最終章ネタ。
宇宙から帰ってきた辺りの束の間の逢瀬。





久しぶりに顔を合わせたその人は少し疲れた顔をしていた。そして、沢山の傷を作っていた。

「よぉ、久しぶり。髪切った?」

口端を持ち上げてへらりと笑う姿は宇宙へ行く前と変わらない。

「切ってませんよ。タモさんみたく挨拶にしないで下さいな」

銀さんが、皆が無事に帰って来られますようにと願掛けの意味を込めて、この騒ぎが納まるまで切らないと決めている。
銀さんは鼻をほじりながら、ふーんと返した。

「お帰りなさい。どうぞ、入って。夕飯食べていって下さいな」

一笑して、銀さんを迎え入れた。
風呂を沸かして、銀さんが湯船に浸かる間に夕飯を作る。顔を火照らせて風呂から上がった銀さんに、普通過ぎる夕飯を振る舞った。
その後、二人して缶ビールを空け、他愛もない会話を交えて慎まやかな晩酌をする。
何処の星で何をしていたのか。気になるところだが、それを聞くのは野暮だ。

「今日、泊まっていって……下さい」

つ、と銀さんの傍へ膝を寄せ、畳の上に付いていた手に、そっと手を重ねる。

「……何時になく、積極的だなぁ。……まぁ、そのつもりだったんだけどな」

記憶の中にある掌より、少しだけ節くれだっていて、硬い。嗚呼、木刀を沢山握っていたんだなぁと頭の片隅で思いながら、降ってくる口付けを受け入れる。
布団敷くか、と気遣ってくれたが首を横に振った。

「今すぐ、欲しいの」

そう甘えた声を出すと、銀さんは一瞬、目を見張った後、くつりと笑った。

「やらしーね。いつの間に、そんな誘い方、覚えたの。俺以外の男の前で、使うんじゃねぇぞ」

銀さんにしか使わないよ、と口に出そうとした刹那。口を塞がれた。噛み付くような荒々しい口付けだった。でも、私の身体を愛撫する手付きは優しい。久しぶりに感じる銀さんの温もりに、蕩けてしまいそうだった。

私達は互いの熱を求めるように、夜もすがら抱き合った。
身体中の力が抜けて、とろとろとした睡魔に襲われ始めた頃。
もぞりと隣で動く気配がした。衣擦れの音が暫く続いた後、ふと私の前に気配が落ちた。武骨な手が頭や、頬を撫でる。

「ちょっくら行ってくるよ。……夜は夜明け前が一番暗い。だが、約束する。絶対に夜明けを取り戻してやらぁ」

夜の静寂を切り裂かないような、静かな声で、しかし穏やかな口調で銀さんは言った。私は応えず、狸寝入りを続ける。

「……愛しているよ」

ぽそりとした囁きの後、唇に柔らかな感触が落ちる。胸がきゅうと締め付けられた。今すぐ跳ね起きて、彼を抱き締めて沢山口付けてやりたい衝動に駆られた。それを必死になって抑え、私は無言で彼を見送る。

畳を擦る音と、玄関の扉が閉まる音を耳にし、漸くほっと息を吐いた。
夜明け前が一番暗く、一番辛い。
闘うことの出来ない私は、只彼を待つしか、彼らの、地球の無事を祈るしかないのだ。何も出来ない自分が情けなく、悔しかった。だから、彼らが帰ってきたら笑顔で、お帰りなさいと言ってやろう。彼の大好きな、餡子がたっぷりつまった甘い大福を用意して出迎えてやる。そう心に決めた。

「いってらっしゃい」

漸く口にした言葉。朝またぎに出立した彼の耳にはもう届かず、暁の闇に呑み込まれて消えた。





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