小説 | ナノ

猫のきみ 4


 

サクラ
リオ





 少し前に降った雪が溶けてきた頃、猫のサクラを懐に入れて散歩をした。
 袷から顔を出し、にゃあにゃあと鳴いて不満そうだったが、足元が泥水で汚れるのはあまり喜ばしくない。狭い額を撫でて宥めながら、ゆっくり歩く。
 空気が少し変わった。
 冬の乾燥したものから、潤みのある春のものへ。かすかに、しかし確実に天気は動いている。


「もうすぐお前の時期だな、サクラ」


 名前の通りの桜が咲き誇る季節がやってくる。その時期はこの通りもなかなかの眺めだから、一緒に来たい。そのときはきちんと外に出してやるつもりだ。
 真ん丸の可愛い目でにゃあ、と答えたサクラ。すりすり、俺の胸へと擦り寄ってきた。まるで考えていることが伝わったようだ。

 そのままからから下駄を鳴らしてしばらく歩き、思いついて商店街を回って帰った。
 懐のサクラを皆可愛いと言い、撫でようと手を伸ばしてくる。しかしそれを嫌ってもぞりと丸くなってしまう。恥ずかしがりなのね、と笑われたが、単に怖いのだろう。後半はもう顔さえ出さなかった。


「サクラ、さつま揚げ食べるか」


 ベンチに座って声をかけるとひょこんと顔を覗かせた。
 ヒトの姿のときも猫の姿のときも好みは変わらない。サクラはねぎも玉ねぎもなんでも平気だ。練り物屋で買ったさつま揚げをちぎって口元にもっていくと、嬉しそうにはぐはぐ食べる。それを眺めながら謝った。


「人が嫌だっただろう。お前が可愛いからつい連れてきてしまった。反省している」


 サクラはもともと人間から酷い扱いを受けてきた獣人だ。俺には慣れて可愛い顔を見せてくれるが、外の人にはそうではないことをすっかり失念していた。さぞ怖かっただろう。
 思いながら身体を出してやり、腕に抱いてゆっくり撫でる。黒いツヤツヤの毛並みが優しい。


「すまなかった」


 俺の謝罪に、にゃ、と鳴き、手に擦り寄ってきてくれる。その感触にホッとしながら顔の前まで持ち上げ、ちゅ、と口付け。
 なんとなくしたくなってしまったからだったが、サクラはびっくりまなこでまるで人形のように固まってしまった。
 いったいどうしたのだろう。
 首を傾げながら腕に抱き、買い物をした袋を左手に持って帰路を辿った。
 





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