小説 | ナノ

 青年とオス 6-2


「小僧テメェ、オレの番に何してやがる」


 首根っこを掴まれ、ひょいとどかされた。見上げるとそこにあったのはいかつい顔。怖い顔で、しかも強いオスの匂いをぷんぷんさせている。怖くて、思わず尻尾と耳が出た。じたばたもがいても離してもらえない。し、その男がぐるぐると喉を鳴らして歯を剥き出しにして威嚇してきて、そんな経験が無かった俺はすっかりびびってさきほどよりも激しく泣いた。


「清孝さん、やめて。かわいそう」
「……」


 ぽいと布団に放り投げられた俺を、よしきは優しく抱きしめてくれた。やっぱりいい匂いにとろんとなる。手を持ち上げてあぐあぐ。
 顔の怖いお兄さんはよしきの傍らに座って俺をがるがる。匂いがつくのも嫌なようだ。


「……よしき、いい匂い。甘くて、おいしい……落ち着く」


 首の辺りをすんすんすると、おい、と低い声。


「どうしたの清孝さん」
「……小僧お前、芳樹から甘い匂い、すんのか」
「……」
「答えろオラ。放り出すぞボロ小僧」
「清孝さん、怖い」
「……答えろ。大切なことだ」
「……うん。甘くて、花みたいな、お菓子みたいな匂い。ふにゃぁん、ってなる……あとぺろぺろすると、ちょっとげんきになる」
「……そうか」


 難しい顔をしたお兄さん。どうしたの、とよしきが聞く。俺は何か変なことを言ってしまったのだろうか。不安になって、よしきにますますぎゅっとする。出ている獣の耳を撫でたり、掻いたりしてくれる指が優しい。やっぱりふにゃんってしてしまう。


「……この虎の小僧、多分オレと同じだ」
「どういうこと?」
「ヨシが番だ、多分。そうだと思えば、死にかけてたところから三日でここまで回復したのも納得できらァな。ヨシ、お前がいたからに違いねぇ」
「……でも、番って、体液? 摂らないといけないんじゃ」
「この歳の子どもなら、番が傍にいるだけで体内が活性化される。体液が要るのはもうちょいでかくなったあとだ」
「そうなんだ」
「ああ」
「そっか。こんなに可愛い子だったら番でもいいかも」
「……どういう意味だ、それ」
「ううん」


 よしきが俺を見る。


「君は、帰る場所がある?」
「ううん、ない」
「……一緒に暮らす?」
「……でも」
「大丈夫、清孝さんがなんとかしてくれるから」
「おい、オレが養うのは番だけだって言ったろ」
「この子も番だよ。俺を介して、清孝さんと」
「……」
「俺も頑張って稼ぐから」
「いや、ヨシは大学に真面目に通って授業料分勉強しろ……っ……小僧がもう少しでかくなったら、身体で稼いで返してもらう。そいつは上玉だからな」
「……その言い方、あやしい」


 ――明るくていつも優しい芳樹と、ひたすらに怖いけどたまぁに優しい清孝、それからすぐにやってきた料理上手できれいな晴万。暮らし始めて最初の頃は怖い夢を見たり不安になったりして飛び起きては、芳樹にぎゅってされて、ときには泣いたり、叫んだり。たまに晴万もぎゅってしてくれて、清孝は俺が獣型のときに限りぺろぺろ毛を舐めてくれた。

 寝るとき、今でも晴万はヒト型であることが多く、清孝は獣型のことが多い。俺は、冷え症の芳樹のために足元を温める意味で獣型、それがいらないときはヒト型、体調が悪い時は獣型と変えている。

 身体がどんどん大きくなって芳樹を追い抜いても、清孝には敵わない。獣人としての必要な知識を教えてくれたり、殺さないでいられる甘噛みの方法を教えてくれたり。清孝は俺より何もかも上のオス。晴万は穏やかで料理が上手で、静かに芳樹に構われるのを待てる。俺には出来ないことばかり。

 でも、俺は知ってる。芳樹がよしよししてぎゅってしてくれる数は俺が一番多いってこと。

 今日も虎の姿でごろごろ擦りついたら、芳樹は着替える手を止めて撫でてくれた。あとで、とは言わないですぐ撫でてくれる芳樹が好き。


「咲々、今日も学校、楽しかったか」


 こくりと頷く。通わせてもらって、今は高校二年生。もうすぐ芳樹が俺を拾ってくれた年齢に追いつく。俺はあんな風に優しくなれそうにはない。でも、芳樹を守れる程度には強いつもり。
 血が穢れても、禁忌でも、もし必要なら俺はきっとまた人を喰らうだろう。そして素知らぬ顔で芳樹に擦りつき、体液をねだって癒してもらう。それでいいって、清孝が言った。


「咲々は幾つになってもかわいいなー。大好き」


 くるる、喉を鳴らして頬を舐める。俺も、愛してるよ、芳樹。





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