15

 

「シュナさん! 早く!」

 弾けるような声がシュナを急かし、一回り小さな手がシュナの武骨な指に絡む。
 その柔い手をシュナもしっかりと握り返し、ノアの隣に並び立っては共に駆けた。



 ──ノアとテアを連れてシュナが群れに戻ってから、早いものでもう季節は夏を過ぎ、秋となっている。
 その間にすっかりノアとテアは群れに馴染み、もちろん双子という切っても切れない絆で結ばれているノアとテアはお互いを魂の片割れだと自負しているが、しかし、テアにはウォル、そしてノアにはシュナ。と言われるほど、二組はそれぞれペアのように、仲良く寄り添っていた。

 そしてそんな仲睦まじいシュナとノアが昼食を終え、すぐさまシュナの腕を引いたノアが、急かした場所。それはここ最近の二人のお気に入りの場所で、他の誰にも教えていない、秘密の場所でもあった。


 秋の紅葉が深まる森に、燦々と降り注ぐ太陽。
 空気は穏やかに澄み渡り、枯れ葉が足元でカシャカシャと小気味良い音を響かせては大地へと溶けてゆく。

 その肌寒くも心地好い空気の中、パッとシュナの手を離し、悪戯っ子のような笑みを浮かべては先に駆けていくノアを、シュナも同じくにやりと笑って追いかけた。

 ノアのふわふわとした金色の髪の毛が揺れ、時折シュナが着いてきているか確認するよう振り返るノアは、口元に笑みを湛えたまま。
 それがやはり天使のように愛らしく、二人の秘密の場所である小さな花畑に辿り着いたその瞬間、シュナはノアをそこに押し倒した。


「わっ、あはは!」
「逃げられると捕まえたくなるって言っただろ」

 ノアが倒れる寸前、頭の後ろに手を回したシュナがそっとノアを衝撃から守り、アルファとしての本能から小さくグルルと喉を鳴らしては、非難の声をあげる。
 だがそれをやはりノアは笑うだけで、覆い被さっているシュナの首にしなやかな腕を回しながら、本物の狼みたい。だなんてからかうだけだった。

 辺りは未だ枯れていない小さな白い花、シロツメクサで一面覆われており、クローバーの葉のなかで微笑んでいるノアはとても美しく、シュナはノアの鼻先にちょんと自身の鼻を擦り合わせた。


「シュナさんってほんと狼みたいですよね」
「お前は小鳥」
「……それずっと言ってきますけど、俺のどこが小鳥なんですか」

 その呼び方が不服だと言いたげに、ノアが唇を突き出している。
 そのふっくらとした艶やかな唇を見つめ顔を離したシュナは、その仕草をしていてよくもまぁ。とは思ったが、あえて言わず肩を竦め笑った。


 少しだけ冷たいが、穏やかな風が二人の間を通り抜けていく。

 それから二人は寝転び、四つ葉のクローバーを探し、他愛もない飽きぬ会話をしながら、そこで手を繋ぎ昼寝をした。

 それはもう当たり前の日常になるほど穏やかに、そして優しく、出会った日から常に二人は共に日々を過ごしていた。



 そうしてゆっくりとした午後を過ごした二人は夕暮れ時に群れに戻り、ノアは夕食の準備を手伝おうと食料を保管したり料理をする小屋へと向かい、シュナは洗礼式の最中であるリカードの為に作っている(ロアンの要望をふんだんに取り入れた)小屋の制作グループの所へと、向かった。


 ノアが料理小屋に入れば中にはアストルとロアンもおり、その他にもアストルの叔母やシュナの母親が楽しげに会話に花を咲かせながら料理をしている。
 その中にノアはすっと溶けるように入り込み、料理の才能があまりないため普段から大体は皮を剥いたり切ったりという下準備を主に手伝っているノアは、ジャガイモを剥いているアストルの隣へと座った。

「遅くなってごめんなさい」
「気にしな……、おほ〜、今日はまた一段と可愛く帰ってきたね、ノア」
「え?」

 アストルが気にしないでと笑いながらノアを見たが、しかしそれから含んだ言い方をしては、にんまりと笑みを浮かべる。
 それにノアがきょとんとすれば、ちょんちょんと自身の頭を指し、確かめてごらん。とアストルは尚もおかしそうに笑った。

「え、なんですか」

 なんてすっとんきょうな声を上げ、アストルが見つめている場所へと手を持っていく、ノア。

 そこには、髪の毛の間に差し込まれているシロツメクサがあって。

 それはきっと、先に昼寝から覚めたシュナが悪戯をしたのだろうと気付いたノアは、途端に顔を赤くした。


「シュナはいつもノアを綺麗に着飾ることに熱心だね〜」
「っ、……なん、ですかそれ……」
「そのまんまの意味」

 うふふ、と口元に手を当てながらからかうよう笑うアストルの明るい声が小屋を満たし、そして二人のやり取りを見ていたのか皆が、そうだそうだ。というように優しい瞳でノアを見ている。
 それに照れたようノアは身を捩らせながらも嬉しそうに微笑み、後でこのシロツメクサはシュナさんにしおりにしてもらおう。なんてご機嫌なまま、ジャガイモの皮を分厚く剥いていったのだった。




***



「テア〜、牛乳絞ってきてくれる?」

 暫くして、ウォルとの遊びを終え小屋に来たのだろうテアの匂いを感じたノアが、扉が開くと同時に声を掛ける。

 しかし一向に返事がなく、ノアは不思議に思い顔を上げ、それからテアの様子を見ては、慌てて駆け寄った。

「テア? どうしたの、顔が赤いよ。ウォルと川遊びでもしたの?」

 その言葉通り、テアの頬はぽわりと紅を浮かべていて。
 いつも元気いっぱいで、ほとんど風邪を引かないテアのあまり見ない姿に心配げな表情でノアがテアのおでこに手を添えたが、ノアがシュナと常に一緒なようにテアはウォルといつも一緒で、よく山の奥や川へと行く二人だからこそ、もう秋になりかけてるのに川遊びしたんでしょ。と少しだけ小言をぶつけながら、しかし熱はないようでノアはとりあえずテアを近くの椅子に座らせた。



「気分悪い?」
「……ううん」

 どこか気だるげなテアが、ノアの質問に首を振る。
 だがその声は風邪の時のように熱で籠っていて、ノアはとりあえず寝かせた方が良いかもしれないと、テアを近くのベータが使う小屋へと歩かせる為、腕を取った。

「テア、とりあえずちょっと横になろう。アストル兄さん、一緒にテアを運んでくれませんか?」

 いつの間にかアストルを『兄さん』と呼ぶほど、群れに溶け込んでいるノア。
 それはどの人に対してもそうで、だがしかしシュナの事は未だにシュナさん、と呼んでいて。それに一度シュナが拗ねた様子で、『なぜ俺はいつまで経ってもさんなんだ』と言ったが、ノアは小首を傾げながら、『なんかシュナさんはもうシュナさんって感じだから?』なんて笑ったものだった。


「もちろん。テア、大丈夫?」

 心配するノアと同じよう、アストルもテアの様子を覗くよう腰を折りながら顔色を窺っている。
 そして二人がテアの体を両側から支え、立ち上がろうとした、その時。

「待って、ノア」

 だなんて後ろからロアンの声がし、ノアとアストルは振り返った。

「ロアン兄さん? どうしてですか?」
「ちょっとテアを良く見せて」

 そっとノアを引き離し、テアの前に座ったロアンがいつもの穏やかで明るい笑顔ではなく、珍しく真剣な様子でテアを観察し、すんすんと鼻を鳴らしている。

 それを訝しげに見つめながら、一刻も早く横にさせたいのに。とノアは心配から不満げに唇を尖らせたが、ロアンがぽつりと言った言葉に、ぱちくりと目を瞬かせてしまった。


「……たぶん、そろそろヒートが来る」

 涼やかで、けれどもどことなく甘いロアンの声。
 しかしその声はいつもより少しだけ緊張しているように聞こえ、ノアはロアンとテアを交互に見たあと、なぜか知らぬが一歩後ずさってしまった。




 

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