聞こえてきた声に、思わず俺の体は硬直した。
ふと視線を彷徨わせれば、いつの間にかばっちりと開かれていた彼の視線と絡み合う。絡みとられる。

まっすぐに見つめられて、咄嗟に息ができなくなった。

「おい」

ミシリ。音を立てて痛んだ腕で、右腕が握られていたことに気がつくがもう遅い。逃げようとしたと同時に左腕も掴まれ、思い切り引っ張られてベッドの上に乗り上げる形にさせられた。
目線ががっちりとぶつかって、どうしようもなく顔が赤くなるのがわかる。
それから逃れたくて身をよじると、次の瞬間視界が大きく揺らいだ。
頭部と背中に若干の衝撃をうけたところから考えると、多分今俺とシズちゃんの体制は押し倒されてる感じになっているのだろう。案の定、ゆっくりと瞼を開けるとすぐ目の前にシズちゃんの顔があった。
予想外の近さにまた顔が熱くなる。
この距離感が怖くなって、再び瞳を閉じた。

「てめェ、ふざけんなよ」

しまった。視界が遮られているせいで聴覚が敏感になっている。
耳元で囁かれるように。声が聞こえる。鼓膜を震わせたそれが酷く響いた。
何がふざけるななの、そんなことは考えるまでもない。
シズちゃんは聞いていたのだ俺の「ばいばい」を。
ぎゅう、と強く目をつむる。

「何勝手に逃げようとしてんだよ」

声を聞かないよう手でふさぎたくても、その両手はベッドに押し付けられているのだ。 逃げられない恐怖に身がすくむ。

「臨也」

駄目だ。
名前なんて呼ばないで。

「目ぇ開けろ」

臨也、とたたみかけるように囁かれて、そっと目を開く。
視線の先にはやっぱりシズちゃんがいて、というか視界は全てシズちゃんで埋まっていて。って、
あ  れ。

唇に柔らかいものが触れて、キスをされていたのだと気づいた。

行為の中ではキスはしなかった。
前に、シズちゃんはキスをしたことがないと聞いたことがあったから。ファーストキスくらいはとっておいてあげようと思った、俺の珍しき心だったのだ。
それなのに。
なんで。なんで俺に。俺なんかに。
もう一晩だった筈だから、シズちゃんも酔いは冷めている筈だ。
そして何より、さっきから「臨也」と何度も俺を呼んでいる。

決して勢いなどではない、触れるようなキスに思考がとろけていく。

しばらくしてゆっくりと唇が離された頃には、唇が燃えるように熱く感じられた。

「…ふざけんなよ」
「………なに、が」
「手前が何考えてんのかなんてわかんねぇけどな、くだんねぇことだってのはわかる」
「…何言ってんの」
「何で勝手に自分ひとりで考えて、逃げようとしてんだよ」

左腕の拘束がゆっくりと緩まる。
シズちゃんは空いた手で俺の頬を軽く撫でた。
触れる個所が、また熱い。

「誘ったのはお前だが、乗ったのは俺なんだよ」

そこをふまえて考えろ。
シズちゃんはそう言って、また俺にキスをしてきた。
今度は触れるだけじゃない、油断していた唇からすんなりと、舌も一緒に入り込んでくる。

熱い、熱い。あつい。燃えてしまいそうだ。
正直思考もままならなくて、シズちゃんがどうして今俺にキスをしているのか、シズちゃんの言葉の意味すらよく理解できない。
俺とシズちゃんが。お互いの息を吸って、舌を絡めて、求めあっている。
そんな信憑性のない話があるだろうか。

ぷは、と息を思い切り吐いて唇が離れていく。少し、名残惜しい。とか思ってない。

「臨也」
「……なに」
「お前、俺のこと好きだろ」
隠すことなんてできるわけがない。もうここまで来てしまっている。
けど逆に言うこともできるわけがない。
そんな両方に挟まれて、沈黙を保った俺の様子を見たシズちゃんは、どうやらそれを肯定の意としてとらえたらしい。

「………何も、言わないでくれないかな」

怖い、怖い怖い怖い怖い。
拒絶されるのが怖い。

嫌われているのは知っている。
それでも真正面から言われるのも嫌だ。
俺の心は、そこまで強くはないのだ。


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