空契 | ナノ
33.世界 (2/5)

   
    


ひゅるり、と、なにもない筈のこの真っ白な空間に、冷たい風が吹いた気がした。それが彼ら…………ディアルガ、パルキア、の髪を揺らしていた。
そして、俺の肌を僅かに刺すこれは…風ではないのだろう。オーラ、みたいなものだった。ディアルガ、パルキアと改めて名乗った、そのふたりの。
殺気などではないが、鋭く冷たく……泉のような神秘さ。これが神気とでも言うのか。それが確かなプレッシャーとなり、僅かながらも俺の心を揺らしていた。
……本物なのだろうか。だとしたら、何故人間の姿をして、こんな場所に。
そうだよ、俺はこいつらに会うため、旅をして、テンガン山付近まで来たんだ。眉を潜めると、ディアルガが笑って口を開いた。体制を戻して、また俺が彼らを見上げる番である。

「我等が人形をとってるのは、レオ様の剥き出しの心を傷付けない為です」

剥き出しの心。
また意味の分からない単語が。

「あー…この空間はな、俺の力で作った場所だぁ」

「テキトーに作ったんで、こんなに真っ白になった訳なんだがぁ…」と溢して真っ白な上を見上げたパルキアの脇腹に、ディアルガの「仕事しやがれチャランポランがくたばれカス」という辛辣な言葉と共に肘鉄が入った。これがディアルガの素なのだろうが、これもうチンピラ。しかも涙目の「いやっ、俺お前よりちゃんと仕事してっからぁ!」という言葉を放ちやっぱり腹を蹴られてノックダウンしてるパルキアが、あ、もしかしてこいつまともなんじゃ…。
笑みがニヒルなディアルガ超怖い。

「つまり、仮設でつくったこの空間に、レオ様を呼んだんですよ。心だけ」

「…て、めぇ……アナタサマ、の心は…その身体との結び付きが弱い……から、簡単に呼べた、ンデス…」
「……大丈夫かよ、おい」「……怪我に響く…」「……ケガ?」

地面に突っ伏してぷるぷる震えながら律儀に説明してくれるパルキアに、そろそろ不安になってきて近寄って揺すってみた。ケガ? 確かに、包帯などしてるのは見えたがこれのことか。確か、ディアルガも傷を負っていたか。
……カミサマが、何故怪我を?
それと、

「……結び付きが弱いって?」

俺の心と、身体が。
とは、どういう意味だ。

「……んのままの意味だ。
…てめぇは、この世界の人間じゃねぇ」


ぴくりと震え、眼を見開いた。
怠そうな顔をし体を擦りながら起き上がったパルキアを食い入るように見据えた。

「……やっぱり、俺がこの世界に呼んだのは、」

「…あなたサマの身体は、まだその世界で眠りについています」
「えっ……あのまま、って、」

「てめぇの心、魂だけがここに連れてこられたんだ。
そして、その身体に入れられた」

「え、ちょ……身体……っ、え……だって……心…魂……?」

意味が、分からなさすぎて、単語がぐるぐると巡った。
身体は眠りに、ついている。それは、どのタイミングで、確か、そう、夕方で、向こうの世界では、平日で、夕方で、遅くに目が覚めて、そうだ───ユカリ、から、親友の、ユカリから、電話がきて、
そこからだ。
そこから、なにかがおかしかった。
ノイズが、うるさかったのだ。
頭の中を埋めつくし、響き渡る雑音。それに、飲まれた。ユカリの声も、遠くなっていって、で、意識も、飲まれ、て、

次に眼を覚ましたら、もうこの世界にいた。
あの、鋼鉄島にいた。

この身体に、なってい、た、?

───ざわりと、藍色の派手な髪が靡き、空色の右眼が揺れた。

「…………この、からだ、は……?」

向こうに、あの世界に、元の世界に、身体はあるのだとしたら、眠っていたとしたら、
今なんの違和感もなく、動かしているこの身体は、なんなんだ、これは、いったい、だれ、

「安心しやがれ。
それはお前の身体だぜぇ」


感情が、乱れていた事に気付いてパルキアが、声を小さくして静かに言う。
恐怖で震えた、この身体。笑み。……ほっとして、パルキアを見上げた。なら、これは、なんだ、

「元のお前の身体を長時間かけて、コピーしていた結果だ」
「こ、コピー?」
「我があなた様の身体の時間を、パルキアが空間を読み取り、
そしてこの世界に全く同じものを創り出したんですよ」

「……そんなことできんのかよ」
「違う世界の人間を、世界に持ち込み、割り込ませる法が骨が折れますから。
他には、分解して再構築する方法もありますけど」


いや、その辺の難しそうな話はいいや。手をあげて待ったをかけた俺に、笑いかけたディアルガは「ついでに、あなた様のその大事な笛のペンダントも、コピーして同じものを創り出したんですよ」と胸元で光輝き、ゆらゆら揺れるペンダントを指差した。助かると握る。これは大事なものである。
……でもこんな事ができるなんて、流石カミサマだわと手を叩くと、パルキアはガシガシとその長く艶やかな髪を掻きむしった。

「あー、まー………すげぇ気力も体力も使った上に……俺達だけじゃぁできねぇ事だけどなぁ…。
しかもすげぇ残業した。ディアルガ気まぐれに仕事しなくなるしよぉ………いや、ウソデス、ゴメンナサイディアルガサマ」


……カミサマにも残業が……。そして冷たい視線を感じて咄嗟に謝っていたパルキアは結局、ディアルガのヒップドロップを食らっていた。……か、カミサマのヒップドロップだと……。のたうち回るパルキアにもカルチャーショックのようなものを受けた。

───ああ、でも、確かにと記憶を探る。
確か、鋼鉄島で眼を覚まして体を動かそうとしたときには、微かに違和感があったかもしれない。
そう伝えるとディアルガが「ああ…やはり人間から産まれるのと、我々から生み出されるのとでは、僅かながらのズレがあり、それで心が噛み合いずらかったんじゃないですかね」と腕を組んで話した。
ズレって、そんな身体にいて、俺は大丈夫なのだろうか。……この疑問を問えば、またディアルガが答えてくれる。「あなたサマにとって、マイナスになることはないと思いますよ」と。

「ズレと言っても、普通の人間との多少のズレだけです。
その瞳、髪が、
人間に近くとも気配が、
身体能力の大元が人間の範疇を越えていないと言えども、能力が、
少しだけ、ポケモン寄りになってしまった……そんな程度ですかね」

「ポケモン寄りって…」
「我々に少しだけ、近くなった……とも言えますが」

えっ、それいいのか。
この右眼、髪が、カミサマ寄り。───俺は純日本人だったのに、この派手な輝きの色になったのはそれか。確かにこんな色合いのポケモンいそうだ。
気配がカミサマ寄り。よく、俺が変な気配だとか、不思議な気配だとか、化け物みたいだとか言われるのはそれが原因か。
耐久力がカミサマ寄り。……ああ、そういえば確かに、少しだけ、怪我の治りとかも早くなったかもしれない。

そんな程度か。過去を振り替えるなんてあまりしてこなかったが、いざしてみると挙がるわ挙がる。様々な不可解なこと。一々立ち止まって、深く考えたことがなかったが……考えて、納得してしまった俺って、なんだか人間味がなくなってきてはいないか。
マイナスらしい、マイナスはないけれど、俺にとってはあまりよくはない。

「そんなてめぇをこの世界に生み出す為に、鋼鉄島に飛ばした。
あの島は生きてるからなぁ、都合よかったんだぁ」


「あの生きている島からは、なにかを生み出しやすい。
実際、数万年に一度、そこから生まれる者がいるのです」

「へぇ……?」

どこか抜けた声で、迷いつつ頷く。今日はやたら疑問符を使うなと我ながら思いつつ、ゆっくりと頭を整理していると、そんな記憶も出てきた。ゲンさんもルカリオも、島は生きてるだとか、なんとか言っていなかっただろうか。
それと、これはポケモンの漫画だったけど、トキワの森でも、そんな話があったかもしれない。
ポケモンの思いを読み取り、その傷を癒す力───だったか。そして、それは十年に一度だ。癒やす者と、二つ名を持つ黄色の彼女と、竜使いのあの人が、そうだったな。
なるほど、そういう理由で俺はあの島にやって来てしまったのか。……偶然では、ないのか。
───だとして、
はた、と気付いて首を傾げた。もしかするなら、あれは、

「……俺がポケモンの言葉が分かるのと、
時々…アイク達の声が響いてくるってのは…」
「あー……ポケモンの言葉が分かんのは、俺らに近けぇっのと……、
あんたの心と身体の結び付きが不安定だからこそ、じゃねぇ?」


「あの生きてる島が生み出す者は、波動使いばかりです。
だから……多分、だが、あなた様は少しばかりの波動の能力とポケモンの能力を受け継いだんじゃないですかね」


なんか、ますます俺人外に、とげんなりしつつも、ディアルガの「波動使い」の言葉が引っ掛かった。蒼い服と帽子を被った、波動使いと名乗ったあの人。
……この話の流れで行くならば、彼も数万年に一度生まれるその能力者ということに……。…想像してみて、違和感所かしっくりきてしまった。あの人ならあり得る…。

「でも、
その能力とポケモンの能力を、仮にもこの身体に受け継がれていたとして(嫌だけど)それと心の結び付きについてどう関係するだ?」

「(すげぇ不服そうな顔…)
いや…その力は本当に微量だ。波動使いみてぇに波動を巧妙に操れる訳でもなくて、ポケモンの技が使える訳でもなくてよぉ…」


「弱いその力で成しているのは、
その心を動かし、繋げる事です」



   
    

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