「どうぞ」

ギンコの持つお猪口にしんらが徳利から酒を注ぐ。
あれから日も落ち、辺りは真っ暗だ。
しんらはいつもここで一人で自分のつけた果実酒を飲んでいるらしい。
しんらは雛さんにもどうですか、と言うとギンコが代わりにお酌を受け、それを雛に渡した。

「こんな人気のない所に一人で住んでんのか?」
「四年前にばあちゃんが死んでからは。ばあちゃんがこの家を出てはいけないと言ったから」
『…甘い』
「零すなよ」

雛に注意しながら頭の中でしんらの言葉を聞きながら考える。
おばあさんと言うのはなかなか賢明な人だったらしい。
確かに、もししんらが里に住み、人前で何かを生み出したりなんかしてしまえばこんなふうには平凡に生かしてはもらえないだろう。

「ばあさんってのはなかなか賢明な人だったみたいだな」
「……うん。いつも僕のこと考えてくれてた。……だけど」
「?」
「これ……見てくれる?」

紙の束を受け取り、描かれているものを拝見する。

「お前が描いたのか」
「うん」

そこには様々な形をした、蟲が描かれていた。

「一人になると時々そういうのがどこからか出てくるんだ。いつも一体何なのだろうと思ってた。僕はそれらを見るのが楽しくて、写生してはばあちゃんに見せてた。けど、」

おばあさんが言ったのは、こんなものは幻だと言う言葉で、しんらが持つ力の所為だと言ったらしい。そして、最後には哀れな子だと。

「そう言うばかりで僕の見ているもののことを……亡くなるまで信じてはくれなかった。だから、僕自身ですら本当は自分はどこかおかしいのかと時々思った。ばあちゃんと僕はそこだけはわかりあえなかった」

ギンコは隣に座る雛に紙の束を渡すと、雛はペラペラとめくりながらその写生を見る。
少しの間があってから、ギンコが話し出した。

「それはこれらが皆、"蟲"だからだ」
「蟲?」
「ああ。昆蟲や爬蟲類とは一線を引く"蟲"だ。大雑把に言うとこうだ」

そう言うとギンコは自分の左腕を使い説明をしだす。

「この手のこっちの四本が動物で、親指が植物を示す。するとヒトはここ。心臓からいちばん遠い中指の先端にいるってことになるだろ。手の内側にいく程下等な生物になっていく。辿っていくと手首あたりで血管がひとつになってるだろ」
「……うん」
「ここらにいるのが菌類や微生物だ。この辺りまで遡ると植物と動物との区別をつけるのは難しくなってくる。けど、まだまだその先にいるモノ達がある。腕を遡り、肩も通り過ぎる。そしておそらく……」

右手の親指で自分の心臓をとんとん、と突く。

「ここらへんにいるモノ達を"蟲"あるいは"みどりもの"と呼ぶ。生命の原生体に近いもの達だ。そのものに近いだけあって、それらは形や存在があいまいで、それらが見える性質とそうでない者に分かれてくる」
「うん、透けてるのもいる。幽霊みたいに。障子やふすまも通りぬける」
「いわゆる幽霊ってやつの中にも正体は蟲だというものもある。ヒトに擬態できるモノもいるからな。こいつは、身体の中に蟲が入ってるんだ」

ふと、無表情の雛が、少し寂しそうな表情にしたようにギンコには見えた。

「……お前のばあさんにはそれらが見えなかったんだろう……。そういう五感で感知しにくいものを感じると時補っているものを"妖質"という。それは多少の差こそあれ誰もが持つ。無い者はいない。ただ、普段必ずしも必要な能力ではないため、眠らせていることが多いし、何かのちょっとしたきっかけでその感覚を操れるようになったり逆に忘れたりする。感覚を分かち合うのは難しい。相手の触れたことのない手ざわりを、相手にそのまま伝えることはできないように、見たことのない者とその世界を分かち合うのは難しいさ」

しんらは視線を落とし、畳を見つめた。


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