空契 | ナノ
36.静寂 (1/6)

   
    



これは嵐の前の静けさ。

やがて、世界は一瞬で加速する。





「……でっけぇ」

見上げて俺はぽつりと呟いた。よこにが並んだアイクも同じように見上げ、後ろで縛っている緑の髪を揺らした。

「……でけぇな」

彼にしては珍しい素直な同意を頂いた。
そのことに苦笑いをしながら首を反る。そうやっても視界に収まりきらない、その山、
アイクがあっさりと俺の意見に同意するほど、この山は強大なのである。

大きく、壮大で、神々しいそれは何よりも天に近い。


───さんちゅうは いつも ゆきに おおわれ
ないぶには こうだいな めいろが
ひろがっている しんせいな やま。


「やってきましたー、inテンガン山」

ぽつり言って、俺はふぅと息をついた。壮観である。
このシンオウ地方では、とても有名な山、それがテンガン山。
かなり離れていたハクタイシティからでも、サイクリングロードから大きく、そして神聖な場所だと感じたその山が今目の前にある。
それを前に俺の心は高ぶっていた。それもその筈、このテンガン山さえ登りきれば……そこには槍の柱という、古代の遺跡がある。それはゲームの知識でもあったものだが、ミオシティの図書館にもそう書いてあった。

そして、そう簡単に登れない山とも。

「さーて、どーすっかなぁ。
一度ダメ元に登ってみるか、ヨスガシティで体勢を整えるか……」

ダメ元で、というのは断崖絶壁のこの山、見るからに険しいからである。ロアが話していた「一ヶ月くらいはかかる」と行っていた北の方からの……今は落石で塞がれていると言うあそこよりは、この207番道路から踏み入れる方が楽だろうが、それでもシンオウ最大の山である。
頂上に辿り着くまでどれくらいかかるのやら……。

「(それと気になるのは“結界”)」


───……んー、なんか、あんひとん達は“結界”がどーとか……。


このロアの言葉だ。これが気になる。
腕を組み唸りながらアイクにもたれ掛かる。嫌そうなオーラが流れ来た。サッと身を引かれた。バランスを崩しながらもアイクにデコピンをして立つ。
相棒からの反撃をどうにかかわしながら、蹴りを入れた。入った。どうだ!俺の最強無敵(シキからしたら)(そうらしい)キック!
───というのは置いといて。思考はやめない。“結界”その言葉が指すもの。

ゲームの知識を引っ張り出してみれば、ああ、そういえば、確か───頂上への道を塞ぐ壁画があったはず。
大昔に描かれた壁画のようなもの。そんな、もの。

それ、邪魔で最初通れなかったよなぁ。
で、後半に壊されてて通れるんだよ。でも、それも…なんだっけ某湖に住むポケモン達とかにも関わりがあったような、なかったような。
多分、これも“結界”。ロアが指すのも“結界”。
つまり言えることは…………これは一筋縄ではいかない、ということだろうな。


───そもそも、だ。
高い高いあの点にしか見えないあの山の頂上。霧か曇がかかっているのかうっすらしか見えないあそこを見詰める。そこに、もし辿り着けたとして、俺はどうする。

もちろん帰るさ。

そりゃ簡単な問題だと自問に答える。だが、そうもいかないだろうと返答。そうだ、忘れてた。そうもいかないかもしれない。
俺、カミサマにケンカ紛いなものを売ったんだった。


───そんなこと、知らない。

───……俺はなにもしねぇ。
───世界も、あんたらも、なにも守らねぇ。


なんて言って。て、てへぺろ! ……眼が泳ぐ。
だって、さ。意味わかんねーんだもん。
なんだっけ、なんて言われたんだっけ?
…見殺し?だかなんだか。もう、あの夢はもやがかかっていてみえやしない。
なんだか不完全燃焼だけど、まぁどうでといっか。

とりあえず、そうだな。

「(あのカミサマふたりを服従させちまえばいいんだよなぁ、ようは)」

にたりと笑みを浮かべ考えた案はそれ。本来のこの物語の主人公がこれを聞いたら、もれなく俺も適役に回っていただろう。それくらいのことを考えてると自覚はある。だが、こうでもしないと俺は帰れないんじゃないか。
レイの元に帰るためなら、俺はなんでも、どんな手でも使おうじゃないか。
しかしこれもやはり危険な賭け。あのカミサマズに勝てるかと聞かれても正直……no。無理だ多分。
そんな弱いわけねぇよなぁ……うーん…。
……説得する? 一番安全なのはこれ。

「(うん、で、無理だったら実力行使だな)」
「…さっきから何ひとりでにやけてやがる不審者の塊」

実力行使での作戦を練っていた俺はどうやら笑ってきたらしい。無意識ってこえー。完全にアイクからの視線は危険人物を見る眼である。ヤメナサイ。

「で、どうする」
「んー、ダメ元で登ってみる、っつーことにしたわ」
「…もう夜だが」

碧眼が目立たなくなっていく夜。それが既にこの場を包んでいた。空も星が浮かんでいる。サイクリングロードから降りて徒歩で来たのだがもうこんな時間だ。
急いだ方がいいだろうが、夜に登山、それは危険だろう。

「いや、大丈夫大丈夫」

アイクは訝しむ顔をしたがひらりと手を降って笑った。
登るのはアイクの言う通り無理だろう。だから、ダメ元で。
ダメ元でとりあえず登ってみる。で、多分途中で引き返す。結界とか解けるはずないだろうし。
だけど一度それをこの眼で確認したい。どんなものなのか。どうやったら壊せそうか。それを確認したら一端ヨスガシティに行ってシキを元のトレーナーに帰す。そして作戦を練って、またテンガン山にチャレンジする。
よし、この計画完璧!

じゃ、さっそく行こうかと一歩洞窟に踏み入れると、ひんやりと冷たい風が頬を撫でた。ぞわりと背筋が伸びた。……なんだか、寒い。夜だからだろうかと腕を擦りながらコートをカバンから取り出した。
それをモゾモゾと着ながら、はた、と動きを止めた。
───とあることを、唐突に思い出したのだ。

じっとこの洞窟となっているテンガン山内部を見詰めた。先は真っ暗で、闇。懐中電灯のひとつでもあれば幾分かはマシだろうが、生憎俺は持っていない。
そんなテンガン山で、ひとつ小さなイベントがあったはずだと、思い出したのだ。
……ああ、そっか、ここでギンガ団ボスとご対面か。

さてはて、これはどうやってフラグ回避をすべきだろうか。

  
    

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