それなら喜んで

「守屋、誰やこいつ」
「……」

雲居先輩が睥睨するように立花君を見下ろしていた。同じように立花君もいつもの感情の読めない瞳で先輩を見上げており、僕より背の高い二人に挟まれる形になった僕は「あ、ええと、こちらは僕の友達で、立花京君って言う…」となぜかしどろもどろになりながらも友人の説明をしようと思っていたのだけれど、同級生と先輩はにらみ合ったまま少しもお互いから目をそらそうとしない。そして多分聞いていない。その対角線上に僕の頭があるわけでものすごく威圧感がある。そうだった、だいぶ更生したとはいえ、彼ら二人は気に入らない他人を傷つけることに対して実に寛大な態度をとっていた青年たちであった。一服盛られて体の自由を奪われたり、ミイラにされそうになったり、パシらされたり、料理を台無しにされたり、僕自身結構ひどい目に遭わされていたことを、今更ながらに思い出す。ストレートに入学していた二人だから途中編入の僕よりキャリアがあり、おいしいご飯をごちそうしてくれたり、知らない調理法やスパイスなどを教えてもらったりと、それと同じくらい心地いいことももたらしてもらっているけれど。
ただ、過去のトラウマが原因でジャンクフードしか食べなくなったという立花君とジャンクフードを毒を言い切る雲居先輩が居合わせてしまったことは、そしてこのようにお互いをどうにも気に入ってはいないだろう状況になってしまったことは、不運だとしかいえない。組長さんの一件以来雲居先輩にアシスタントとして顎で使われることはなくなったけれど、相変わらず携帯の番号は知られたままだし、放課後呼び出されることが無くなったわけでもない。おい守屋、と先輩が二年生のクラスから僕らの学年の教室までわざわざお越しくださったときに僕は立花君と煮物とスパイスについて談義していた、そして先輩と同級生が正式にお互いを認識してから、この状態だ。不運だ。僕が。
先輩は先ほど立花君を誰だと言ったけれど、スパイスの天才の呼び名と、赤い髪で覆面バンダナというひときわ目立つ風体をしている彼のことを知らないということはないだろうし何も答えない立花君にしたって、クレイジーとかストレンジとかでいろんな意味で有名な雲居先輩のことを知らないまま学園生活を送るなんてことはなかったことだろう。多分。

「えーっと、…あの…先輩は一体、なんの御用でいらしたんですか?」

近寄りがたいと認識されているらしい立花君と雲居先輩がにらみ合っている空間に口を挟んでくる同級生はおらず、授業が終わっていることもあってひとり、またひとりとそろそろ教室をあとにしていく。その中の一人になった森崎君が同情したような視線を寄越してきたが彼にしても助けてくれる気配はなく、気がつけば僕らは広い教室の中、ぽつんと取り残されていた。僕も帰りたい。怖い。さっきからドグマが耳元で「あと5分以内に部屋に戻り今日のノルマをこなさぬと削ぐぞ」と僕にしか聞こえない声をかけてくるのでますます気が気じゃない。しかしドグマも助けてくれない。自力で脱出しろということか。本日は桂剥き5メートルに挑戦しなければならない僕としては時計確認もしなくてはならないしほんとまじ勘弁してほしい。気まずい状況を打破すべく、雲居先輩に対して水を向けると、ようやく先輩は視線を外した。それを皮切りにか、立花君が身支度を整えた。面倒くさがりな彼のこと、どうやら煮物に関して今日はもう教えてくれないみたいだ。大根の煮物を作ろうと思っていたのだが仕方ない。立花君は静かに言った。

「守屋君、俺帰るね」
「あっご、ごめんね立花君、引き止めちゃって…。また今度、教えてね」
「じゃ」

立花君が教室から出て行った後、それを無言で見ていた雲居先輩がケッとくわえていたカニを吐き捨てた。ケッて。

「お前、友達とかいうたか。陰気臭いもんばっか食ってそうな顔しとるむかつくガキやな。好かんわ。守屋、付き合う相手は選びや」

実に不快そうに先輩は言った。人の交友関係をばっさりと切り捨てられたが、僕としては何を考えているかわからなくてどこか怖いという点においては大差ない二人である。同属嫌悪だろうか。「先輩が言いますか…」思わず引き笑いをしてしまった。そういえば先輩はある事情で付き合う相手の立場ばかりを気にして、お眼鏡にかなわなかった人間をすべて排斥していたこともあった。しかし、そんな二人にだって尊敬すべきところはあるのだ、何を判断基準として好かん!と断言するのか僕にはわからないけれど、先輩は立花君の長所を知らないだけである。

「あ? なんか己の蹴り食らいたいみたいな発言したか今?」
「なんでもないですけど、ええと、立花君はいい友達、だと思ってます」
「わけわからんわ、お前。己の元アシスタントに変な味付けられたらかなわんねん、こっちは。って、あーそういや用あったんやった。守屋、お前今日暇か」
「あ……すみません、今日は僕、桂剥きが…」
「はぁ?」
「どうしても今日は桂剥きをしなくてはならないんですごめんなさい!」
「ええ度胸やな?」
「すみませんすみませんすみません」

ちらっと時計を見るとドグマの警告した時間まで2分を切っていた。僕の視界の隅ではドグマがキリキリキリと刃物の手入れをしだしている。刺される。いや、削がれる。鼻とか間違いなく削がれる。焦るしかない。「すみません先輩今日だけは! 今日だけは時間がないんです! 明日以降ならいつでも絶対に先輩のために何時間でも時間を取りますので! ほんとに!勘弁してください!」削がれるのは論外だが先輩に蹴られるのもカニで刺されるのもごめんで必死に頭を下げていたら、下げた後頭部に手を当てられヒイっと間抜けな声を上げてしまった。このまま地面にがんっとされてしまったら削がれる鼻すらなくなる、と恐怖に目をつぶったが、叩きつけられる衝撃はいつまでも訪れず、かわりに。
ぼすんと。
先輩の手に従い、その胸板に顔をうずめることになった。あれ? なに? 窒息させられるの? 新たな恐怖が芽生える。

「…言うたな?」

先輩の体から声が聞こえる。

「え?」
「己はまだ何の用事かどうかも言ってへんで? 断るチャンスをお前、逃したんやで。もう拒否は認めたらへん、付き合えや」
「え、え、え、え」

なにさせられるんだろうなにさせられるんだろうと迫り来るタイムリミットへの恐怖とともに僕の心臓はいやがおうにもバクバク激しく鳴っているのだが、先輩のほうは至って凪いだままの心音である。いったいどんなえげつないことを一緒にさせられるのだろうか、と思うとひくっとのどの辺りで変な音がした。

「……墓参り。付き合えや」

そう言って先輩は僕の体を突き飛ばすように離した。

「え?」
 
はかまいり? 僕の中で先輩に対するいろんなことが思い出されて、荷物を担ぎなおして帰ろうとする雲居先輩の後姿に声をかける。

「あの! 喜んで! ――ありがとうございます!」
「なんでお前が礼言うねん」

かすかに笑われた気がした。
さっきとは違う意味で下げた頭を再び上げたとき先輩はいなかった。立花君にやたらと険のある発言をしたのも、普段の先輩だったら絶対に口にしないようなことを僕なんかに言おうとしてのことだったのかもしれない。無人になった教室で、先輩にあちこちかり出された日々を思うとふらっとくるものがあるけれど、出会えてよかったと思う。クロダさんのお墓参りに連れて行ってもらえる、それが先輩にとってどれだけ意味のあることなのか、少しくらいは僕にだってわかる。立花君も、さっきのことをきっかけに先輩のことを嫌わず、話してくれるといいな。
とか思っていたらドグマの刃物の素振りで我に返り、残り時間が1分を切っていることを確認することになった僕は寮までの道をダッシュすることになったのだ。…あれ、そういえば先輩ったら僕と同じ部屋なのに、どうしてわざわざ教室まで来てくれたんだろう。どうせ同じ部屋で眠るのだし、いつでも時間はあっただろうに。不思議な話だ。
先輩の心音は静かなままだったんだ、まさかそれすらわからないほど興奮して僕に会いに来たとか、そんなわけもあるまいし。



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