クリスマスなんてクソくらいやがれ!

沖田の呟きに隣にいた土方が「なんだ、こういう行事ごとなんざ毛程興味もなさそうなてめぇーが、ボヤいてやがる」と珍しげな表情を浮かべていた。

「興味ねーですよ。ただ、サンタのヤローが土方さんを抹殺してくれるという素敵なプレゼントをくれるってぇなら話は別ですがね」
「どんなプレゼントだよ!」


世間はクリスマス、昨日から降り続く雪でまさに素敵なホワイトクリスマス。
そして、恋人たちのクリスマス。町中は仲良く手を繋ぐ恋人で溢れかえっている。
それなのに何が悲しくて野郎と、更には気に食わない土方なんかと市中見廻りをしないといけないのか。

今こそ言える、声高らかに。
リア充よ、爆発しろ!そして、永遠の眠りにつきやがれ!


「おいいい!バズーカ構えるなぁぁあ!血を降らせる気かぁぁ!」
「やだなぁ、冗談でさぁ。」
「てめー心の声がダダ漏れなんだよ」

だいたいクリスマスなんて行事、俺たち侍には必要ねぇ。世間が浮かれている時期だからこそ攘夷浪士たちが云々。
そんな台詞、数日前から何度も繰り返し聞かされて耳にタコが出来そうだ。

この仕事馬鹿。ハゲちまえ!

耳の穴に指を突っ込みながら、土方の言葉を右から左に受け流した。


「つうか、総悟。てめー独り身ってわけじゃねぇだろ。千草はどうした。」
「え、何がでさぁ」
「おい、目ぇ座ってんぞ!」

今日は平日である。世間は勿論、仕事。案の定、千草も仕事、しかも遅番らしく夕方以降も会えないとか。イベント事にはとんと興味のない沖田だが、付き合って初めてのクリスマスは何となく一緒に騒ぎたかったのでかる。だからこそ、沖田は躍起になって自分も仕事を入れたのだ。

世間はクリスマス。乱痴気騒ぎのクリスマス。
クリスマス、クリスマス、クルシミマス!
フィンランドに住むサタンさんは、血の雨を降らせにやってくる! 

今の沖田は、まるで阿鼻叫喚。そんな彼の荒れ具合を見ていた土方は大きく溜め息をついた。

「総悟、もういい。後は俺ひとりで見廻るからお前はもう上がれ」
「なんでさ、急に。気持ち悪い。つうか、市中見廻りは二人一組ってぇのが規則じゃねぇですかぃ。副長とあろうお方がてめーの決めた局中法度を破るなんて、そんなに切腹したいんですかぃ?なんなら、俺が介錯でもしてあげやしよーか?」
「違ぇぇえ!お前、ほんと意固地なのな!腹立つ通り越して感心するわ!!」
「ちっ!」
「舌打ちすんじゃねぇ!大体、俺がそんじょそこらの浪士共に負けるわけねぇ。ひとりも二人も変わりゃしねぇよ。そして、てめぇはもう少し素直になった方が良いぞ。ガキの恋愛事に口出ししたかぁねぇがな。意地張ってんじゃねぇよ。互いが仕事だから会わないとかただの言い訳じゃねぇか。素直な行動が出来るのは若いうちだけだぞ。まぁ、近藤さんのように素直になりすぎるのも良くはねぇが……兎に角、少しだけでも良いから顔見に行ってやれよ」

あいつも喜ぶと思うぜ、と土方が珍しく目を和らげて言った。沖田には自分のようにはなって欲しくない。素直になれず愛しい人を亡くしてしまった自分を悔やんでいるのだろうか。

「こんな時だけ、大人ぶりやがって。気持ち悪ぃ」
「うるせぇよ。こーいうのは大人の言うことを素直に聞いておいた方が良いぞ、クソガキ」

言いながら懐から煙草を取り出して、火を着ける。
悔しいくらいに様になっているその姿に沖田はぐっと押し黙った。

土方に借りを作るなんて真っ平ごめん被る。しょうがないから、後でからしを仕込んだ大量のマヨネーズを贈ってやろう。これでチャラだ。

「土方さん、じゃあちょっくら行ってきやす」

「おー、行ってこい。行ってこい。だが、あんまハメ外し過ぎんなよ」

ひらひらと手を降って見送る土方を背に沖田は雪の上を走り出した。

「若けぇってのは大変だなぁ」

と、夜空に向かって紫煙を吐き出しながら呟いた土方の声は雪に飲み込まれていった。

かぶき町から少し外れた町が、千草の勤める職場があるところだ。
時刻は午後10時を回っている。流石に、もう仕事は終わっているだろう。自宅もこの近辺なので、帰宅途中の千草に出くわすはずだ。

あ、いた。

案の定、見知った背中を見つけて沖田はふっと息を零した。人通りの少ない場所だし、ましてや雪が降って更に静まり返っている道だ。変な輩に絡まれるはずだから、夜道には気をつけろ何度となく言っているのに彼女は相変わらず忠告を聞く気配を見せない。

積もった雪を掬って丸めると、少し先を歩く背中に向かって思い切り放り投げた。

「痛!」

小さな悲鳴を上げ、何事かと振り返る千草の顔面に向かって、もう一球。振りかぶって雪の玉を投げる。

「ストライークッ!」
「沖田さん!?ちょ、何するんですか!?」
「雪合戦でさぁ」

ニヤリと笑うと、また始まったとばかりに千草が呆れた表情を見せた。

「隊服着てるってことは、まだ仕事中ですか?また、抜け出してきたんですか?土方さんにドヤされますよ」
「別にてめぇに会いに来た訳じゃねぇよ。偶々、土方さんと別行動してて、偶々見廻りルートが此処になって、偶々、てめぇを見掛けただけでぃ。勘違いすんなよ」

まさか土方の心遣いで千草の仕事先まで足を運んだなんて口が裂けても言えやしない。
らしくない行動に出てしまった自分が恥ずかしいし、土方の言うことを素直に聞くのが、なんだか、とてもしゃくだった。
ざくり、ざくり。
降り積もった雪の上を歩きながら千草に近付くと、隊服の上から羽織った外套のポケットに手を突っ込んで小さな紙袋を取り出して差し出した。


「やるよ」
「は?」
「これ、やるって言ってんでぃっ」

訳がわからずに呆けている千草の手の中に紙袋を握らせた。
紙袋を開けると小さな花飾りのついたネックレスがひとつ、千草の手の平にころりと転がり落ちてきた。

「沖田さん……これ」

「ほんとは、鎖のついた首輪でも買ってやろうかと思ってたんだけど、あんたにはこれが似合うと思って……」

ふいとそっぽを向く沖田の耳が僅かばかり赤いのは寒さのせいなのか。
目線の少し下からは鈴を転がしたような笑い声。

「わ、笑うんじゃねぇ!」

「ごめんなさい……ありがとうございます!凄く嬉しいです!」

そう言いながらも、千草は笑うのを止めない。そして、すっと両腕を伸ばして沖田の頬を包み込んだ。
突然の出来事に沖田は目を丸くする。

「冷たい」
「さっきまでクソ寒いなか見廻りしてたから当たり前でぃ」
「何時も市民の為にご苦労様です」

手袋越しの千草の両手は暖かい。本当は雪に濡れて湿った手袋なので冷たいのだが、なんだか身体の奥底が、じんわりと暖かくなってきたのだ。
そんなむず痒さを誤魔化すように、沖田はすん、と鼻を鳴らした。

「おうちに帰って、暖かいおこたに入って、暖かい鍋でも食べましょう。少し遅めのクリスマスパーティーです」
「酒もな」

「はいはい。沖田さんの好きな鬼嫁ね。ていうか、未成年が飲酒は駄目ですよ。しかも、警察の……」

ほんの少し身を屈めて、言葉を遮るように千草の口を塞いだ。

「め、メリークルシミマス」
「なんですか、それ」

ふはっと可笑しそうに笑った千草の頬を、照れ隠しのように抓ってやった。



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