小説 | ナノ

猫のきみ 5




リオ
サクラ


こちらの続編となっております。





 サクラが、俺を避ける。
 何かを怒っている風ではないけれど、目が合うとふいっと逸らし、進行方向に俺がいるとすいと避けて行く。それでも眠るときは一緒の布団だったり、今のように昼寝をするときは相変わらず俺の仕事部屋の縁側だったり、完全に無視ではなくあくまで「避ける」感じに過ぎない。寝ているときはおとなしく撫でられてくれるが……。

 知り合いから来た手紙へ返事を書き、封筒に収めて隣を見ると丸まりぴすぴす寝ている黒い仔猫。毛並みが艶々光っていて、尻尾がときおりぴくりと動いたり鼻が動いたり。可愛らしい。
 サクラがヒト型にならなくなったのは、あの商店街へ行った日からだ。あれから二か月、一度もヒトの姿を見ていない。猫の姿も愛らしいのだけれど、たどたどしく話す声にも癒される。どちらも大切なサクラの姿で、どちらかを見られないのは少々寂しい。

 封筒を糊付けし封をして、住所を確認した後立ち上がった。土間に足を下ろして下駄を履く。するとサクラがにゃあと鳴いてやってきた。潤んだ瞳で見上げてくる。


「すぐそこのポストにこれを出しに行くだけだ」


 首を横に振る。
 一緒に行きたいのか、と尋ねても首を横に振る。玄関へ足を向けると足元に下りてきて、着物の端を小さな口へ銜えた。そんなことをするのは初めてだ。足を止めると前に回り、足の甲に頭を擦り寄せてくる。
 しゃがみ、頭を撫でると腕に飛び乗ってきてピンクの舌で頬を舐めてきた。


「……サクラ、最近俺のこと、避けてただろう。嫌いになったのかと思った」


 ふる、と軽く首を横に振る。何かを言うように口を開きかけ、腕の中でヒト型になった。その変遷は瞬きをする間程度のもの。


「きらいじゃ、ない」


 くりくりの潤んだ猫目、黒い髪を頬に擦り付け、抱きしめてくれる。素肌が温かくて、腕を回すとその細さに落ち着いた。


「きらいになるはずない。ぼく、リオがいないと嫌だから」
「そうか。良かった」


 強張っていた心が解れる。しかし、ならば、なぜサクラは俺を避けていたのだろう。
 とりあえず部屋へ戻り、服を着せた。暖かくなったとはいえ、午後は気温が少し下がるし風が冷たい。基本どこも開け放してある家は日が傾けば寒いのだ。
 膝の上に座ってきたサクラを後ろから抱きしめる。顎に触れるふわふわの黒髪が心地いい。


「サクラ、どうして俺を避けていたんだ」
「わかんないけど、リオが」
「俺が、何かしたか」
「……リオが、かっこいい、から」
「うん?」
「リオが商店街で、ぼくにちゅってした。それからぼく、リオを見るとどきどきして落ち着かなくて、撫でられたらふわふわして変になるから傍にいないようにしたんだ」


 商店街でちゅっとした――考えてみれば、確かに猫のサクラが可愛くてキスをしたかもしれない。それをずっと考えて、恥ずかしくて向かい合えずに避けていたのだろうか。
 そう考えると更に愛らしく思えた。悲しい気持ちでそっぽを向くサクラを見ていたが、今の気持ちで思い出すとどれも胸をときめかせる仕草となる。


「されて、嫌だったか、俺に」
「ううん、嫌じゃないよ。なんか、ふわって気持ちよかった」


 頬を真っ赤にして俯きがちに言う。その様子を横から覗き見ると両手で顔を覆った。見ないで欲しいとでも言うかのよう。
 心が甘くなるのを感じた。サクラはいつも俺をこういう気持ちにさせる。チョコレートよりも果物に近いような甘さ。後ろから頬と頬をくっつけるようにして抱きしめると、嬉しそうに笑った。


「サクラ」
「なに?」
「可愛い」


 困ったような顔をするサクラの髪をくしゃくしゃ撫で、置き去りだった手紙を出しに行ったのは日が暮れてから。それまで飽きずに抱きしめ撫でて髪に顔を埋め、耐えかねて猫の姿になって高い場所の梁へ逃げてしまうまで「可愛い」と囁き続けた。





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