空契 | ナノ
33.世界 (1/5)

       
   


そして暗澹とした胸を抱えながら、眠ったその夜、
夢を見た。


───レオサマ───


誰かに呼ばれて気が付いたら、草原に立っていたのだ。ド広い草原だ。

音もなく揺れる青々とした草を眺める。普段はありえない早さで、空に浮かぶ雲が流れていく。
首から下がっている笛のペンダントが、スローモーションでゆらりゆらり揺れている。

その時点で既に、現実味からかなり離れている。
これは、夢、だろうきっと。そう冷静に判断して、俺はぼーっとそこにいた。
薄い色の高い空。綺麗だ。鏡越しに見た自分の変わってしまった眼の色と少し似ていた気がする。
どこか、空虚で、半透明な、空。


───レオ様───


また声が響く。
そちらに少し意識が向いた瞬間、ふわりと自分が浮かび上がるような感覚に包まれた。
その時だ。
ざわざわと俺がいるこの世界が───けたたましく、上げるように音を奏でる。
諧謔的な狂想曲のような、共鳴を奏でながら、世界は移り変わる。草原の揺れはまた激しく、雲の流れは目にも止まらず、色も姿を変えて、廻り廻り変わり続ける。空色から青色から茜色から紺色から夜の色へ。
思考をする暇もない内にその景色に包まれている時に、その夜の色が目前に写し出されて、あ、と目を止めた空。

それは夜空だった。碧色の。

夜明けを待つ、落ち着いた冷たい色……。
俺の、好きな色。
その夜空の下で、青々と茂る草原に立つ、自分。
碧草──────……、思わず、呟こうとした時には、


───レオ───


テレビのコンセントがぞんざいに抜かれたみたいにだ。ぷつんとその色が消え失せた。喪失感、なんて感じてる間もなく、吹き飛ばされた景色は一瞬で白に染められる。

真、っ、しろ、だった。

方向感覚なんて無くしてしまうような、上も下も右も左もないなんて場所だ。自身の足の下には陰もないし明かりもない。なのに真っ白で眩しく思える場所。それがここだった。
───ここはどこだろう。
着ている服も、いつもの服じゃなく、純白のワンピースである。
これは……なるほど、

「夢かぁ……」
「おい、ちったぁ考えろよど阿呆」

「は、」

変な夢だなぁと思って白を眺めていた俺の背後に、気配が現れた。それは不機嫌そうな声と、

「夢じゃないですよ、レオサマ」

静かな声と共に。男の声だ。ふたつの気配。その存在に気付かなかった訳ではない。急に現れたのだ。一緒の内に。その異常性に本能的に危機反応を示し、素早く振り向き様に後退して重心を低くした。攻撃体制であり、いつでも反応できる。
相手はその素早い動きに面を食らったように動きを止めて、ひとりは「はっ、野蛮」と舌打ち、もうひとりは「ほぅ、流石」と感嘆の声を溢していた。上から目線のような発言は少し勘に触った。いつもならこんなに過剰反応はしないが、多分今俺はとても気が立っている。それと、奴等ふたりの気配のせいだ。

そこに立っていたのは、男だった。
赤目のふたりはどちらも目付きが鋭く、俺を探るように見下ろす。精悍な雰囲気の顔は端整。人間離れした美しさ。ふたり共、双子なのかという程顔立ちは似ていた。
だが、片や、真珠のような艶めきを見せる、腰までの長さがあるピンクの髪、
片や、金剛のような煌めきを放つ、横の高い位置に一つへと纏めたブルーの髪、
そして、前者の男は気だるげで、後者の男は半笑いを浮かべ左眼にサングラスのようなモノクルをしている。それくらいの違いくらいで───あと、共通点と言えば、両者どちらとも痣や生傷があるという事だろうか。

とても奇妙なふたりだった。雰囲気も、口調も。俺のことを元々知っているようなもの。いや、知っているのか。───俺の名前を、さっきから呼んでいたのはこいつらだ。

「……あんたら、どちらサマ?」
「ハァ?
……チィッ、んの前名乗ったじゃねぇかよぉ」

「はぁ?」
「…本当に忘れてるんですかレオサマ……」
「マジかよ……それなりにインパクトあったハズなんだけどなぁオイ。
なんだこの物覚えのクソわっりぃど阿呆は」

「……」

なにこれ。なんでピンク頭の初対面のひとにこんなにボロクソ言われてるわけ?
俺はこんなひとたち知らないし、会ったことすらないはずだが。

「……なに、新手の詐欺か?
だったら悪ィ、今そんなんに構ってるよゆーねぇからさっさと失せてくれっていうか俺の夢からさっさと出てけ不審者」

「ね?」と笑顔で言い切った。ぺっかーと輝いていたと思う。ピシリと、ピンク頭の男が顔を凍り付かせていた。ブルーの方は「記憶力が悪いってのは本当だな」と頷きながら、こちらもニヒルに笑むと口を開いた。

「大丈夫ですよ、レオサマ」
「なにが」
「我らは不審者じゃないので」

そう言われても。

「くっぁぁー! うぜぇぇ!!
なぁなぁディアルガ! マジでこんな無礼なヤツ使うってのかよぉ!?
ほんっと腹立つ俺様達が態々来てやったってのになぁ!」

「は、」
「パルキア、五月蝿い。
無礼なのはテメェだ。あれほどレオ様には礼儀を尽くせと」

「は?」

「んで俺様がこんな人間如きにぃ……!」
「……パルキア」
「あぁん!?」

「だ、ま、れ」
「ウッス」

えっ。
えっ、ナニコレ。
ナニコレ。えっ。
目の前で交わされる会話に呆気に取られる。一秒前までは威勢の良かったピンク頭の人が今じゃ土下座してる。当然俺にではなくブルー頭の人へだが、気持ちは分かる。なんだ今の……暗黒顔と声は。

ぱっと見た感じだと、最近旅に加わったイーブイ───シィさんと似てるかなと思うかもしれない。だが、穏やかで礼儀正しい、洗練された振る舞いの下で隠れている強かな感情を持つシィとは、似ても似つかない。
強かとかじゃない。滲み出る気にその感情は浮き出ている。それが意図的なのか無意識なのか分からないが…………いや、それよりも。
今、彼らは、ディアルガ、パルキアと、口にしなかったか。
「…ディアルガ…?」ブルーの髪の男を指差し「…パルキア…?」ピンクの髪の男を指差し恐る恐る問い掛けるとそれぞれ「いかにも」「俺様神様を指差すな、無礼もんめ」と返事をもらってしまった。えっ、聞いといてなんだけどいらない。

だって、ディアルガパルキアと言えば──────ぱっと頭に浮かび上がったのは、ハクタイシティで見た、あの大きく迫力のあるポケモン像。……子供に乗られてたけど、あれこそが、カミサマ───ディアルガ、パルキアである。
てん、てん、てん、と頭の中で沈黙が走って、

「…………。
……最近変な夢ばっか見んなぁ……」

「オォォォィイイイイ寝ようとすんじゃねぇよぉおお神の御前だぞ平伏せろよぉ!」
「あーはいはい、カミサマカミサマ」
「それ平伏してるっつーより俯せに寝てるだけだろぉおざけんなこのクソ尼ぁ!」
「おい」「ね、寝ナイデクダサイマセンカレオサマ」

「……」

ピンク頭の男、パルキア(仮)が今度は俺に向かって土下座してきた。カミサマっていうよりはペットに見える。あのブルー頭の男、もといディアルガ(仮)の。
……あんなチンピラみたいなロンゲ(パルキア)(仮)を従わすってスゲー。やっぱりパネェと思いながら俺は欠伸をする。うん……やっぱりすげー眠い。

「あっ、おいてめっ、何寝ようとしてんだ……シテルンデスカ!」
「いや……眠いもんは眠いし……最近変な夢ばっかなよーで眠いんだよなぁ……」

全く覚えてないけど睡眠不足なんだろうか。似非敬語で俺に怒鳴りかけるパルキア(仮)は無視。目をこすっていると、ディアルガ(仮)が俺の方へ歩み寄ってきて、目線を合わすように膝を付いて屈んだ。

「…レオサマ、その夢って……」
「んー?」
「……悪夢、みたいなもんですか」

笑みを消して、静かな声で囁くように言ったヤツに、俺は笑みを固めてキョトンとした。見れば、あのピンク頭もハッとしたように煩い口を閉じてこちらの様子を窺うようにしていた。何を意図しているのか分からなくていくつかまばたきを繰り返し、寝返りをうって仰向けになってみる。……上も真っ白だ。
以前まで見ていたのは夢を思い出してみる。…なんとなく、しか思い出せなかったが、こんな風に真っ白ではなかったし、さっきの綺麗な空と草原が広がっていた訳でもなかった。
暗く、重い黒が広かっていた───ような気がする。
つまり、これは、

「……悪夢……だと思うぜ?」

多分。覚えてないけど、そういえば寝起きの感覚は悪かったし汗もかいてたし。……そういや、今回も夜中に目が覚めた時、モヤモヤイライラしてチンピラ狩りにいったんだったか。忘れてた。
……そうか、だから最近寝不足なのかと納得していたら、あのふたりは難しい顔をしていた。…悪夢であることに対して、なにかまずいのだろうか。

「…?
本当に、あんたらなに、」
「レオ様、今は寝たら駄目ですから」
「え?」

そろそろ本当に眠いんだけど、と言う声は、ディアルガ(仮)に肩を掴まれた衝撃で思わず飲み込んでしまった。無理矢理起き上がらされて、強い口調の声を聞く。
「奴に、引きずり込まれてしまう」と。
奴って、引きずり込まれるって、なに。
さっきから理解できない単語ばかり聞かされて汗が笑顔の上に滲む。混乱している俺に容赦する事なく、気が付けば立ち上がり近付いてきたあのパルキア、という男は俺の腕を掴む。

「いいか。時間がねぇんだ。
てめぇの都合なんざ合わせてる暇もねぇ」


引き寄せるように腕を持ち上げられ、半ば引き摺られるように足った俺に、そいつらは言った。

「我は、ディアルガ」
「俺様は、パルキア」

そして、ふたりが同時に跪いて頭を伏せるのだ。

「───あなた、レオサマには以前、一瞬だけ夢で会った事があります」
「以前……? 一瞬…、」



その時、脳裏にひとつの言葉が響いた。


―レオ様、
 歪んだ世界をお救いください―


そんな声を、そういえば聞いていた気がする。
そう、確か、それは、ミオシティ、で、だったか、



「あの時程じゃぁねぇがぁ、今回も時間が少ねぇ」

「話を聞いてほしいんです。
───世界の話を───……」




    
    

 *←   →#
1/5

back   top