小説 | ナノ

青年ひとりとオス三頭 6


咲々(ささ)
芳樹(よしき)
清孝(きよたか)
晴万(はるま)


咲々との出会いの話





 物心ついたときから、国立の研究所にいた。周りは同じように捨てられた獣人の子どもばかり。気が合うのもいれば合わないのもいたように思う。ずっと虎の姿でいて、人にならないでいた。そのままが楽だったし、人の姿になると小さいほうだったから、意地の悪いのにいじめられると思った。野生の勘というやつだ。

 気が合ったのは、同じ年の蛇の獣人。片方は小さくて細い蛇、片方は大きくて乱暴な蛇。全然違う性格なのに一緒にいたふたり(にひき?)と俺はずっと一緒だった。けれど、五歳ほどになったある日、小さな蛇が狼の獣人にいじめられていた。大きな蛇がいないときを狙って、狼が蛇を追いかけ回していた。それを見て、なぜだろう、なんだかとても嫌な気分になった。五歳のときにはもうけっこう大きな身体になっていたので、遊びで追い掛けている狼には簡単に追いつくことができた。すぐ傍で見た狼。本能でその喉笛に喰らいついた。

 そうして俺は血の味を知った。
 研究所では俺を処分しなければならない、という話をしていた。人に危害を加えるような獣人は生かしておけない、と、ヒトである研究者たちが決める。俺に親身になってくれていた研究員はそのとき研修で外国にいて、俺はこのままでは本当に処分されてしまう、と、大雨の日に、逃げ出した。

 研究所の周りは深い深い森。一度そこに入ってしまえば、逃げることは容易だと思った。そして予想通り。身体が枝に傷ついても、ただ走った。命を失うのが怖かった。よくわからないけれど、誰かに会わなければと思っていた。待ってる、絶対に。そんな思いにかられて、急かされるように。

 研究所から出たことなど無かったから走るだけ走って、森を抜けてよくわからない場所に迷い込んだ。そのときの俺は知らなかったけれど、それが初めて見るヒトが住む町だったらしい。なるべくヒトがいない場所を歩いていたのに、やっぱり見つかってしまう。お腹もすいていた俺は、欲望のままに、それを食べた。相手がどんなヒトか、想像することもなく。
 やがて手を差し伸べてくれるヒトもいたけれど、どれも俺を見せものにするか適当に飼ってみて飽きたら捨てるの繰り返し。ヒトの姿になると、たぶんそういう趣味のヒトが拾ってくれた。捨てられることを察知すると憎くてたまらなくなって、俺を捨てたヒトたちはほとんどみんな食べた。ヒトを食べると幸せになる。けれど、血が穢れる。血が穢れると、体調が悪くなる。そのときの俺はその仕組みを知らなかった。

 おかしい、と思ったときには遅かった。
 ヒトを食べるようになってから五年ほど経っていて、俺はゆっくりゆっくり体調を悪化させていった。少しずつ死んでいく身体が怖かった。嫌なにおいのする路地を歩いて、適当にある物を食べて、ゴミと一緒に寝る。寂しい、怖い、苦しい。目がかすむ。耳が音を拾わなくなる。匂いを感じなくなって、やがて歩くこともできなくなった。
 ヒトは俺を拾って適当に扱うから嫌い。でも、誰かに傍にいてほしい。
 でも誰が一緒にいてくれるんだろう? 研究所に行っても殺される。ヒトの傍にいても悲しいことばっかり。だったらこのまま死んでしまった方が楽なのかな。

 誰かが待ってる気がして研究所を抜けだして生きてきたけど、違ったのかな。


「おい、死んでんのか」


 うっすらそんな声がした。けれど俺は寝そべったまま動くことができなくて、声を出すことも何もできなかった。


「……お前、獣人だろ。相当数のヒト、喰ったな? 無知ってのは怖いもんだ。無知はそうやってじわじわ命を奪う。誰かのせいにできることもなく、な」


 顔に当たる雨が冷たかった。研究所を脱走したあの日みたいに大粒の雨。直接肌に当たる感触から、いつの間にかヒトになったことがわかる。手も足も動かない。でも、鼻に感じた甘い匂いがあった。獣型でもないのに。今まで一度も感じたことのないいい匂い。それに包まれたらきっと幸せになれる、と思うような。
 会いたい
 口から零れたのは、声にならない声。自分でも何かわからないようなものだったのに、


「そうか」


 と聞こえた。


 温かい。
 いい匂い。優しくて、穏やかな撫で方。その感触がだんだんはっきりと感じられるようになり、どこか奥底から湧き上がる柔らかい気持ちは息をしにくくして、でも辛くない。もっと、もっとして、と、日に日にその思いが強くなる。


「もっと」


 自分の声に驚いて目を開ける。
 すると「清孝さん、目が覚めたよー!」と大きな声がした。思わずびくっと肩を震わせる。


「ああ、ごめん。びっくりした?」


 全体的に黒く短い髪、眉毛は凛々しく、よく見えていそうなくりくりした目。細いわけではないけれどなんとなく頼りなくも見えるような身体を白いシャツと黒いズボンに包んでいた。それが制服なのだと、今は解る。
 俺が寝かされていた部屋の扉から声を掛けたその人は、布団のすぐ近くに座った。


「おはよう。俺は芳樹っていうんだけど、きみの名前は何ていうの」
「……よしき……」
「うん」


 名前を言うより先に、俺はその人にぎゅってしてほしかった。いい匂い、いい声、きれいなヒト。直感でヒトだとわかる。このヒトもまた俺を捨てるかもしれない。でも、自分からしたこともないのに、縋りつきたくてたまらなかった。


「どうしたの。どこか痛い?」


 首を横に振りながら涙がこぼれる。身体が重たいのも、身体が気持ちが悪いのもきれいさっぱりなくなっていた。このヒトのおかげだと、なんとなくわかった。


「……よしき」


 立ち上がり、両手を伸ばしてぎゅうっと抱きつく。やっぱりいい匂い。ぺろぺろ、襟から覗く皮膚を舐めると甘い甘い味がした。おいしい。なによりもきっとおいしい。それに身体が心地よくなる。


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