君のとなり | ナノ







私が働く整形外科には手の外科の有名な先生がいる。
遠くから患者さんが来たり、プロ野球選手も何人もみている有名な先生。

そんな場所だから強豪校の高校球児が来院するなんてよくあること。

だから、あの日彼が私の前に現れたのも偶然なんかじゃないんだ。






「滝川くんはこの後リハビリ室に案内してね。リハビリトレーニングの内容の調整をお父さんと理学療法士で相談するから。僕も参加するけど、苗字さんも同席してくれる?」

先生が診察後患者ファイルを回しながらそう言った。

いつかスポーツ医療に進みたい私を応援してくれる先生は、そんなふうに勉強のチャンスをくれる。
この環境のおかげで私はこの分野で少しずつ名前が知られてきていたりする。

「お願いします!」

私は、ファイルを持って患者のもとへと急いだ。

患者の名前は滝川・クリス・優くん。
野球の名門校でキャッチャーをしていた男の子。
怪我をして現在当院に通院中。

お父さんが元プロ野球の選手だから、リハビリメニューはお父さんとも応相談が必要。

普段は学校や自宅でリハビリトレーニングをしてもらっているけど、定期的に病院に来てもらって、体の硬さ、動きなんかをみてリハビリの効果を確かめている。

その確認は私がかなりの部分を任されていたりする。



「どうですかね?」

クリスくんは寡黙だけど、真面目で野球への気持ちが痛いくらい伝わってくる。

「レントゲンをみるとまだ炎症しているね。この部分は安静にしないとダメ。けど、こっちは固くならないようにしないと行けないから……」

私の話を真剣に聞いてくれるクリスくん。
早く良くなると良いんだけど…

「じゃあ次回は一ヶ月後だね!トレーニング頑張ってね。終わった後は必ずじっくりアイシングね!」

「はい。ありがとうございました」

帰りがけクリスくんが振り返り、いつもは事務的な話ばかりなのに、「苗字さんはずっと病院で働くつもりなんですか?」なんて聞いてきた。


「え?」


「いえ、ただ…その知識をうちの部員達に伝えてもらえたら



俺みたいになる前に、

怪我をする前に

良い体の使い方が出来るようになるんじゃないかって思っただけです」

失礼しました、また一ヶ月後。

そう言って帰って行くクリスくんの背中を見送りながら、私のやりたいことってそういうことなんじゃないか?なんて考えていた。






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