江戸川乱歩の同名小説のパロディです。
夢主にstkまがいするモブが、セコム銀さんに夢主とのおせっくすを見せつけられ、忠告を受ける話。モブ視点。




「あら、今日越してらしたんですね。隣に住む者です。どうぞ宜しくお願いします」

そう言って笑った彼女はまるで春の陽だまりのようなひとだった。この時、僕は心臓がきゅうっと締め付けるような感覚に襲われた。所謂、一目惚れを体験してしまったのだ。
なんて、なんて素敵な女性だろう。ああ、お近づきになりたい。隣人同士だし、仲良くなってあわよくば……と田舎から出てきた童貞が描く幻想ばかりが先走ってしまった。
その幻想は直ぐに打ち砕かれることになる。
大屋のお婆さんが教えてくれた。
彼女には恋人がいるから諦めな、と。
聞けば、このかぶき町で何でも屋を営んでいて、四天王(かぶき町を取り締まっている代表らしい)のひとりお登勢の番犬。
普段はだらけているが、剣の腕がかなり立ち、喧嘩に滅法強いとか。
一度、町で見かけたことがあるが、僕よりも上背があって、男の僕から見ても惚れ惚れとするような精悍な身体つきだ。気怠い雰囲気を纏ってはいるも、逆にそれが色っぽさを際立たせていた。
田舎で平々凡々な暮らしを送ってきた僕なんかが敵うはずもない。
だが、僕の顔をみる度にまるで花が綻ぶような美しい笑顔を浮かべ挨拶してくれる日常や、「もうお仕事は見つかりましたか?あまり無理はなさらないで下さいね?」と僕の体調を気遣う優しさに、彼女への想いは募る一方で失恋という現実を受け止めきれずにいた。

ある時、押し入れの整理をしていると、天井に妙な膨らみを見つけた。何だろう、と押してみるとやけに柔らかい。古いアパートだ。雨漏りでもしたのだろう。思いきって、ぐっと押し上げてみると意図も簡単に天井板が外れた。ぽっかり空いた穴は屋根裏に通じていた。凡そ、工事のひとが修理のときにはいれるようにとして作った入り口なのだろう。
懐中電灯を探しだし、穴から顔だけを出して光を照らす。屋根裏は大人ひとりが立っても十分に余裕がある高さだった。
こりゃ、面白そうだ。
好奇心で屋根裏に登ってみることにした。暗い屋根裏にぽつぽつと差し込む灯りで、各々の部屋の天井には隙間があることが分かった。しかも所々に節穴も空いている。試しに、灯りが差し込む節穴を覗いてみると、大屋のお婆さんがテレビを見て寛いでいる姿が見えた。
これはとんだ発見をした。彼女の部屋も節穴が空いおり、彼女の、このアパートに住む住人の生活を隙見出来る。
ひとの秘密を覗いているようで好奇心が擽られたのだ。
僕はそれを『屋根裏の散歩』と称して、昼夜、暇さえあれば散歩を楽しんでいた。

その日の夜も、何時ものように散歩をしていると、彼女の部屋がある方から灯りが差し込んでいた。音を立てないよう注意を払って、足を進める。声が聞こえる。彼女は誰かと喋っているようだった。身を屈めて、節穴を覗いてみると、銀髪が目に入った。
なんだ、野郎がきてんのかよ。胸内で舌打ちする。この頃の僕は銀髪の男の存在を疎ましく思うようになっていた。
なにか銀髪の男の弱味を握れるものはないか、そんな思いを抱きながら、二人の様子を隙見する。

「なぁ、キスしてい?」
「え?あ、ちょ……銀さ、んっ」

銀髪の男が彼女の後頭部を引き寄せ、口を吸ったのだ。口吸いは次第に濃厚なものへと変わっていく。
ああこれは不味い。
他人の性行為を覗き見る趣味など流石にないのだが、彼女の唇から溢れる矯声に脳髄が痺れた。銀髪の男が愛撫する度に乱れ脱がされて行く着物、赤く火照っていく白い肌、しなやかで美しい肢体に目が離せなくなってしまった。

「銀さぁ、ん……もっと、」
「もっと、なに?」
「もっと、奥を……ぐりぐりして欲しいのっ」

柔らかくおっとりとした雰囲気から想像もつかない淫らな言葉を口にする彼女の姿を、もっと見ていたいと好奇心に火が点いた僕は二人の行為を覗き見ていた。
蜜事が激しくなればなるほど彼女は淫らに喘ぐ。僕の下半身は熱くなっていった。節穴から目を逸らさず股間にそろり触れた、その瞬間。
肌を突き刺すような痛みが走った。驚き、振り返りみるも、誰もいない。
気のせいか。
節穴を再び覗いた時、僕は思わず声が出そうになった。
見ている。股がり喘ぐ彼女の細い腰を掴む、仰向けになった銀髪の男が、節穴の先にある僕のを見ていたのだ。

「ほら、頑張って動けって。そうじゃねェと気持ちよくなんねぇよ?」

彼女を突き上げ、いいところを攻めながらも、銀髪の男の視線は僕から外れることはなかった。
燃えるような真紅、いや生き血を滴らせたような禍々しい赤が、僕をじっと捉えて離さない。

「なぁ、キモチイイイだろ?千草、ここ擦られるの好きだろ?」

優しく甘い声とは裏腹に、底なしに冷たい色を宿した瞳は殺気を宿しているようで、銀髪の男から殺意を向けられていると気付いた時には毛穴という毛穴から汗が吹き出していた。
ひとではない、なにか恐ろしい悪鬼に睨まれているような感覚に陥って、悲鳴をあげる変わりに、息をひゅっと呑み込んだ。股間が湿り気を帯びたが、気にせず、抜けた腰をなんとか奮い立たせ屋根裏を這いつくばるように移動する。やっとの思いで自室に帰った僕は布団を頭から被ってガタガタと震え、夜が明けるのを待っていた。
隣の部屋から銀髪の男の声や、彼女の喘ぎ声が聞こえるも、興奮する気力も沸き起こらなかった。

それから数日経って、銀髪の男と町で出くわした。

「あっれぇ、久しぶりぃ」

さも顔見知りと遭遇したと言わんばかり、わざとらしく肩を組まれる。

「元気にしてたか?」
「はぁ、」
「そうか、そりゃ良かった」

おどけた口調で話しかけてくるくせして、銀髪の男は確かな殺気を纏っていた。男の手が腰に提げた木刀の柄を掴んでいるのを目にし、僕はぎくりと身を縮ませた。
男は唇を弓なりに曲げ、氷のように冷たい微笑を携え、そぅっと僕の耳に唇を寄せ

「どうだった?あいつ、すげぇ可愛いだろ?」

と静かに囁いた。

僕が返答に戸惑っていると、男はくすりと笑った。

「でも、やんねぇよ。あいつは俺のだから。……ああ、次あいつの部屋でも覗いてみろよ……そん時やぁ……」

殺してやるからな。
ひどく冷たい声で囁いて銀髪の男は去っていった。

このことがあって以来、僕は屋根裏を散歩することはなくなって、来月に田舎へ帰ることにした。




原作はエロくもなく、屋根裏を散歩する男が殺人を犯し、素人探偵明智小五郎が出て来て事件を解決するという話ですが、「屋根裏の散歩者」を官能作品に仕立て上げた映画があるのでそこから着想を得ました。




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