君のとなり | ナノ







「とりあえず柔軟を見せてもらいながら、筋肉を確認させてください。
あ、筋肉は動き方とか硬さとか左右差を見るために触らせてもらいます。大丈夫ですか?」


監督の指示もあり、レギュラー陣から順番に1人1人確認しながらメモを取っていく。


クリスくんが怪我でレギュラーを外れている今、キャッチャーは御幸くんがレギュラーなので、彼の番はすぐに来た。

あの頃の気持ちを今は持っていないとしても、やはり記憶の最後が悪すぎる。
出来れば心の準備をしてから彼と対面したかった。

「次、み、御幸くんよろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

なんだか含みが合ったような気もしたが、御幸くんはニコリと微笑んでいた。

昔のことなんて覚えていないのかも知れない。
覚えていたとしても相手が私だとはわからないのかもしれない。
とにかく、私は他の生徒と変わらず対応するだけだ。



「うん。肩、肩甲骨周りの筋肉は柔らかいね。首が少し張りが強いかな。首の筋肉も、肩に繋がっているから大事なんだよ。それはストレッチ教えるね。右投げ左打ちだから筋肉の付き方のバランスは良いみたい。もう少し左を付けようか。
じゃ、股関節確認させてくれる?」

「りょーかい」

あっ。



「股関節…」

言いかけてやめた。柔なくなったね。なんて、自分から過去をほじくり返すようなバカはしたくない。
だけど、やっぱりあんな出来事はなかなか忘れられたりしないよね。

「柔らかくなったでしょ?」

御幸くんがニヤリと嫌な顔で笑った。

「やっぱり覚えて…」

「そりゃ、忘れられないでしょ。あんな強烈なこと。」

御幸くんはそう言って笑ったけど、私は笑えるわけなんてなかった…



「ごめんなさい。あの時はお節介で無責任なこと言って。図々しいかも知れないけど、他の皆と同じようにサポートさせて欲しいの」

「クリス先輩の担当してるんでしょ?信用もされてる、そんな人のサポートはさ、こっちからお願いしたいよ」

御幸くんは間髪入れずにそう答えてくれた。クリスくんのこと尊敬しているのが凄くわかる。

私は心の中でクリスくんに感謝する。

「ありがとう!じゃあ御幸くんはこれでおしまいだから次、伊佐敷くん呼んでくれる?」

「了解」

私はこれからの生活への不安が少し解消された気がしてた。

ドアを開けながら振り返った御幸くんが、
「でも、何も無かったことには出来ないけどね」
なんて言うまでは。








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