はいかイエスで答えなさい

 
 
アンケート企画作品
愛のかたちを教えて の続き
 
 
 
 
 クラスメイトの赤司くんにカッターナイフで脅されながら婚約届を突きつけられて結婚を前提とした交際を迫られてから早二週間。意外にも衝突やすれ違いも無く順調に滑り出した不思議なお付き合いの中で、私は徐々に彼について知っていく訳だけれど。知れば知るほどアクが強い。強すぎて胸焼けしそうなほどに、アクが強い。
 
 決して私は彼のことが嫌いな訳ではない。けれど恋い慕うほど好きでもない。婚約届を受け取った次の日そんな相手でいいのかと問えば、赤司くんは平然とした顔で「きみと僕がともに過ごすのは必然であってきみの気持ちとは関係がない、それに僕がきみを愛している」と答えた。なんてことだ。私に人権は無いのか。私に別の想い人が居たらサクッとビンタぐらいはされているのではないだろうかという発言である。……私も私だ。ちょっとくらい怒りや苛立ちを感じたって罰は当たらないだろうに、何故か赤司くんなら仕方ないと諦めてしまっている。決して赤司くんが時々手にするカッターナイフやハサミや刃物の類が怖い訳ではない。決して。決して。
 
「あ、赤司くん、あの」
「何かな」
 
 何かな、じゃない。教室の真ん中でいきなり抱き締めておいてそれは無いだろう。そんな訳で私は今赤司くんの腕の中に居ます。付き合い始めて最初のハグが放課後のまだ人の居る教室ってムードも糞も無い。もぞもぞと赤司くんの腕の中で身じろぎしながらその顔を見上げる。ごくごく普通に目が合った。……いや、当たり前みたいな顔して何をしてるんだ。放課後の教室は人もまばらだが、とはいえ周りの目が痛い。酷く痛い。なんだこれは。こんなことになってしまった理由を一生懸命探してみるけれどどんなに考えても「呼ばれて、行ったら、抱き締められた」というそのスリーステップしか思い出せない。うーん。
 
「急に、どうしたの」
「恋人を抱き締めることに理由が必要かい?」
 
 必要無いかも知れないけれど、世の中にはTPOという言葉があるんだよ赤司くん。時と場所と場合。確実に恋人を優しく抱き締めるのに適した状況じゃないよこれは。ほら、そこでこっちを見てるクラスメイト達の顔が見えますか。冷やかされるのは主に私なんですよ、征十郎くん。
 
「赤司くん、部活遅刻するんじゃ」
「行く前にきみを抱き締めたかった」
 
 しばらく会えないからね、と言う赤司くん。いや明日になればまた会えるよね?それは別れを惜しむほどの時間なのだろうか。そして人目を憚らずに抱き合うほどの大事なのだろうか。腕の中はあったかいしふんわり抱き締められる心地は悪くないけど、如何せん恥ずかしい。未だ解放してもらえない私はぽんぽんと赤司くんの腕を叩いて解放をアピールしてみる。
 
「なまえ」
 
 あ、無視された。ということはまだもう少しこの羞恥プレイは続く訳ですね。いつまでこんな恥ずかしい思いをしていなければならないのだろうか…とぼんやり考えながら名前を呼ばれたので返事をしてみる。なに?
 
「一緒に帰ろうか」
「え、部活……」
「行ってくるよ、今から」
 
 ……えーっと。赤司くんの提案を咀嚼して、ゆっくり飲み込む。飲み込みたくないけど飲み込む。それはつまり、ここで赤司くんが部活を終えるのを待っていろ、ということなのでしょうか?3時間近く?一人で?ぽつんと?
 
「きみはこの前出された数学の課題を提出していないね」
「うっ」
「それをしながら待つと良い」
 
 腕の中の私にだけ見える角度で柔らかく笑んだ赤司くんに一瞬見惚れて、思わず頷いてしまった。嗚呼、はなからこれは提案などでは無くて決定事項だったのだ。たぶん今日から私は毎日ここで彼を待つことになるのだろう。赤司くんは心なしか満足気な顔でじゃあ行ってくるよ、と私の頭を撫でた。
 
「僕が帰ってきた時に課題が終わっていなかったら、…分かるね?」
 
 教室を出る間際に赤司くんから落とされた爆弾に、私は慌ててカバンから数学のワークを取り出してシャーペンを握るのだった。
 
 
(120806)

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