愛のかたちを教えて

 
 
 あいしている。
 
 ただのクラスメイトだった赤司くんに突然そう言われて驚くなという方が無理な話だ。誰も居ない夕方の教室で時間が止まったみたいに沈黙が流れ、私は目の前の髪の赤いおとこのこから無表情に吐き出された先程の台詞の意味を理解しようと奮闘していた。日直の日誌を抱えたままその揺らがない瞳を見つめる。
 
「えっと…え、?」
「聞こえなかったのならもう一度言うよ」
 
 きみをあいしている。
 
 十に満たない数の音が持つ意味をようやくじんわりと理解して、まばたきを数回。どうやら私は彼に告白されたらしい。沸き上がる大量の疑問達は大渋滞を起こし、私の口からはつっかえたように何の言葉も出てこようとはしない。相も変わらず何の感情も映さない瞳にややもすれば自分が何を言われたのか忘れてしまいそうになる。……兎角、どういうことなのか事情から説明してもらわないと、
 
「え、や、赤司く」
「嫌?君にその言葉を発する権利は無い」
 
 えっ。信じられない言葉に耳を疑う。あ…赤司くんってこんな人なの?あまりクラスで積極的に発言する方ではないし目立つような行動も少ない赤司くんについて私が知っていることと言えばバスケ部であるということくらいで、逆に言えば本当にその程度の関係なのだ。会話をした回数は片手で足りる程、それもごくごく些細な挨拶くらいのものだったし、内容も覚えていなかった。このどこに告白される要素があるのか全く見当がつかない。
 
「僕は君を愛している。だから君も僕を愛するべきなんだ」
 
 ……なに、え?聞き間違いでなければ今彼はとんでもなく身勝手な理論を口にしなかったか。唖然とする私だが赤司くんは至極真面目な顔だった。再三吐かれた愛を告げる言葉がもしも悪い冗談の類などではないのだとしたら、私はどうも彼に愛されているらしい。が、全くと言って良いほど身に覚えが無いのだからどうしようもない。人違いなのではなかろうか。
 
「あの…私のどこが…?」
「全てだよ」
 
 遮るように、そして何を今更というニュアンスすら含んだトーンで赤司くんは即答した。なんて抽象的な。戸惑う私に赤司くんは鞄から何かの書類を取り出して私に突き付けた。几帳面な字が並ぶそのぺらぺらの書類は。
 
「結婚しよう」
「………は、」
 
 絶句する私の眼前には婚姻届。赤司くん側の必要事項は全て書き込まれて丁寧に印鑑まで押してある(名前、征十郎っていうんだ。知らなかった……)。ほんの数ヶ月前まで中学生だった私にはいきなり突き付けられた結婚というものへの実感が微塵も湧かず、それ以前に顔と名前しか知らないと言っても過言ではない男の子に自分が愛されているという事実ですら未だ飲み込めていないというのに展開が速すぎる。というか日本の法律によれば私達はまだ結婚出来ないはずなのだけれど。
 
「赤司くん、あの、むり」
「僕に逆らう者は親でも殺す」
 
 平然とした顔でそう言い放った赤司くんの手には、どこに隠し持っていたのかカッターナイフが握られていた。カチカチと音を立てて刃を繰り出す様子に顔が引きつる。にこりとも笑わない赤司くんは冗談でそうしている訳ではなさそうだった。ええええさらっと脅迫してきやがった…!震え上がるしかない私はじりじりと後退りながら必死に作り笑いを浮かべる。
 
「いや、あの、日本じゃ男の子は18歳からしか結婚出来な、」
「知っているよ。別に今すぐという話じゃない、これは君に預ける」
「え……あ、どうも」
 
 婚姻届をぴっちりと四つに折り畳んだ赤司くんがそれをこちらに差し出す。視界の端に赤司くんの握るカッターナイフが見えている私に受け取る以外の選択肢は無かった。断れば何をされるか分かったものではない。西日を反射して光る鉛色の刃にはやけに存在感があった。
 
「君が記入して、然るべき時に提出してくれればいい」
 
 そんな日は一生来ないのではないだろうかと頭によぎった言葉は飲み込む。言えば最後彼の握るカッターナイフの刃が翻って私を襲う気がしてならなかったからだ。私の眼前には今、「結婚」か「死」か、という16歳からは最も掛け離れているであろう事柄が同時にぶら下げられている。
 
「男女は結婚の前に恋愛をするんだろう?」
 
 それはその後に出すように、と。もう私が受け入れることを前提として話を続けている赤司くんのハートの強さに場違いな感服を覚える。まさか自分のクラスにこんなえげつない人がいるとは思わなかった……決して小さくない衝撃を抱えつつ、ひどく端正なのに感情の機微がひとつも読めない赤司くんの顔を見つめる。
 
「僕は……僕らにおいては、恋愛なんて段取りは無駄だと思うけれどね」
 
 赤司くんはそう言って私の手を取る。そのまままるでおとぎ話の王子様よろしく目を伏せて私の手の甲に唇を寄せた。そしてゆっくりと瞼を上げて視線で私を射抜き、出会って以来初めて見る微笑をその顔に浮かべながら言う。
 
「君は僕のものだ」
 
 ……だから予定調和以外認めない、と言い放ったクラスメイト改め許婚に、眩暈がした。
 
 
(120706)

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