こんにちは生徒会

 それは普段通りの放課後のことだった。
 ホームルームを終え部活に勤しむ生徒で賑わう廊下を、平凡極まりない様子で歩いて行く男が一人。今回のお話の主人公、ブルースである。青い髪が特徴的な彼はその髪色以外に特徴がないのが悩みだとか。でもまあそんな平凡な人生も悪かない、とちょっとだけ達観したような考えを持ちながら、彼は一人生徒昇降口へと向かっていく。これから自分の身に起きることなど知る由もなく。
「今日は豚肉3割引きですよお姉さん!」
 ブルースの前方から、彼に負けず劣らず派手な金髪の男が登場した。スキップしながら苦学生以外あまり必要のなさそうな台詞を実に楽しそうに吹聴している。もちろん周囲の生徒たちも不審そうに彼を見ている。
 ブルースは直感的に思った。危ない人だ。故に彼の以後の行動は全くもって不思議なことではなかった。すなわち対象から目を逸らして廊下の端に寄ったのである。しかし事態は、ブルース青年の思うようにはもちろん進まない。
「お? その青い頭はブルースとかいう一般生徒だな?」
 金髪男からのまさかのご指名である。他の生徒も一斉にブルースを見る。面倒ごとは誰だって嫌いだ。ブルースはほぼ反射的に、「いや、人違いです」という台詞を口走ろうとした。実際にはどうだったかというと、
「いや、人違ゲフゥ?!」
 飛んだ。人が空を舞う様子は、過去に人類が夢想してきたどのような飛翔よりも無様であった。ズサアアアと埃を浮かせながら廊下をスライディングしていくブルース。もちろん他の生徒はズササササと飛びのいて通り道を作る。そう、面倒ごとは誰だって嫌いだ。
「無様だな一般生徒ブルース、いや、貴様は今この瞬間から単なる生徒Aに格下げだ!」
 ブルースの鳩尾をピンポイントで、しかもその体が宙を舞うほどブン殴った金髪の男はそう言って高らかに笑った。薄れゆく意識の中ブルースはある記憶が思い起こされるのに気が付いた。それは生徒会長に当選した者が行う演説の集会の光景だった。ド派手な金髪をひとくくりにした男がマイクを握り締めてこう言ったのだ。
『今日から俺がこの学校のルールブックというわけだ! 覚悟しろ愚民ども!』


***


「ちょっと! なんでよりによってコイツ連れてくるのよ!」
 女性のキンキンとした絶叫によりブルースは意識を回復した。気絶した瞬間とまったく同程度で、鳩尾に痛みが走っている。感覚的には、ブルースは床に転がされているようだった。うっすらと目を開けると、机に手をバアンと手を叩きつけた真っ赤な髪の女性の非常に短いスカートから伸びる、ほっそりとした脚が見えた。どうしてもそこに目が吸い寄せられるのはどうしようもない男の性だ。どうやら先ほどの絶叫は、この真っ赤な髪の女性が発したものらしい。
「他にも適当なのがいっぱいいたでしょ?! どうしてコイツなのよ!」
 鼓膜が破れるかというほどの音量、地獄の閻魔も逃げ出すド迫力。後方にいるブルースでさえ縮こまりたくなる様相だ。女性は尚も鬼のような剣幕で何事かまくし立てている。しかし突然それを遮るように、

「シャラーップ!」

 よく通る美声。真っ赤な髪の女性がびくんと飛び上がる。ブルースにとっては、あまり思い出したくない声だった。無論、ブルースの鳩尾を力一杯殴りつけた、あの金髪男の声である。女性に隠れて見えないが、恐らく机の向こうにいるのだろう。ちっちっち、と、とうの昔に使い古されているだろう動作を連想させる声が聞こえた。
「ナンセンスだな、マゼンダ」
「な、何がよっ」
「生徒Aの髪色、あれは、俺の生徒会のアピールに打ってつけだ」
「そ、それは……そうかもしれないけど……」
「異論は認めん!」
 ピシャリ一蹴。マゼンダと呼ばれた真っ赤な髪の女性はしゅんとして引き下がった。それによって、開放的な大きな窓から差し込む陽光を後光代わりに、どこかの社長が座っていそうな大きな椅子に腰かけた金髪の男の姿が見えた。
「おや、目が覚めたか生徒A」
 男が不遜な笑みを口元に浮かべる。さっきはよくもだとか、ああ名前の頭文字さえとってもらえないのかだとか、言いたいことは諸々あった。ブルースはそれらをぐっと堪え、ようやく体を起こして、ただ一言を発した。
「あの、ここ、どこですか?」
「よくぞ聞いてくれた!」
 ダンと音を立て、男が立ち上がった。彼の金髪は赤みを帯び始めた陽光に当てられ、きらきらと神々しい輝きを放っている。
「ここは我が学園の生徒会本部、そして俺こそが、この学園の支配者たる生徒会長、ブロント様だ!」

 何だか無茶苦茶なことを言っている気がする。

 ブルースはぼんやりとした頭で漠然とそんなことを考えた。しかしブルースが何か言う前に、両脇からの発言。
「で、私が生徒会長の補佐役、副会長のマゼンダよ」
「お初にお目にかかります、生徒会書記のテミです」
 ブロントの机の右斜め手前に配置された机に寄りかかり、不貞腐れたようなつんけんとした声を発している、燃えるように真っ赤な髪をした釣り目の少女がマゼンダ。左斜め手前に配置された机の奥で椅子に座っている、柔和そうな顔立ちの、蜂蜜色の髪の少女がテミである。ブルースは首を巡らせて二人の顔を見た。性質は随分と違えど、どちらも申し分のない美少女である。
 そこまできて、ブルースははて、と思った。マゼンダという名前、どこかで聞きたことがあるような。しかしそんなことをじっくりと思考する暇もないまま、ブロントの声が響き渡った。
「さて、自己紹介も終わったところで、生徒A、今回貴様が連れてこられた訳を説明しよう」
 ブルースははあ、と曖昧に返事をする。貴様呼ばわりには、あえてつっこまないでおこう。
「貴様には、生徒会執行員という役割に就いてもらいたい。まあ要するに、生徒会での決定事項を実際に施行する役割だ」
 何となくカッコ良さそうな職だ。ブルースはほんの少し、自分の未来に希望を見た。しかしそれも所詮はただの希望的観測にすぎないのである。ブロントがあごをしゃくって、マゼンダの机の横のスペースを指し示す。
「とにもかくにも、貴様の席はそこだ」
「みかん箱?!」
 そこにあったのはまさしくみかん箱だった。伏せられたみかん箱の上に、紙製の貧相な「執行員」のプレートがちょこんと乗っている。木製の、つやつやとした光沢のある立派な机の群れの中にただ一つだけ、みかん箱。シュールだ。
「何か文句でもあるわけ?」
 右側からドスのきいた声がかかり、ブルースは小さくなっていいえ、と答えた。
 こうして、彼は生徒会の執行員として働くことになったのだった。

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