45.Dawn (1/6)
月が見守る真夜中、
街中を、無数の檻をふよふよ浮かせながら、歩くのは正直しんどかった。
なるべく目立たないように暗い道を、イルに選んでもらいながら、俺はその彼に背負われて、
リゼが前を歩いて、ふよふよと念力でポケモン達が入っている檻を持ち上げてとてとてと歩く。
うん、奇妙である。
通行人にはぎょっとされて見られたが「今夜は何かのイベントだったのかしら」という呟きを聞いた。どうやらふれあい広場から、明るい光が放たれたり、宇宙人みたいな人が集まっていたりしたらしい。………何も言わずにそっと俺らは立ち去った。
「レオちゃん」「ん…」
「大丈夫?」ゆさゆさと揺さぶられながら背負われていた俺が暫し沈黙だったのを心配して、イルが声をかけてきた。俺は小さく返事して頷く。大丈夫、ではある。開かされた傷や、江臨に負わされていた傷の横腹やら、ずきずきと痛むが、許可範囲内。血は多分止まっているであろう。(中着が明らかに汚れてしまってるけれども)
心配されるほどのなにかをしただろうかと問えば、逆だと言われる。
「何も反応がないから」確かに、イルの言う通り。ちょっと、ぼんやりしていたかもしれない。そう告白すれば
「それが不安なんじゃない」と溜め息を溢される。勘弁してよね、とも聞こえた。大して話したいこともないから、故に沈黙でいたのだけど。
そして今も話したいことは見付からず、そっと抱き付くように首に回していた手で、後ろからは白銀しか見えない髪を撫でればまた溜め息が聞こえた。解せない。リゼのくすくすと微笑む声も聞こえた。これは、…よく分からないけど、可愛いからいいのだろうか。
また沈黙を守りながら、かつかつかつ、と夜の路地を歩く。リゼは危なげなく檻を運んでいく。中のスボミーやビッパ達は疲れきっているのか眠っている。静か、である。
「………あのさ」こんな沈黙の時、以前までの俺はなにを話していただろうと思考を巡らせていた時、再びそれを切ったのはイルである。
「あのポケギアの相手、本当にあのチャンピオンのダ、」「それは聞かない約束」
「………、………、うん」今までぼんやりしていたのが嘘かのように、ダイゴ、その名を最後まで聞かずに、恐るべき早さで声をあげていた。聞くな。命令さながらの俺の危機迫っていた言葉にイルが吃りながらも頷いた。引き気味である。リゼもびくりと肩を跳ねさせてこちらを振り返っていた。引き気味である。
ギンガ団、幹部のサターン、そして、アースのポケモンだという火怨。
彼らと、ついさっき、バトルをしたのだ。
ふれあい広場にて。
対抗したのは、俺を今、背負ってポケモンセンターへ向かってくれているイルと、ポケモンが中にいるものの、開け方の分からない檻持つ役目を負ってくれた、この、小さなキルリアのリゼだ。
リゼは、まだ幼い。そして、野生のポケモンで、箱入り娘だったようでバトルとは無縁そうである。それを補ってくれたのが、イル。
───イルは、元々ポケモントレーナーや、ハンター、ギンガ団に追われ続ける程、珍しい、色違いのアブソルだった。
トレーナーに追われ続け、逃げつ付けれるほどイルは強い。
そんなふたりが、組んで、俺の名を受け取り、名に縛られる事で俺に手を貸してくれた。
これでどうにかサターンの繰り出したドクロッグを倒し、火怨を俺の口八丁で退け、今に至る。
火怨を倒すのは、無理ではないかもしれないにしても、できた、としても、その時イルもリゼも、俺も、無事ではないだろう。
それでは意味がないのだ。イルと、リゼに信じてもらったのだから、繋がりを、得たのだから、それでは駄目なのだ。
故の“口八丁”。
口からの出任せではない。元々、練っていた計画だ。ドクロッグに毒のトゲを突き付けられたあの時から、計算していた。
イルとリゼでバトルを進め、こちらが優勢に立った時に───ダイゴに連絡をし、声を聞かせる。そして、押し切る。───という、計画。
心が繋がっていればスムーズに運ぶだろうと思っていたからこそ、その繋がりの為に信頼を得ようとリゼ、そして何故かバトルを嫌がるイルを説得したのだけど………、
「(まさか、イルがアブソルで、リゼが進化して、なんて思わなかった)」
イルがそれなりに強いポケモンなんだろうなとは分かってはいたのだけど。
なるほど、と思った。色違いのあかいろのアブソル。珍しいし、それはそれは狙われる事だろう。
リゼの進化も、それだけの覚悟があの子にはあったということ。
「ぁ、………ありが、と」
「え?」「ありが、と、て、
………まだ、言ってなかったな、て」
思い出したように言うことではないだろうと、一先ず謝罪を呟くと、リゼがくすりと笑ってこちらを振り返った。
『大丈夫、ですよ。伝わってます』「………」
『お姉ちゃんが、悩んで、不安になりながらも、わたし達を最優先に考えて、
そして、感謝してくれてる、ということ、は』───エスパータイプというのは、こんなにも鋭いものなのか。
それ、チートだよ、ね。と誤魔化すように言えば
「そんなの、俺でも分かるよ」とイルが笑う。
終いには
「レオちゃんて、分かりやすいよ? かなり」と言われてしまい、リゼにまで肯定された。すっかり俺は居心地悪くなって肩を竦め、顔を逸らす。くすくすと息が聞こえる。きっと今俺は顔が赤い。
分かりやすい。そう言われるのは、ここ暫くなかったことだ。………昔は、よく顔に出やすいとか、言われてきたけど最近は「よく分からない」「なにを考えているのか分からない」「理解不能」と言われる事が多くなっていた。
「そ、れでも………ほんと、に、………、
感謝、してる、から、………えっと、………、」
伝わってるとは言え、それを言わなくていい、なんて理由にはならない。
なにも言わずに想いを受け取ってもらう、というのは正直とても楽だ。甘えそうになってしまう。甘えは、好きではない。
だからこそ、俺は絞り出すように、喉を震わした。
「………、
………あり、がと、………ぅ………」
戦ってくれて。
信じようとしてくれて。
縛られてくれて。
「ありが、と………」
『………はい』「…うん。
どういたしまして」歯切りが悪い口調で、ちらりと視線を戻す。イルの肩越しに、リゼがへにゃりと破顔していた。
イルの顔は見えないが、きっと、彼も笑っているんだと空気でわかった。あたたかく優しい空気だ。デートと称してこの街を歩いた時に感じたものと同じ。
あの時と、似ていた状況。
俺は歩けず、イルに抱えられている。
「………、………ありがとう」
もう一度小さな声で言って、俺は目を閉じた。
月明かり。月の下。暫く無言が続く。それからはイルも、リゼも、誰も沈黙を破りはしなかった。
そのまま歩き、数十分、ポケモンセンターについて、俺らはやっとかとため息をつく。自動ドアで迎えられ、ポケモンセンター独特の柔らかい空気感にどっしりと疲れが今さら来た気がする。
外は寒い。中のこの暖かさに眠りに襲われつつもなんとか意識を保ってロビーを見渡す。深夜故に、人気はない。しんと静まり返ってらただ明るいだけのロビーの受け付けにも誰も居なかった。
ジョーイさんは休みかなと呟いた時だ。ぱたぱたと足音。見れば受け付けの奥からそのジョーイさんが出てきた。流石だ。こんな夜にもいるのか。感嘆していると、ジョーイさんは狼狽えている様子に気付いた。それもその筈、キルリアが何故か無数の檻を浮かばせやって来たのだ。それは……狼狽える。
ジョーイさんが困惑した顔で俺を見てこの状況について求めた。俺は一瞬困ったものの、とりあえず警察にだけは言わないでくれ、とだけ返した。ため息が、静かなロビーに響いた。
完全に忘れていたのだが、四日前、俺がアースに敗れた後にここに運んだ際、シュウがジョーイさんに一度掛け合っていたのだ。
“警察には通報するな”と。
またですか。とジョーイさんの困った顔に申し訳なくなったが、彼女は本当に敏く、正義感が溢れている。弱りきったポケモン達を見過ごせなかったのだろう。「分かりました」と頷くと、まずはその檻の中からポケモン達を出す事が始まった。
やたら頑丈なつくりらしい、その檻。鍵を貰っておくべきだったと漸く思ったのは俺がロビーの椅子に下ろされ、イルとリゼ、ジョーイさんが呼んだラッキーの一斉攻撃で檻を破壊しようとした時だ。…ぬかった。
しかし、
「………ギンガ団の、科学力、すごい」
褒めたくはないが敵ながら天晴れ、である。それを、イルも同時に思ったのか俺の呟きに
「全くだよ」と同意していた。リゼも同じ気持ちらしい。こくこくと頷きながら疲れたように息をしていた。
───と、そこで俺はとある感覚を思い出す。
シンクロと言っていいのだろうか。心が繋がったあの感覚。…俺はその能力がある。今回のバトルでも大いに活躍した、能力。
「………」
ソファーの背凭れに脱力しながら、俺は眼を閉じた。
そして意識を一度消す。静寂のみが俺を支配する。まるで、無重力の中にいるかのような、力のいらない感覚に包まれた。そして、その意識を一度にまとめ、イルとリゼ、そしてダメ元でラッキーへと、向けた。
意識の網が広がる───。
その網に絡み合う。音が雑音になってノイズとなって響いた。
───繋がった。
それと同時に、一度イルとリゼとラッキーの動きが止まった。
イルのノイズは、ざ、ざ、と持続的に鳴る。リゼのノイズはほぼ感じず、音がクリア。ラッキーはほとんどノイズまみれだ。けど、それでも、心が繋がった、と確信は持てていた。
俺と、イルと、リゼと、ラッキー、なんていうちょっと変な組み合わせ、だが。
───心が繋がった瞬間、見事にさんにんの攻撃は連携された。まず、リゼがサイコキネシスで檻の鉄格子のみを固定して、ラッキーが先程よりも大きな攻撃をする。そしてイルが鎌鼬、で間髪入れずに鉄格子を切り裂く。その一斉攻撃は、無駄なく、放たれ、一ヶ所へと効率よく力が加わったのである。
結果的に、檻を壊すことに成功したのだ。
イルとリゼが顔を見合わせて、そして俺を見る。ラッキーだけが今の繋がった、という感覚に疑問符を頭の上に乗せてきょろきょろとしていたその様子を一瞥しながら、俺は頷いた。そして、また意識を集中させ、繋げた感覚をそのままに、他の檻も破壊することに成功した。
檻から出てこれたポケモン達には、特に外傷は見られなかったものの、全員比例していた。それは俺らもだが。
集中力はぶつりと途切れてそれから心を離しながら、スボミーやビッパ達をジョーイさんに預ける。リゼとイルも預けようとしたのだが、彼らは俺を心配してか、部屋まで一緒に行くと言って譲らなかった。
一先ずは、よし。
ポケモン達はきっと無事だろう。ジョーイさんに頼んで、俺はイルとリゼを連れて部屋へと戻った。
鍵は不用心にもかけていなかったようだ。ああ、そうだと少し固まりつつ扉を開けると、玄関には俺の前の靴が置いたままである。俺は靴も履かず裸足でここを飛び出したのだ。今は、新しい靴を履いているけれど、前の靴は既にボロボロで心なしかどす黒い紅色の染みが少しあった。
部屋の中は、明るかった。
リビングの電気はつけたままのようで、一瞬どきりとするものの誰かの気配は中から感じられない。───そもそも、俺はみんなをボールに入れて………そのまま、
「………、…みん、な…」
相変わらずおぶられていたが、イルに頼んで降ろしてもらい壁に手をついて、俺は部屋へと踏み込む。廊下とリビングを仕切る扉は開け放たれたまま。
少しずつ心臓が煩くなってくるのを覚える。中に入るのは、躊躇した。
「…? 何があったの、これ」「…っ」
電気のつけっぱしのリビングには誰も居ない。
ただ、机から床へと落ちて割れたらしい、ティーポットとティーカップの破片と、赤い染みが広がっていた。
赤。どく、と震えが走り音が遠く感じた。のも一瞬で、イルがそれに近付き
「赤色の、ハーブティー?」という呟きと、足にちょん、と触れ心配そうに見上げてくるリゼに、意識は舞い戻る。
大丈夫。ちょっと動揺した、だけ。血かと、思って。
大丈夫。自分にも言い聞かせる言葉をかけながら、視線をゆるりと巡らす。───床に転がる、五つのモンスターボールに、眼が止まった。
『あれ、は………お姉ちゃんの、です、か?』リゼの問いには答えられなかった。乾いた下唇を噛んでいたから。俺の、手持ちたち。
シュウは、いないのだろうか。無意識の内に彼という拠り所を求めるが、それこそ甘えだし何故か彼らしき気配はない。
訝しんだ顔で俺の横顔を見たイルが何かを悟ったのか、彼がボールに近寄ろうとした。
「待って、イル」
「レオちゃ…、」「いい」
おれが、やらなきゃいけないこと。
ことり、ボールが揺れた気がした。そのボールに近付く。俺が、自分で彼らを出さなければいけない。
俺が、彼らを閉じ込めたまま………逃げたのだから。
「………」
五つのボールを落とさぬように拾い上げる。あの頃のように笑うことができないこの顔は、どんな顔で見詰めているだろう。
壁にかけられている鏡を見る気にはならない。
時計の針だけが進む音が響く。
このまま立ち竦むのは、容易だ。
このまま、逃げ続けるのは、簡単だ。
俺がどんなにその現実を、直視してなくても、時は流れる。
空間は移り変わる。
置いていかれるのは、俺だけ。
───それでいい? 変わる理由が、俺にはなかった。
今も、その理由は見えてこない。
「(見えてこなくても、いい)」
そう思って───生きてきて、
二年、
「(変わるきっかけはなかった。
どこにも)」
だからこのままでずっと、ずっと、生きて、死ぬんだと思ってた。
の、だけ、ど、
「………───、」
かち、と、時計の長い針が動いた。俺はその時はじめて、ボールのボタンを押す決意をした。いや、決意なんて立派なものではないだろう。
死人のように硬直した指を無理矢理動かし、押して、投げ、て、
イル、リゼが後ろで見守る中、赤い光に包まれ──────彼らは、
───レオ……!───
俺の、手持ちたち、は、姿を現し、て、
「レオ………っっ!!」
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