※大正パロ
ポエマーな執事坂田


暖かな陽射しが窓まから差し込む朝の時。
その男(ヒト)はやってくるのです。
三回のノックの後、
「お嬢様。お早う御座います。起きていらっしゃいますか」
と耳に馴染む声が、ドア越しに聞こえてくるのでした。

「ええ。もうすっかり目覚めてしまったわ」

ネグリジェ姿のまま、机に向かって書物をしていた私は、万年筆を置いて
「どうぞ。入って宜しくってよ」
と声を出すのです。
それが彼を私室へと招き入れる合図でした。

「失礼致します」

銀色の髪に黒いスゥツ姿の長身の男性が、頭を下げながら入ってきました。
白い手袋を嵌めた手の上には英国製の紅茶のポットと紅茶茶碗が乗ったお盆。

「英国にはモォニングティの文化があるそうで。今朝は英国風にウィリアムソン社の紅茶をお持ち致しました」

彼は内で執事を務める坂田さんというお方で、私のお世話係も努めていました。
表向きは執事となっていますが、坂田さんは実は帝国陸軍で少佐の地位にお付きになっている軍人さんでした。彼の素性はよく知りません。士官学校出の、しかも若くして佐官に登り詰めることは異例中の異例であると、お父様が仰っていました。
世界は恐慌の真っ只中。没落する貴族たちが後を経ちません。しかし、軍国を目指す我が国は軍事景気に湧いていて、貿易商を営むお父様も軍事物資を輸入し軍と手を結ぶことで、伯爵家の地位をなんとか保っているのでした。
そんな内をよく思わない輩は多く。また、お父様は敬虔な国粋主義者でしたので、アナキストの方々に狙われることもありました。その手は娘である私にも向けられるのです。
そこで、お父様は以前からお知り合いだという坂田さんを私の護衛としてお付けになられたのでした。
実際、坂田さんは軍人さんと感じられないほど、完璧な執事を演じられているのです。

「今夜は、××様の夜會にご招待頂いております。次期内閣総理大臣とのお噂がある××様や、高杉財閥の当主もご参加なされるとか」
「まぁ。……それは、もう。聞いただけで肩が凝りそうな夜會ですわね」

坂田さんは優雅な所作で白磁の紅茶茶碗に透き通る琥珀の色を注いでいきます。
かちゃり、と小さな音を立てて机の上に置くのでした。

ーーなんだか、緊張してしまうわ。

ずっと女学校という花園で生活してきた私にとって若い殿方と二人きりになることなど、殆ど経験がないに等しいのでございます。
坂田さんと二人きりになるのは未だに慣れず、照れ臭く、胸がむず痒くなるのでした。

「お嬢様。蜂蜜、お入れしますか?」
「ええ。頂けるかしら」

坂田さんは蜂蜜がたっぷりと入った小瓶の蓋を開け、スプゥンで黄金色に輝く蜂蜜を掬いました。
机の上にある紅茶茶碗までスプゥンを運びますと、スプゥンの先からとろりと溢れ落ちた蜂蜜が、私の足の甲に落ちたのです。

「大変、失礼致しました」
「いえ、いいのです。それより、拭くのを頂けるかしら」
「……私が拭いて差し上げます」

失礼致します。
そう呟いた坂田さんは膝を降り、私の足を手に取り、足の甲に落ちた蜂蜜を赤い舌で舐めたのでした。

「さ、坂田さ…ひゃっ」

思わず小さな悲鳴をあげてしまいました。
そんな私を他所に、坂田さんは足の甲を、裏を、指をまるで飴を味わうように丁寧に舐めていくのでした。
くすぐったさに身を捩りますが、それと同時に下腹部が妙な熱を持つのです。
どうしようもなく疼いて、ぬめりけを帯びたモノがとろりと溢れ出てくる感覚に背筋が慄くのでした。
襲いくる甘美な酩酊感は、まるで上質な葡萄酒を飲んだ時のようで。

「さっ、あっ……さかた、さぁっ……だめ、です……っ」
「お嬢様の喘ぎ声はまるで、カナリアのようですね。もっと啼かせたくなる」

坂田さんの手がネグリジェの裾を捲り、舌が、視線が這い上がり、私の熱く疼く秘所を見つめるのです。

「お嬢様の此処は、実に美しい」

太腿を持ち上げたまま、坂田さんは感心したように呟きました。
あまりにも恥ずかしい体勢になってしまい、慌てて足を閉じようとしますが、坂田さんはそれを許しては下さいません。

「淡い桃色に色付いて、甘美な匂いを漂わせ、甘い蜜を滴らせ、男を惑わす」

まるで歌うように囁いた坂田さんの紅い瞳が、じっとそこを見詰めてくるのです。
恥ずかしい。恥ずかしい。
しかし、私の奥底に潜む女は坂田さんの視線に快楽を感じ、ひくつき、恥辱にまみれた蜜をとろりとろりと溢れさせるのでした。
はやく、はやく触って欲しいと。

「……はしたないお嬢様ですね。上の口は淑女めいた事をお言いになられながらも、此処の口は女を匂わす」

坂田さんの白い手袋で覆われた手が、ぬめり気を帯びるそこに辿り着き、くちゅりと湿った音を立てて侵入してくるのでした。

「坂田さ、あっ……!」
「物欲し気な目で見やがって。とんだ淫乱お嬢様だなぁ」
「やぁっ……っ、あ、だ、誰かに、みられたらっ……」
「安心しろって。鍵はちゃあんと閉めといたからよ。……我慢できねぇくせに。俺が欲しいんだろ?……だったら、声を抑えて下さいませ。お嬢様」

春の匂いを運ぶ風は、レェスのカァテンを揺らし、そうして、淫らな行為に及ぶ私たちを包み込むのでした。
此れは、私と坂田さんだけしか知らない、二人の蜜事。


大正時代の女性は下着を身に付けていなかったらしいので、その前提で書きました。
国粋主義:国の文化や政治や思想を推奨する主義
アナキスト:反国家主義者
軍人が佐官クラスにいくには、幼年学校→士官学校→軍大学を卒業しなければなりません。



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