しんらは縁側近くの部屋で寝息を立てていた。ギンコは荷物をまとめ、商売道具である蟲に効く薬などが入った、大きな葛篭を背負った。

「もう行くのか?」

旅立とうとしていたギンコに廉子が声をかける。廉子は昨日の木の下に立っていた。廉子に歩み寄るギンコ。

「すごいな。一面の苔だ」
「あぁ。昨晩、光酒が沁み込んだ一帯だな」

昨日までは木の下にはまばらに草が生えている程度だったが、廉子の言う通り一帯は緑鮮やかな苔の絨毯が現れていた。

「しんらの調査とやらは諦めるのか?」
「そうなぁ…面倒なお目付け役が復活しちまったからなぁ」
「っふふ。調査抜きなら近くに来たとき寄るといい。仕方が無いとは言え、こんな所にしんらも一人では寂しかろう」
「別に、その必要は無いんじゃないか?これからは、いつでもあんたが傍にいるんだから」

そう言うとギンコは屋敷を抜け、ゆっくりとした足取りで旅立っていった。
暫くして目を覚ますしんら。そして、ギンコの姿がないことに気付く。

「あれ?ギンコと雛は?」
「もう行ったぞ」
「なんだよ。挨拶も無しに…」
「こっちも大した礼もしてないし、悪かったな」
「…ん?…いや、でも…」

しんらは辺りを見渡した。そこには昨晩まであったある物が無くなっていた。

「緑の杯が無いけどね」

山道で懐より緑の杯を取り出し笑うギンコ。それが報酬だと言わんばかりの笑みだった。その顔を見て雛は手を引かれながら後ろを振り返った。その顔はまだ無表情を示していて、ギンコにはよく分からなかった。
それ以後、神の左手を持つ少年についての新しい噂は、ふっつりと途切れた。


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