻る彼女。
「ねぇ、そんなことより行きたい所があるの!」
「今から行くのかい?」
「うん」
「いってらっしゃ、」
「半兵衛も一緒に行くんだよ?」
「うん?」
彼女はその小さな手で、僕の手を掴んだ。彼女はこんなにも華奢だっただろうか。
「半兵衛と一緒にみたい風景があるの!」





「ここは・・・」
彼女に手を引かれるがままに訪れた場所は、とても馴染み深いところだった。
「半兵衛、小さい頃慶次やお兄ちゃんと、寧々と一緒に5人で遊んだの・・・覚えてる?」
そう言った彼女の表情は、また悲しげに笑っている。
「あぁ。君は本当によく転んでは秀吉におぶってもらって帰っていたね」
「うー、そんな事覚えてなくていいのに・・・!!」
またすぐにいつもの表情に戻ったと思えば子供のように無邪気に笑う。彼女はあたり一帯が枯れ葉なのをいいことに、子供のようにそこに寝転がった。
「・・・半兵衛は、変わったね」
突然どうしたというのだろう。
「しばらく会わないうちに半兵衛は変わっちゃった」
「君は・・・何も変わらない」
「しょうがないよ。だって・・・“生きてない"もん」
「・・・・・・」
「半兵衛、私は・・・邪魔、だったのかな・・・」
彼女の瞳に映っていた雲が、彼女のそれに溜まる涙によって霞む。
「私と寧々ちゃんは・・・半兵衛やお兄ちゃんにとって要らないものだったのかな・・・?」
「っ、違うんだ・・・!」
らしくもなくあらあげてしまった声に、彼女はビクッと反応して僕の方を向いた。その拍子に、彼女の瞳に溜まっていた涙が落ちた。
「秀吉は寧々を愛していた。もちろん、・・・君のことも。それに・・・」 
今の僕に、この先を言うことは許されるのだろうか。大切なものを護って生きていくことを放棄してしまった、弱い僕に。それに、この先の言葉を今、言うことに意味はあるのだろうか。
実体を無くしても、僕のもとへ来てしまう彼女を救うことは出来るのだろうか。もし、救われるのなら・・・。
「僕は・・・君を愛しているよ。小さな頃から、ずっと」
彼女はそっと起き上がり、僕の方に背を向けた。
「だったらどうして・・・私たちを殺したの!?分かんないよ・・・!お兄ちゃんも半兵衛も!!」
彼女にこんな悲痛な叫びをさせてしまった原因は僕と秀吉なのは理解しているつもりだったのに、僕は何を思ったのか彼女の体を抱きしめた。
「・・・許してもらえるなんて思っていない・・・、それでも聞いてほしいんだ。僕たちは君の事を愛していた、大切に思っていた・・・!それは事実だ。だからこそ・・・、君と寧々が居るわけにはいかなかったんだ。僕たちには、弱さに繋がるものがあってはならないんだ・・・!!」
「・・・・・・ってた・・・・・・、っ、・・・知ってた・・・弱い私は、お兄ちゃんと半兵衛にとってただの枷にしかならないことくらい・・・。でもね、せめて聞きたかったの・・・直接、半兵衛の言葉で」
僕の腕の力が少し緩んだ時、彼女はそこからするりと立った。表情は見えない。
「・・聞けて良かった・・・」
彼女の足元の落ち葉が、風で舞い上がる。
「・・・もう、いってしまうのかい?」
彼女は振り向き、昔のようにいたづらっぽい笑顔をみせた。

瞬間、冷たい風が吹いて思わず目を閉じた。その風の中で、消えそうな彼女の声を聞いた。

きみは断ち切れはしない

君は僕にとって、弱みになってしまうほど・・・大切なものだったんだ。



企画「しおりさん」に提出


120712


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