・銀時が鬼兵隊(テロリスト)、高杉が万事屋という逆転設定(通称、逆魂)
・銀時と高杉以外は通常設定
・マダオ成分30%、白夜叉成分70%の銀時(この話ではマダオ成分30%の銀時)
・銀時お前誰だよ
・高杉は出ません

十月十月、臥待ち月夜の彼


私が彼と出会ったのは数ヵ月前に遡る。用事が長引き帰るのが随分と遅くなってしまった日の夜。
夜道を急ぎ足で歩いていると、ふいに血の匂いが風に乗って漂ってきた。それは闇に包まれた小路から濃く匂う。
誰か怪我をしているのか。咄嗟に判断したのは職業柄というべきか。
ーー私の父は医者だ。江戸で診療所を営んでいる。私も医者として父の診療所を手伝っている。ーー
もしかしたら、やくざものか攘夷浪士が斬られているのか。厄介なことには関わりたくない。
しかし、やはり医者としては怪我している者を放って置くことは出来ないので、小路へ足を進めた。袋小路の先に腹部から大量の血を流した男がひとり、壁に寄り掛かっていた。
月明かりに照らされた髪は銀色で、顔は俯いていてよく分からない。血で汚れた蒼白い肌は張りがあるため、多分まだ若い。
腹部の切創は見るからに刀で斬られたもので、男が堅気の人間でないことは確かだった。

「あの」

声を掛けると男は低く呻いた。まだ生きている。
鼻に手を翳すと、微かな呼吸がみられた。

この人を助けなければ!

そう思った瞬間、私の身体は勝手に動いていた。気が付けば、父が所有する空き家まで男を運んでいた。大急ぎて診療所へ戻り、父の目を盗んで医療器具や消毒液、薬を持ち出す。
私が病院や父の診療所へ男を送らなかったのには理由があった。
男が指名手配中の過激派攘夷志士だったからだ。

それほど深い傷ではなかったが、男は血を流し過ぎていた。輸血をしようにも男の血液型が分からない。出来る限りの処置をした後は男の生命力に懸けるしかなかった。一夜を明けた頃に、男は目を覚ました。最初、抜き身の刃のような目を向けられたが、私が無害だと知ると「命の恩人だな」と、ぽつりと呟いて、おとなしく横になった。

それから、私は男の治療に専念すべく、父に医師の研修会に出てくると嘘をついて空き家に足しげく通った。男の体質と言うべきか。一週間ほどで傷口が殆んど塞がったのには驚かざるえなかった。此まで色んな患者を診てきたが此処まで傷の塞がりが早い人間は初めてで、人体の神秘に驚かされた。
同時に此で男と会うのはもう終わりなのかと思うと少しだけ寂しくなた。定期的に傷の様子を診たいと言えば、意外にも男はすんなりと応じてくれた。それが、私と彼の逢い引きの始まりである。

彼と逢う日は決まって、十六夜の夜であった。
それは彼が決めたことだ。特に意味はないらしい。私と彼が出会った日が十六夜の夜だったという単純な理由。
私と彼は逢って、特に何をするわけでもない。
お酒を呑んだり、怪我の処置をしたり……。本当に何もないのだ。
一度、そういう雰囲気になった時、彼に口づけられたことはあったが、私が不馴れさから身を固くすると、彼は何を勘違いしたのか「悪い」と呟いてそれ以上のことはしてこなかった。

過激派テロリストと呼ばれてはいるけれど、根っからの悪人だとは思えなかった。
ーー彼からは何時も微かに血の匂いがするので、人を斬っていることは確かだがーー
もしかすると根は優しい人なのでなかろうかと、何処と無く感じていた。

今夜は臥待ち月。そして、十月十日。彼の誕生日である。どうしても誕生日を祝いたくて、前回逢った時に、この日を指定して約束を取り付けたのだけれど、彼が来るかは確証が持てなかった。
夜も随分と更けたが、彼はまだ来ない。

待てど暮らせど来ぬ人を……。

宵待草の歌にある一節が頭の中に浮かんで、知らずと口遊んでいた。

かたり、と戸が音を立てる。笠を目深に被り藍色の着流しを着た男が姿を見せた。腰には刀を差して、手には金木犀を持っていた。何とも珍妙な似合わない姿。来てくれたことへの嬉しさに私は一笑する。

「来ないかと思いました」
「酷ぇ思われようだな。俺はね、約束は護る男なの。これ、部屋に飾ってくれよ」

彼は金木犀を差し出した。甘い匂いが鼻を擽る。

「まぁ、金木犀!どうしたんです?」
「来る途中でな、見つけた。俺、この甘い匂いが好きなんだよね。腹減るっつうか……」

何とも彼らしい言葉に私はクスクスと笑った。
逢瀬を繰り返すうちに、彼という人間を少しずつだが知るようになった。私と逢うときの彼はテロリストに似つかわしくない、のんべんだらりとした男となる。甘い物に目がなく、お酒と幽霊に滅法弱い。

「ありがとうございます。今、温かいお茶を淹れますから」
「おう。今夜は少し寒ぃからな。温かいいちご牛乳たのまぁ」
「そんなの、ありませんよ。飲みたいのなら、コンビニで買ってきて下さいな」
「指名手配犯がコンビニに行けるかっての」

彼はぶつぶつと文句を漏らしながら笠の顎紐を解いた。笠の下から現れた銀色の髪が、窓から差し込む月灯りに照らされて宝石のように爛然と輝いていた。この光景を見るのも、私の密かなる楽しみのひとつだ。

彼が持ってきた金木犀を花瓶に挿して、私はお酒の代わりに、お砂糖とミルクがたっぷり入った紅茶を用意した。そして、彼のために甘めに作ったガトーショコラを小皿に乗せる。

「今日はね、ちょっと趣向を変えて洋風にしてみたんです」

私がケーキを差し出すと、彼はパッと顔を輝かせた。
普段、だらりとした冷たい目をしているくせに甘味を前にすると、紅い目を爛々と輝かせ嬉しそうにケーキを頬張る。
女子か、と内心でツッコミをいれつつも私は彼のこの顔が堪らなく好きなのだ。

「ケーキを用意してくれてるなんてな。なに、今日はどうしたの?」
「あら。今日は貴方のお誕生日じゃないんですか?」

彼は紅い目をぱちくりとさせた後、思い出したように頭を掻いた。

「あー。そうだったな。すっかり、忘れちまってた」
「どうして、俺の誕生日を知ってんだ」
「……ずっと前に、教えて下さったじゃありませんか。貴方、随分と酔っていらしたから、覚えていらっしゃらないでしょうけども」
「……そーだったけ……覚えてねぇや」

彼はケーキを食べた後、満足そうな顔をして私は膝を枕にして寝転んだ。食べた後に直ぐ横になるのは身体に悪いと何度も言っているのに彼は聞く耳を持たない。そんな私も彼に膝枕をするのは悪い気分ではなかったし、彼のふわふわと綿毛のように柔らかな銀髪を撫でられることに喜びを感じていた。

「今更だけど、あんたの名前……なんて言うんだ?」

ふいに掛けられた言葉に私は面食らった顔をした。
まさか、彼が私の名前を訪ねてくるなんて思ってもいなかった。

「千草といいます」
「ふーん。いい名前だな。……あんたは俺の名前、知ってんだろ?」
「……ええ。指名手配犯の坂田銀時さんでしょう?」

からかい混じりの口調で言うと、銀時さんはやっぱりというふうに肩を竦めた。

銀時さんの手が伸びてきて、私の頬を撫でた。大きな温かい手。私はこの手が好きだ。
彼の掌に頬を擦り寄せると、銀時さんはクスクスと笑いながら「なに、いつになく甘えてくんな。珍しい」と優しく穏やかな声音で言った。
胸がきゅうっと締め付けれた。
此は恋心なのだろうか。愛しいと、この人の傍にずっと居たいと。何時からかそう思うようになっていた。幕府に追われる人だから、実らぬ恋とは分かっていた。だから、私のこの気持ちは彼に打ち明けるつもりはない。

そのつもりだった、のに。
銀時さんの柔らかく細められた目に惑わされたかのように、私の口は勝手に動いていた。

「……あの、宜しかったら来年も……ううん、この先も一緒に、貴方の……銀時さんの誕生日を祝いたい」

銀時さんは赤い瞳を瞬かせ、それからくすりと笑った。上体を起こした銀時さんが私の顔を覗き込んだ。

「なぁ、ちゅーしていい?」
「……そーいうこと、聞きますか。普通」
「だって、この前キスした時、お前めっちゃ固まってたし……一応、確認しとこうと思って」

彼が私のことをどう思っているかなんて、知らない。
もしかしたら、都合のいい女として使われているだけかもしれない。でも、私はそれでも良い。銀時さんの隣にいれるなら、それでいいの。

「それなら、心臓が止まるようなキスをして下さい」

我ながらなんて乙女思考な言葉。幾つだ私。恥ずかしくて顔が赤くなる。銀時さんの紅い瞳が悪戯めいたように細められた。

「案外、乙女思考だな」

揶揄が含まれた言葉に、私は言い返えそうと口を開いたのだけれど、銀時さんの唇に言葉を呑み込まれてしまった。
二度目のキスは優しくて、甘美で、私の心臓は爆ぜてしまいそうだった。

結局、私の来年も誕生日を祝いたいという言葉に対する返答は得られなかった。代わりに

「千草。今度逢うときは、ちゃんとイチゴ牛乳買っておいて」

と、次に逢うことを約束してくれた。
肝心な事は口にしないで、イチゴ牛乳なんて。ほんと、ずるい人。


※さかたん2017project様に参加・寄稿させて頂きました。


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