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帝が食べ終わったのを見計らって、そろそろ戻りましょうと立ち上がった。
彼女は心無しか残念そうな顔をしたが、異論は唱えず店を出た。
「何か買いたいものはありませんか」
「いいえ。見て回れただけで十分です」
広間で馬車を拾い、宮城まで向かう。
帝はずっと外の景色を見たままで一言も喋らなかったが、城が見えた頃、静かに口を開いた。
「連れ出してくれて有難うございました。とても楽しかったです」
いえ、と短く返事をした俺に、彼女は薄く笑う。
「大丈夫。私が出たがったことにするから」
「とんでもございません。自分でしたことの責任は取りますよ」
「いいえ。お願いだから、そうさせて。貴方に何かあってはどうしようもないもの」
帝は困ったように眉を下げる。
何と言っていいものかわからず、俺は返事をしなかった。
今更少し距離を置いていたって、築いた信頼は簡単に崩れるほど脆くない。
たった一年。
されど一年。
最も人の手を必要としていたときに、必要とされる誰かになれた。
それも、もう少しの間の話かもしれないけれど。
「陛下、これを」
俺は、先程買ったお守りを取り出した。
帝に差し出すと、彼女は驚いたように目を見開く。
「これ……」
「無事に戻れそうなので、あとは陛下がお持ち下さい。陛下の代が末永く続きますよう」
真朱の紐を掌にのせる。
延命長寿の菊結び。
帝は俺の顔とお守りを見比べた後、大事そうにそれを手の中に納めて頭を下げた。
「有難うございます」
嬉しそうに噛みしめられた唇と、上気した頬に、胸が締めつけられる思いがする。
このまま帰りたくない、などと思ってしまった俺を戒めるように、馬が足を止め、御者から声が掛かったのだった。
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