まぼろし





もう杏絵が帰ってしまってから随分と経ったように感じたが、実際はそんなに時間は経ったいなかった。あいつといる時間はいつも早かったのに今はこんなにも遅く感じる。俺はあいつに出会う前こんなふうに時間の流れを感じてただろうか?
いや、あいつが変えたんだ。
2人でいることの楽しさを、温もりを、嬉しさを知ってしまった。だから独りはこんなにもひどく寂しいんだ。



「…なぁ、小五郎」

「どうしたんだい、晋作」

「杏絵に…会いてぇな…」

「…!」



あいつが帰ってからずっと床に臥せている。

天井を見つめたまま言っても仕方がない望みを小五郎に言ってみたが、杏絵は戻って来ない。小五郎は黙ってしまった。



ゆっくり瞼を閉じると瞼の裏で杏絵に会える



「…杏絵」



名前を呼ぶと嬉しそうに振り返るあいつにおいでおいでをして腕の中に捕まえる。もう離れないように。

髪に

指に

まつ毛に

そして唇に触れる

お前はどんな反応をするだろうか。顔を真っ赤にする?嬉しそうに笑う?それとも頬を膨らまして怒るだろうか。
いずれにせよ、俺はその後お前の唇に俺の唇を重ねるだろう、何度も何度も。

杏絵、好きだ。

世界中の奴らにこいつは俺のもんだ、俺の女なんだって自慢してやりたいくらい好きだ。なぁ、お前は俺の女だろ?



瞼を開くとそこには見慣れた天井しかなかった。俺の腕は杏絵を抱きしめられるわけもなく空中にただあるだけだった



「…はっ、ははっ」



そうだ、もうお前は俺がいない時代を生きてるんだ。
杏絵を掴めなかったこの弱々しい手で自分の顔を覆う。



「…晋作」



ああ、小五郎。
俺なら大丈夫、大丈夫なんだ。それは自分にずっと言い聞かせていた言葉だった。本当はちっとも大丈夫じゃないけど、元気な俺でいないとあいつがまた無茶をするだろう?



「…小五郎」

「うん」

「俺は寝るぞっ!」



吃驚した小五郎の顔を見てふふん、と俺は笑って布団をかぶった



「おやすみ、晋作」

「…あぁ」



俺は今日もあいつの幻を抱いて寝る。きっと明日も明後日も。そんな日々もいつまで続くだろうか。だけどあいつがいない世界なら、いつ別れが来ても寂しくない。もう思い残す事はない。ただこの日本の行く末をもう少し見ていたかった。これから、これからが大切だったんだ。

小五郎が襖を閉める音がした

なぁ、杏絵。
今日はすごく眠いんだ。良い夢が見れそうだ。幸せな杏絵の夢が。



まぼろし
(お前を待っている、夢の中で)


2010.12.20
ラベンダー(あなたを待ってる)




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