そして月日が流れるのは早いもので、蓮による誠也への突然の一位争い宣言から、もう半月が過ぎようとしていた。

 中間報告では誠也が一位を守り続け、そして二位がカイといつもの通りだったが、しかしその次にはなんと宣言通り怒濤の追い上げを見せている蓮がカイと僅差で三位にランクインしており、波乱の展開を見せていた。

 そうなれば当然盛り上がるもので、誰が一位を取るのか。と、誠也とカイ、或いは蓮の三者の争いムードが漂い始めていて、その熱にあてれるよう、お店は毎日大繁盛となっていた。
 そんなお祭りのような雰囲気のなか、蓮の追い上げに面白くなさそうにしているカイ一派が何か起こすのでは。と気が気じゃないまま不安を抱えている裕だったが、内勤として覚えなければいけないこと、やらないといけないことはどんどんと増えていくばかりで、目まぐるしい日々をこなすので精一杯だった。


 そして今日も男本(ホスト全員の顔写真や簡素なプロフィールが載っているメニュー本で、新規のお客様はこの本の中から好みのホストを選ぶ事ができる)片手に裕はガヤガヤと煩い店内の中で待ちのソファに座る女の子二人に向かって膝を付きメニューを見せていた。
 愛想笑いもだいぶ上手くなった裕は、お兄さんは指名できないの? なんていう冗談も軽やかに受け流せるようになっていて、ははっと笑いつつ促せばやはり見目の良い蓮とカイ、それからナンバーワンという見出しに惹かれるのであろう誠也で迷っており、数分迷った末に、

「んー、じゃあこの蓮って人で」

 なんて言われた言葉に裕は内心、いつも蓮が指名されるたびなんとも言えない誇らしいような、それでいて少しだけざわっとするような気持ちになってしまうのだが、平静を装って、かしこまりました。と笑いながら席へと案内をした。


 キラキラと色とりどりの照明で照らされた、席数が30前後の一般的な中箱の店なのだが、店内は熱気と活気に溢れており、その一席に先程の女の子二人を座らせた裕は盛り上がりを見せている蓮の卓へと向かい、こっそりと耳打ちで、あっちの席、新規でお前指名だから宜しく。と引き抜きの言葉を掛ければ、分かった。なんて立ち上がった蓮が、

「ごちそうさま。ちょっと待っててね」

 と女の子に声を掛け、それから然り気無く裕の腰を一度くっと引き寄せては、

「ね、今日俺、そろそろちゃんと休めよってアリさんに怒られたせいで一部で終わりになったからさ、どこか二人で出掛けない?」

 なんてこそっと耳打ちで問いかけてくるので、裕は、こいつ仕事中に、しかも女の子たちが見てる前で。なんて顔を赤くしてしまったが、きっと女の子達からはホストと内勤が何か打ち合わせをしているだけにしか捉えられていないだろうという事まで計算した上での行動に、やっぱタラシだ。と少々ぶすっとした顔をして、机で見えない足元で蓮の足を軽く踏み、

「(仕事中に私語は厳禁だろばか)」

 なんてじろりと見た。
 それに、いったぁ。なんて呟きそれでも笑顔のまま席を離れていく蓮に、後ろで蓮が抜けた穴を埋めるヘルプとして付くため待っていた瑛はばっちり一部始終を見ていたようで、お前ね。と蓮に対して苦笑いを浮かべていた。



 そんな賑わいを見せる店のなか、裕は上手くお店を回すため石やんや他の内勤と連携を取りつつ必死に頑張り、そしてそろそろ一部が終了するその間際、突然蓮の席で、

『ドンペリ、ロゼ入りましたー!』

 というヘルプからのコールが響いた。

 その声に一気に店がざわっと揺れ、その高価なボトルのコールに慌てて裕がバックヤードへと向かい、けれども優雅に席へと持っていけば蓮の席を囲むようホスト達が並び、一斉にコールが始まった。

『いいオトコー! はい、いいオトコー! 蓮くんなんでそんなにいいオトコ!? いいオトコ! ホントにイケメンいいオトコ!』

 なんていうイケメンだからこそ通用するコールがかかり、蓮はその中央で両手を広げ煽っていて、コールが鳴り終わったと同時にぐいっとグラスを煽った蓮に周りから歓声があがる。
 その割れんばかりの声のなか蓮は女の子の肩を抱きありがとうと微笑んでいて、その姿に裕は少しだけ胸が痛んだ気がしたが、煌めく照明を背にきらきらと輝いている蓮はとても格好良く、ぼうっと見惚れてしまった。





「おつかれさま」

 営業も滞りなく終わり、内勤としてのホールの片付けを終えスタッフルームへと向かえば、ソファに座り裕を待っていた蓮がそう声を掛けてくる。
 その声に、蓮もおつかれ。と裕も笑ったが、

「お前なぁ、ホールであんな事言ってくんなよ」

 と言いながら着替えようとロッカーを開けた。
 だが、何も言わない蓮がそれでもじっと自分を見ている気がして、裕はそろりと後ろのソファに座っている蓮を見た。

 やはりじっと見ていた蓮と目が合い、着替えなんて当たり前に皆の前でやっているというのにどこか気恥ずかしく、

「……見んな」

 なんてぼそっと呟いては口を尖らせる裕のその顔に、堪んないなぁと言いたげな顔でははっと笑った蓮が、はいはい。なんておざなりに言っては長い足を組み携帯へと目を落とす。
 それにほっと安堵しつつ、なるべく早く着替えた裕がショルダーバックを肩に下げくるりと後ろを振り向けばバッチリ見ていたらしい蓮の瞳とぶつかり、

「おまっ、見んなっつったろ!」

 と裕は声を荒げたのだった。




 そして二人して店から出て、すっかり秋めいた季節に裕がぶるりと身震いをしながら蓮を見れば、

「どこ行く? 車じゃないから近場だけど」

 なんて見つめてくるので、裕はその顔にハァと溜め息を吐き、

「どこも行かない。帰って寝ろ。そのために有さんが休みにしてくれたんだろ」

 とビシッと指を蓮に向けながら告げた。
 そうすれば、えー!? なんで! そのために俺待ってたのに! なんて騒ぐ蓮。
 そういう所がやっぱり同い年というか、誠也達と同等の馬鹿さがあって、思わずふっと表情を和らげてしまった裕だったが、けれどそれからまたキュッと顔を引き締め、

「駄々こねない! はい帰るぞ!」

 と蓮の腕を引いた。

 そうすれば一瞬だけぱちくりと目を瞬かせたあと大人しく黙って着いてくる蓮に、なんでなんも言わないんだろう? と後ろをちらりと振り向けばなぜか顔を真っ赤にしていて、それに今度は裕が驚きに目を見開く番だった。


「は? な、なによ?」
「いや……」
「え、照れてんの? お前人にはしょっちゅう際どいことやっといてこんぐらいで照れるって意味わかんねぇんだけど」
「不意討ちに弱いんだよね、俺。やばい。一気に酔いが回ってきそう」

 なんてぽそりと呟き、掴まれていない方の手で口元を隠しては、やばい。と言う蓮に、なんだよそれ。なんて裕も顔を赤くしぱっと手を離したが、それを逆に掴まれ、

「……うん。こっちの方が性に合ってる」

 なんて笑っては裕の隣に並び立ち、すっかりいつものように蓮が笑う。
 その暗闇に浮かぶ白い歯がやけに眩しくて、裕は掴まれた腕を振り払う事が出来ぬまま、結局は蓮のペースになんだよなぁ。なんて足元の石ころを蹴飛ばした。




 それから二人はてくてくと夜を歩き、喧騒から少しばかり離れがらりと雰囲気を変えた閑静な住宅街に差し掛かった頃。

「実は俺ん家すぐなんだよね」

 なんて言った蓮が、ほら、あそこのマンション。と指さしたので、裕がそれに釣られるようその先を辿れば、ばかでかいマンションがそびえ立っていた。


「うわ、金持ちすぎね?」
「別にあんくらいの大きさならそこまで金持ちって訳じゃないでしょ」
「嫌みか」

 何度か自分の住んでいるボロアパートまで送ってもらった事がある裕は、俺の家のボロさ知ってるだろ。と言いたげにじろりと蓮を見つめ、その顔に蓮がははっと笑い声をあげる。
 その声がすっかり静まり返った住宅街に響き、

「……それじゃあ」

 と言った裕が手ぇ離せよ。と蓮を見たが、少しだけ沈黙したあと、

「ね、まだ時間大丈夫なら公園寄らない?」

 なんてすぐ側にある公園を指差したので、裕はちらりと腕時計を見た。

 時刻はもうそろそろ終電が来る時間で、けれどもなぜか断れず、いいけど。と小さく呟いては大の大人二人して公園へと入っていく。

 ぽつりぽつりと置かれた街灯に照らされた夜の公園はどこか物悲しくて、昼の賑やかさからは想像も出来ないほどの静まり返ったその景色にそれでも裕がブランコへと座れば、蓮も真似るよう隣のブランコに腰かけた。
 けれど長身のせいで足がかなり余っていて、座りづらそうにしている蓮にぷぷっと笑いながら裕がブランコを揺らせば、キィッと金属が鳴く声が辺りを裂いていった。


「今日、お前凄かった」
「え?」
「今日の蓮見て、やっぱホストなんだなーって思ったってこと!」
「ははっ、なにそれ」

 なんて突然の裕の台詞に蓮が座ったまま、目で揺れる裕を追う。

 ゆらゆら。ゆらゆら。

 一定のリズムで、けれど街灯に照らされ夜に浮く裕がちらりと蓮を見たかと思うと、

「……かった」

 と呟き、え、なに、と聞き返した蓮に一度溜め息を吐いては、

「格好良かったって言ってんの!」

 なんて大声で叫ぶ裕。

 しんと静まり返った公園に響くその声に蓮がぴしりと身を固くしたあと盛大に項垂れては、

「それはずるいでしょ……」

 と呟き徐に立ち上がったので、それをぶらんぶらんと揺れながら少々気恥ずかしい事を言ったと自覚している裕がちらりと蓮を盗み見る。
 俯いているため表情が良く見えず、近付いてくる蓮に首を傾げた裕が、れん? と名を呼べば、突然ブランコをぐいっと引っ張り止めてくる蓮に裕はうわっ! と間抜けな声をあげた。


 ガシャンガシャンッと金属の繋ぎ部分が盛大に音を立て、静かな公園にこだまする。

 やがてその音は次第に夜に溶け消えたが、しかし二人はその間もずっと黙ったまま。
 というより裕の方は突然ブランコを止めてきた蓮のその長い腕のなかに抱きしめられていて、座る自分を立ったまま上から潰すよう抱きすくめてくる蓮に困惑するしかなく、けれども香る蓮の爽やかでどこか甘い匂いに心臓が破裂してしまいそうだった。


 は? なに?

 なんてぐるぐると回る思考は上手く言葉を紡げず、裕がテンパった様子で目を白黒とさせていれば、

「……お願いだからそういうこと、他のやつには言わないでね」

 と呟いた蓮。

 その言葉に、……お前こそ他のやつにもこんな事してんじゃねーの。なんて謎の怒りがむくりと沸き上がった裕は、蓮の上質なジャケットの裾をそれでも知るかと乱暴にぐっと握りしめ、

「言わねーよ! ばぁか!」

 と叫んではぐりぐりと頭を蓮の腹に押し付けた。
 その突然の反撃にも似た裕の攻撃に、痛い、なに、痛い。と蓮が声をあげ、それを下から見上げた裕がざまーみろ。と歯を見せて笑う。
 それから、

「蓮、酔いすぎだっつうの」

 なんて今の流れを全て酒のせいの戯れだと捉えたのか裕がぺしぺしと蓮の腕を叩きながら、ほらもう帰ろうぜ。と促せば、蓮は一瞬言い淀んだあとそれでもくすりと笑い、

「そうだね。帰ろっか」

 と腕を離した。

 途端肌を撫でる秋風にぶるりと身震いをした裕が立ち上がり、終電はもう行ってるしどうしたもんかな。なんて考えていれば、

「ウチ、来る?」

 と問いかけてくる蓮。
 その言葉にちらりと蓮を見た裕だったが、小さく、

「……いや、いい」

 と呟けば、ぶはっと吹き出した蓮がそれでも満足げに、

「うん、危機感大事。これで行くなんて言われたらほんとどうしようかと思っちゃった」

 なんて言ってくるので、いやなに危機感て。ていうか危機感っていうかなんていうか、と眉を八の字に下げた裕。
 しかしそんな裕を尻目にジーンズのポケットから携帯を取り出した蓮が電話をかけ始め、それから程なくして公園の脇に一台のタクシーが停まった。


 それに、さんきゅ。と裕が歩き出そうとしたが、

「タクシー代、これで足りるよね?」

 なんて不意に蓮がお札を差し出してくるので、いや大丈夫だし。と裕は少々眉間に皺を寄せつつ断ったが、

「俺のわがままで終電乗り過ごしちゃったんだからこれくらいは受け取ってもらわないと逆に俺が嫌なんだよね」

 なんて有無を言わせぬ笑顔で見下ろされ、……そ、それじゃあ、ありがたく頂きます。はい。と逆らえぬオーラを醸し出す蓮に恐々しながら渋々受け取った裕が、タクシーに乗り込む。

 その姿を公園の車止めのアーチに腰かけ最後まで見ていた蓮がひらりと小さく手を降ってくるので、裕も小さく、また明日な。と手を降っては、走り出したタクシーの窓から段々と小さくなってゆく蓮を見続けていた。






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