慣れないお針をして、銀時さんに紙入れを作ったの。
露草色の端切れに、苺と兎と眼鏡と犬の刺繍を施したのだけれど。凡そ紙入れには程遠いものになってしまったわ。

「本当、おめぇは不気味だなぁ」

苦笑いを浮かべる銀時さんをみたら、急に火が吹きそうな程、恥ずかしくなってしまったの。

「ええ、どうせ不器用ですよ。銀時さんは器用だからこんな紙入れぐらいちょんのまに作ってしまわれるんでしょうけどっ」

ついつい言い返してしまって、我ながら可愛くない女ね。そんな私を見た銀時さんは一笑して「まぁ、お前よりはマシに作れるかもな」なんて口にしたのよ。
酷いったらありゃしないわ。

「だったら、ご自分でお作りになったらよくって?返してちょうだいっ」

銀時さんの手から紙入れを奪い取ろうとするも、銀時さんがひょいと頭上に持ち上げてしまって、私の手は虚しく宙を切ったの。彼とは頭ひとつ分の身長差がある分、幾ら背伸びをしたって届きはしないわ。
ぴょこり、ぴょこりと跳び跳ね、必死に紙入れを取ろうとする私の姿をみて、銀時さんはニヤニヤと面白がるような笑みを浮かべて見下ろしていたの。
まぁっ!まぁっ!本当に意地悪な男(ひと)ね!
目の奥が熱くなって、涙が滲んできてしまって。私は泣くまいと下唇を噛み締めたの。
銀時さんは私の顔を両手でむんぐりと包みこんで「……ふ、ふ。その顔、たまんねぇなぁ」と、お伽噺の猫のようにニンマリと笑ったのよ。

「ひょの、どえしゅ、ばひゃ!ひゃなしてよぅ」
「何言っているのか分かりましぇーん」
きゃらきゃら笑う目の前の男をはっ倒して殴ってしまおうかと思ったわ。
「お前、ほんっと可愛いねぇ」

その一言に、頬がかぁっとなってしまった。紅いびいどろのような瞳が私の目を覗き込んで、離してはくれない。私も目を反らすことが出来なかった。

「これぁ、俺のために作ってくれたヤツだろ?針で指を刺しまくって絆創膏だらけにしながらも、必死に繕ってくれたんだろ?」

言われて絆創膏だらけの手を咄嗟に背後へ隠した。針でぶすり、糸切りハサミでざくり。本当に私は不器用で、女の子の嗜みひとつまともに出来やしない。
銀時さんは、ついと顔を近付けて囁くように言ったの。

「確かに、見た目は酷ぇがな。これぁお前が端正込めて作ってくれた紙入れだろ。……すげぇ、嬉しい。だから、返してやんね」

銀時さんは舌をペロリと出した。
それだけで胸の奥が熱くなってしまって、ほろほろと涙が溢れ落ちて、しまいには鼻水までもが垂れる始末。

「おいおい、何も泣くこたぁねぇだろ。つうか、鼻水出てんぞ」
「う、煩いですよっ、ぐすっ。もとあと言えば銀時さんが、意地悪するからっ……」

鼻を鳴らしながら銀時さんの胸板をぽかりと叩いた。女の細腕で叩かれたぐらいで痛くも痒くもないだろうけれど。

「いててて」

銀時さんは大袈裟に顔をしかめて痛がったの。それにもまた腹が立ってしまって、何度も叩いたわ。

「ちょ、まじで痛ぇって」

むんずと手首を掴まれる。私の手首をすっぽりと包みこんでしまう大きな武骨な手に、どきりとして妙に気恥ずかしくなってしまったの。

「は、離して下さいよぅっ」
「やだ。離したら逃げるだろ、お前」
押しても引いてもびくともしない。男と女の力の差は歴然で。
「消毒してやんよ」
「へ?」

握った手を唇に引き寄せた銀時さんは、絆創膏が貼られた箇所ひとつずつに唇を落としていったの。

「ぎ、銀時さん!汚いから、離してちょうだい!」
「んっ。やだ」

指の間を舐められ、指を咥えられていく。銀時さんの肉厚の舌が、私の指をねぶっていく様は、やけに官能的で、情欲を耐えたようなぎらついた紅い目で私を捉えて離さない。

「銀時さ、ん……だめ」

足の間がじんわりと熱くなっていくのを感じて、思わず膝を擦ったの。そしたら、銀時さんニンマリ笑って、透明な糸を引きながら唇を離して、耳許に唇をそぅっと寄せてきたの。

「シたくて仕方ねぇって顔してっけど?」

熱い吐息を吹き掛けながら、低い声で静かに囁いたのよ。
全身が火を吹いたように熱くなってしまった。
私がその声に弱いって知っているから、わざとやっているだわ。

「ちが、違うの!だ、だから離して!お、お尻揉まないで!」
「ケツのひとつやふたつぐれぇ、いーじゃねぇか。減るもんじゃねぇし」
「そ、そういう意味じゃなくって」

銀時さんは私の腰を引き寄せると、あろうことかお尻を揉み始めたの。それがまた変な感覚を引き起こす絶妙な力加減で、私は口から零れ落ちそうになる声を必死に堪えたのね。
いくら二人きりだからって、真っ昼間からエッチな気分になるなんて……。なんてはしたない女なのかしら。誰か帰ってきたらとっても不味いのに。

「あ、あっ、ぎん、ときさぁっ……」
私のカラダは本能に抗えなくなってしまったの。

「銀ちゃーん、明日よっちゃんたちとピクニックに行くアル!お弁当作るヨロシ!」

玄関の開く音と共に聞こえた神楽ちゃんの声。
ぎくり、肩をすくませた。
銀時さんが舌打ちする。

「神楽ァ。んなでけぇ声出すなよ、近所迷惑でしょーが」

頭を掻きながら玄関へと向かう銀時さんは、去り際に私の頬をするりとなでて
「夜までおあずけな?」
と優しく囁いたの。
銀時さんの広い背中を見送りながら、私はその場にへたりこんでしまったの。
腰が抜けてしまって立てなくなった私をみて、丸い大きな瞳を瞬かせた神楽ちゃんが

「銀ちゃんと乳くりあっていたアルか?」

なんて14歳の少女らしからぬ発言をして、ニシシと笑ったのは此処だけの話ね。



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