それからというもの、蓮はどうやら本気らしくほぼ毎日一部も二部も出勤していて、今日もまた二部が始まるまでちょっと仮眠室で寝てくる。と言い残し部屋へと消えていった蓮の背中を思い出していた裕は、シフト表を見て心配そうな顔をしては仕事終わり、ロッカーを開けた。

 マメに連絡しているのかここ最近ひっきりなしに蓮指名のお客さんが来るようになりかなり疲れているようだし、ほんと大丈夫なんかな。と思いつつ裕は、最近めっきり荒らされる事がなくなった綺麗なままのロッカーから私服を取り出し着替えはじめようとしたが、そこでふと手を止めた。

 どうしてこんな急に嫌がらせがなくなったんだ。

 そう表情を曇らせた裕は、始めのうちは叩いても響かない自分のリアクションにもう飽きたのだろうと思っていたが、もしかして。と蓮のロッカーをちらりと見る。
 だがまだまだ新人の自分が使う鍵のないロッカーとは違い、蓮のロッカーはちゃんと鍵も付いていて大きい一人用のため、まさかな。と今しがた自分が考えた事を否定し、それでもやはりどこか腑に落ちない様子のままの裕はさっと服を着替えては、どうしようかと考えあぐねた。
 それから、考えてるだけじゃなんもわかんねぇな。とショルダーバッグの紐をぎゅっと握りながら部屋を出て、仮眠室へと向かった裕。


 皆もう寝入っているのか部屋の照明は落とされ、至る所からいびきが聞こえるなか酒と香水の匂いが入り交じるその中で裕は数台並ぶ簡易ベッドの方へ向かい、そっとカーテンを開いては中を覗き、蓮を探した。
 そして一番奥のベッドをそろりと覗くと枕に顔を埋めうつ伏せの体勢で寝ている蓮が居て、裕はそっと中へ入っては蓮をじっと見た。
 しかし勢いで来たはいいものの珍しくちゃんと寝ている様子の蓮に声を掛けるのはやはり気が引け、……また今度でいいか。と踵を返そうとしたが、

「……ん、だれ……」

 と目を覚ましたのか低く掠れた声で蓮がごろりと寝返りを打ち眉間に皺を寄せながら見つめてきたので、裕は、やべっと顔を曇らせそっとベッドに近付いた。


「ごめん、起こしちゃったよな」

 そう申し訳なさそうに小声で呟いた裕に、え、裕? と途端ワントーン声を上げた蓮。
 それに、ちょこんと膝を折りベッドの脇に座ってそっとベッドの縁に手を乗せた裕が、

「ん。ごめん」

 とまたしても謝ったが、ふわりと笑ったかと思うと、

「気にしないでいいから。どうしたの?」

 と聞いたこともないような甘やかな声で蓮が問いかけてくるので、裕はまたしてもなんだか良く分からない胸のときめきを抱えつつ、

「……いや、蓮に聞きたい事あってさ、まだ起きてるかなと思って様子見にきたんだけど、ほんとごめん。また今度でいいから。寝て」

 と立ち上がろうとしたが、ベッドの縁に乗せていた手をぱしりと握ってきた蓮が、いいから言ってよ。とまどろみに揺れたまま笑うので、裕は少しだけかさついた己のよりも体温が低い掌の大きさに小さくヒュッと息を飲んでは、なんで握ってくんの。と小さく眉を寄せたがなぜか振り払う事は出来なかった。


「……あの、」
「うん」
「ほんと、どうでもいいってか、俺の気のせいかもなんだけど、ていうか気のせいであって欲しいんだけど、」
「うん?」
「……蓮さ、俺の代わりに嫌がらせされてねぇ?」

 そう小さく呟けば数秒の沈黙のあと、なんだそんな事かぁ。なんて落胆の表情を見せた蓮が、

「期待したのに」

 と何を期待したのか知らない言葉を吐いては、あーあ。と枕に顔を乗せたまま裕を見つめてくるので、その視線にドキリとしてしまい、

「な、に、」

 なんてどもってしまった裕。
 それにくしゃりと笑っては、

「されてないよ」

 とはっきり言い切った蓮に、途端パッと表情を明るくさせ、そっか。そうだよな。なんだ。俺の勘違いか。よかった。そうだよな。うん。なんて頷く裕のその百面相を見つめ、未だ柔い笑みのまま、うん。と蓮が言う。
 その蓮の言葉にすっかり安心しきった裕が、

「ごめんな。くだらないこと聞いて。今度こそ寝ていいから」

 なんて笑い、俺帰るな。と繋がれたままの手を放せよ。と言いたげに揺らせば、一度ぎゅっと握ってはすりっと指を絡ませたあと、驚く裕の腕をくんっと自分の方に引き寄せ、

「うん。じゃあまた明日ね。……おやすみ」

 とまたしてもとびきり甘い声で囁いた蓮。
 耳がぞわぞわとするようなその声を至近距離で聞かされ、ぶわっと顔を赤くした裕が蓮を見つめればくらくらするような笑みのままじっと自分を見ていて、堪らずばっと腕を引き、

「お、おやすみ!」

 なんて周りを気にする事なんて出来ない様子の大声を出しながら、まじであいつっていつも誰に対してもああなん!? とバクバクと鳴る心臓を抱えたまま火照った頬を抑え、裕は逃げるよう仮眠室をあとにしたのだった。





 慌ただしく出ていった裕の様子にくすくすと笑っていた蓮だったが、ふいに横のベッドから、

「蓮さぁ……まじで?」

 なんて瑛の声が聞こえ、その問いに、

「なにが? ていうか盗み聞きしてたの? 趣味悪いなぁ瑛」

 と笑いつつ辛辣な言葉を投げつける蓮。
 それに、いやいやいや、横でやられてたら嫌でも耳に入ってくるじゃん。と正当性を主張した瑛が少しだけ言い淀んだあと、

「蓮この間ロッカーの鍵壊されてるって言ってったじゃん。……ていうか裕嫌がらせされてたのかよ?」

 と声を潜めながら聞いてくるので、蓮はまたしてもうつ伏せの体勢になりながら、

「んー? でも今はされてないみたいだしもう大丈夫だよ」

 と裕への嫌がらせはもうないだろうから気にするなと言外に含ませ、俺もう寝たいんだけど。と自分のロッカーの件は答えずそう言ってくる蓮に、瑛はなんだかなぁ、なんて頭を掻いては、裕に起こされた時はめちゃくちゃ甘く対応してた癖に。と普段こんな風に寝起きが悪い友人の、しかしそういう相手にはどんな時にでも優しくするらしい知らなかった態度になんとも言えない面映ゆい気持ちになりつつ、

「まぁ蓮がいいならいいんだけどさ、でもせめてそういうのは俺達が居ないときにしてよ」

 とこちらも、友達同士のそういうの見せつけられて変な気分になるんだけど。なんて言外に匂わせた瑛に蓮は、いやだから勝手に瑛が聞いてただけ。なんて笑いながらも、それ以降特に何も言わなかった。






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