4月の香り、君の笑顔





※死ネタ気味・シリアス?
 4/30までフリー






淡くて優しい白が溶けて、温かく可愛らしい桃色が咲き始める。

またこの季節がやってきた。

風が桃色の香りを運ぶ。彼の好きだった香り、あたしが彼を思い出す香り。その香りに誘われて1本の桜の木の元に来た。



あれはもう何年も前の事だった。いつの間にかおばあちゃんになってしまったあたしが、今よりもずっとずっと若かった頃。

残された時間が短い彼とずっと一緒にいると決め、約束したあの日。


もう自分で歩く事も出来なくなってしまった彼と馬に跨り、2人で満開の桜を見に来た。

これが2人で見る最後の桜

きっと言葉にしなくても2人とも分かっていたと思う。どちらともなく手を繋ぎ、どちらともなく口付け、どちらともなく抱き合った…。



彼との事を思い出しながら歩く街は、あの時からは想像できない程進歩していて、あたしが知っている物も随分と増えてきた。

1組の男女が通る

男の人のオレンジ色の服を見て、また彼を思い起こさせる…。彼はあたしと居て幸せだったかな、あたしは彼の前で上手く笑えていたかな…。もっと伝えたい事があったのに…。


そっと瞼の裏であの日の事を思い出す。



『死ぬ前にお前と桜が見られて良かった』

『…。』

『俺が死んでも幸せになれ…』

『…っ』

『約束だ…』



小指を絡める彼
ただ涙を流すあたし

どうしてあたし達は一緒に居られないんだろう。哀しげに微笑んだ彼はあたしを胸に押し付け、好きなだけ泣け、と言った。…なんて残酷な現実。神様は意地悪だ。



『俺の事を忘れても良い。他の男と一緒になっても良い。俺はどんな杏絵でも愛している。……だけど、この季節になったら、桜の花を見たら俺の事を思い出して欲しい。お前はゆっくりで良い。時が来たら俺様が迎えに来てやるから…』



彼はいつもの笑顔でそう言った。あたしは泣く事しか出来なかった。それが彼の最後の言葉だった。

あたしはあの日から一度も彼を忘れた事はなかったし、彼以外の人と一緒になることもなかった。あたしは彼に誓ったからだ、ずっと一緒に居ると。



桜の木の近くにある長椅子に腰を落とす。あの日もこの長椅子に2人で寄り添って座っていたのが、まるで昨日の事のように鮮やかに思い出される。花びらが1枚ひらりと落ちてきた。



「…晋作さん、見てる?今年も満開だよ…」



桜を見上げそっと話しかける。風が吹いて花びらが舞う。視界がピンクに染まったその時だった



「…ああ、綺麗だ」



ひどく懐かしい声。間違えるはずがない、この声。振り向くとあの時と同じ舞い散る桜に包まれた彼が変わらぬ笑顔で立っていた。

ずっと会いたかった彼が



「しん、さくさ…ん?」

「なんて顔してんだ」



困ったように笑ってあたしの頬を伝う涙を拭う彼。あたしの頬にあったはずの皺はなくなり、彼と出会った頃の姿に戻っていた。あの頃に戻ったようだった。

彼はそっとあたしを抱きしめた



「待たせて悪かったな…」

「うん…」

「約束、守ってくれたんだな…」

「うん…」

「杏絵を迎えに来た」

「うん…っ!」



ああ、きっとあたしはずっとこの時を待っていたんだ。彼がいない世界を受け入れたくなくて、彼の傍に逝きたくて…。



「晋作さん、もうずっと一緒にいられるよね?」

「ああ、ずっと一緒だ」



久しぶりに見る彼の笑顔をもっと見たいのに、涙が溢れて止まらない。彼がそっとあたしを抱きしめるとふわりと体が軽くなった。足下にはさっきまで座っていた長椅子に桜を見上げたまま幸せそうに微笑んだおばあちゃんが頬を濡らしていた。

遠くで医者を呼ぶ声がしていたけど、あのおばあちゃんが助からない事は分かっていた。



「杏絵、行こう…」



彼がしっかりとあたしの手を握る。その手を握り返し、あたしは未知の世界へと飛び立っていった。

大丈夫、もう何も怖くない




4月の香り、君の笑顔
(其処はどんな所だろう)



2011.04.15
セイヨウスモモ(誠実な一生)






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