幼馴染みの二人

 
「セミの声がするね」
「ん」
「あっついね」
「ん」
「とけちゃいそうだね」
「……ん」
「英二、さっきからうんしか言ってないよ」
「ん……あっちぃもん」


 茹だる暑さの中家の縁側に座る、小宮優介と、鈴木英二。
 この二人は生まれた時からいつも一緒だった。

 隣同士に住み、親同士も仲が良く家族同然のように過ごしてきた二人は、中学二年になった今もお互いの家に行き来する仲である。
 そうして夏休みが始まってすぐ、いつものごとく隣だと云うのに英二は優介の家に泊まりに来たのだった。


 夏の陽射しが照りつける正午。
 ミンミンと蝉が鳴く声に、流れる汗を拭う。
 扇風機を回しながら団扇を扇ぐ二人の足元には、タライに張られた冷や水。

 それは、いつもの夏の風景だった。



 そんないつもと変わらない夏を過ごしている二人の後ろからひょっこりと現れた優介の母親がキンキンに冷えたスイカを持ってきてくれ、

「これ食べといて。お母さんちょっと買い物行ってくるから、留守番宜しくね」

 と言い残して買い物に出掛けていく母親に、優介と英二は頷きながらスイカを食べ始めた。


「あまいね」
「ん……」

 シャリ、シャリ、とスイカを食べる音が縁側に響く。
 口のなかがひんやりとした甘さに包まれているなか、優介は横に座っている英二を盗み見た。


 玉のように流れていく汗によって、額に張り付く黒髪。
 綺麗な二重の美しい瞳に沿う長い睫毛。
 その睫毛に夏の太陽が反射して、キラキラと輝いている。
 暑さのせいで頬を染めながらスイカを頬張る唇は艶々と光っていて、腕に垂れたスイカの汁を追うように舐める英二の舌の赤さに、優介が思わずごくり、と喉を鳴らす。



「えいじ……」

 そう名前を呼んで、腕を掴む優介に英二が横を向く。
 その視線が絡まった瞬間、英二もまた、息を飲んだ。

「ゆ、すけ……?」

 未だ完全には声変わりしていない舌たらずな声で優介の名前を呼ぶ英二。
 その声に優介が沸き上がる衝動のまま顔を近付ければ、ふに、と柔らかい感触がして、英二の腕をぎゅう、と掴みながら訳も分からず唇を触れ合わせれば、お互いの唇からはスイカの味がした。


 ちゅ、と可愛らしい音を響かせながら離れた二人は、顔を真っ赤にしながら触れあわせている時に止めていた息を吐き出し、少しだけ上がった息を整える。

「ゆ、ゆうすけ、いまの……」
「……なに」
「ちゅ、ちゅー、だよな……」
「……そうだね」
「なんでしたの?」
「……わかんない。なんかしたくなっちゃった」
「……ゆうすけ、ちゅーすんの好きなの?」
「どうだろ……はじめてしたし……でも英二とするのは嫌じゃなかった」
「おれもはじめて……。おれも、嫌じゃなかった」
「……ていうか、なんかきもちよかった」
「お、おれも、……きもちよかった」
「そっか……」
「ん……」
「……なら、もっかい、してもいい?」


 そう優介が呟いて、英二に顔を近付ける。
 その顔は物心付く頃から知っている優介の顔じゃなくて、まるで知らないやつみたいだ。と思いつつも、英二も素直に目を閉じた。


 顔を赤くしながら縁側の上で手をぎゅっと握り合い、ふるふると顔を近付けていく二人の唇が重なりそうになった、その時。
 家の扉が開く音がしたと同時に、

「ただいまー」

 と優介の母親の声が響いたので、二人はびくりと体を跳ねさせて顔を見合わせた。



「帰ってきちゃったね……」
「ん……」
「……できないね」
「……ん」
「あ、あれだね、夜、寝る前に……」
「……ん……」
「英二、さっきからうんしか言ってないよ」
「ん……」


 先程と同じ会話をしながらも、お互いの顔は未だ真っ赤に染まったまま。


 夏の陽射しが照りつける、正午。
 ミンミンと鳴く、蝉の声。
 カラカラと首を振る、扇風機。
 足元には、タライに張られた冷や水。

 そんな優介と英二の、いつもの夏休み。
 だがそんな夏休みが少しだけ変わる気配がした、夏の暑い午後だった。



【 それが何なのかを知るのは、そう遠くない未来 】






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