31.僕と君が歩む道 (1/6)
やっと見えた気がする。
自分が歩む道……。
君と歩む僕の道。
『……レオは、まだ起きない…?』ギンガハクタイビルでの騒動の翌朝だ。
普段通りの朝がやってきた、ハクタイシティのポケモンセンターの一室。リビングのソファで、俯せで寝転がったサヨリの背中の上に乗るピカチュウ─────ユウは、そうぽつりと呟いた。心配げに見詰める先の扉はレオが使っている部屋だが、そこからレオが出て来ることはまだない。
ジュピターとの衝突、そして陽恵と言うエーフィらしい女性との不思議な邂逅。
その後、鍵を探し出し、檻からポケモンを逃がし、逃げれない程の怪我を負っていた、また衰弱していたポケモンはポケモンセンターへと、ユウと共に運んで回復を頼んだ昨日。
レオは検査結果を聞くと、回復し終わるまでロビーに居た。椅子に座ることすらせず、何故か黒いコートを目深に被り、何時間も立っていた。その様子は明らかにおかしくて、笛を握る指先はいつもより更に白く、震えていたのだ。
ナミが休むように進言するも、聞き入れられず、また数時間。
それに耐えられなくなったのは、レオではなく彼女の相棒であるアイクで──────苛立ったように舌打ちをひとつすると、レオの鳩尾を、殴り付けたのだ。
それは、もう、容赦なく。
曰く
「言って聞かねぇ馬鹿は、実力行使が手っ取り早い」だそうで、避けることができず、諸に食らったレオはそのまま意識を失った。
というか、失わされたのだが、
まぁ良しとしたナミが部屋のベットに運んで、それからまた数時間が過ぎる。
そして、翌朝───ポケモン達が回復を終えて、ユウがこの部屋へとサヨリに連れられて帰ってきた方が、レオが目が覚めるより早かったのである。
未だに目が覚めぬ彼女に、憂慮ばかりが募っていく。
『……もしかしなくてもさ……アイクのパンチがいじょーをきたしてるんじゃ……?』同感であるとナミとサヨリが無言で頷いた。
壁に寄りかかっているアイクは反省する所か舌打ちをして、
「素直に従わねぇあいつが悪ィだろうが」と抜かす始末である。一同が溜め息をつく。こいつはこういう奴だと分かってはいたが、これで仮にも相棒と呼んでいいのか。
「…だが、確かにレオの様子は、おかしかったな。
昨日……から」「……ん……」椅子に座っているナミが呟いた言葉は、同意したサヨリを始め全員が同意できる事である。
──昨日の、レオは、初めて見た姿、だった。
───あいつ、は、
そうか、だから、ああ……、
───ころしたのか。
「……怖かった……」『……サヨちゃん、無表情で言われても何だか…………でも、そんなに……?』ユウにその時の記憶はない。悔しくも、敵の大爆発に巻き込まれて、戦闘不能になっていたからだ。
だが、直に目の当たりにしていた者達は、言葉を失ってしまう程の衝撃だった。
「…何だか、
あの輩も…私達も……もしかしたら、ユウまでも、誰も、視ていなかった…………そんな眼だった」何処か、遠くを、視ているようだった。
そこからだろう。彼女が何処かおかしくなったのは。普段通りの余裕を持て余していらような、飄々としたレオという人間ではなくなった。
今思えば、その時が初めてだった。
笑顔が浮かんでいない表情の、レオを見たのは。
『……僕の、せいだ……』「…ユウ……」『僕が、レオを、追い詰めた……っ』馬鹿な、自分の行動で。
───顔を抑えて泣き叫びたい。嘆きたい。一回り大きくなった体は再び自身の罪を思い出し、震える。
違うと、ナミが口を開く。
……それよりも早く、アイクがユウに向かって、これまた容赦のない、全力投球されたエナボーが放たれたり、した。
自分の事で精一杯だったユウは当然、成す統べなく宙を舞って、ぺちゃりと床に転がった。
…………空気が凍って、ナミが喉まで出た言葉を失って固まる。…あれは…急所に当たったのでは……。ナミが心配する中、ユウはがばっと身を起こすと火を吐くように抗議をする。意外と元気だった。
『えええええええちょ、待って諸当たった当たった当たったんですけどぉおおおおぁあああああおあお』「……蜥蜴……危な………俺まで、当たったらどうするの……」『のんびりした口調でサヨちゃんは揺らぎないねぇえ!』いちお! 僕! 病み上がり!!
噛んで含めるように、べしべしと床を叩く彼は、大分痛かったのか、唐突で驚いたのか若干涙目である。
それをナミは宥めようか、煩いと注意すべきか、またはアイクを叱るべきか、迷いながら「あぁぁ」と遠い目をするのみである。当事者を一瞥してみると、アイクは見るからに苛立っている。腕を組んで鼻で笑う。その姿は、
『暴君だ!!!!』「……」フォローのしようがない。
『何なのさお前!
最近ますます容赦なくなってない!? いや、容赦ないの元々だけどさ! もっと!』「はっ、誰のせいだ」『っはぁ!?』「何もかも、てめぇのせいだ」─────息を詰まらせた。
冷たい、碧眼がピカチュウの体を貫き、飲んだ息を吐き出すのが幾分か辛く感じた。
否定、しようもない。
「…てめぇが存在してなかったら、まずレオはああはなんなかった」ああ、そうだろう。
分かっていた。し、そう思っている。
「てめぇが引き起こした事が当然、あるだろ」分かってる。
ぐっと眉間に皺を寄せて唇を噛んだ。
……のに、いざとなると、泣きたくて、泣きたくて、しょうがない。
でも、それを分かって、理解して、今彼は帰ることを選択したのだ。
こう責められる事は分かっていたし、アイクのナイフのように鋭く尖って刺しに掛かる言の葉は、間違いないと思う。思ってる。
だから、ここで自分が泣くのはお門違いだ。と握った拳を、アイクはしばらく無言で見詰めた。
───何も変わらないように見えて、変わっている……掌。
息を、吐く。
「……でも、
それはあいつに対しても言えるんだろ」『ぇ…』アイクは気に食わないと眼を細めて、舌打ちした。
「…あいつが言ってやがった。
あいつがてめぇを棄てたと」『すて、た……レオ、が……?』それは、違う。呆然と首を振る。
違う筈だった。ユウが、自分勝手にレオの元を離れた筈、だった。
いや、あの時の……一昨日の夜の、あの出来事は、誰から見てもそうにしか捉えられないものである。
なのに、棄てたとは、どういう事だろうか。
「……責任……感じてたんじゃない……」ごろんと仰向け寝返りをうったサヨリは、天井を見詰めてやる気なさげな声で答えた。
「………あんたが、その選択をした、時………あのこ…それを、止める、こと…できた……かも……」「……止めていたら、いや、そうユウがならないように予め想像するのは容易い筈だ。……少なくとも、レオはしなかった」しなかった、のか、できなかった、のかは分からないが、
やらなかったのは事実。そして、
「……止めていれば、ユウは傷付くことはなかった。
そう、レオが責任を負っているのは、確かだろう」もっと言えば、自分が存在していなければ───と。
ジュピターに指摘された時、彼女は確かに動揺していて、否定できていなかった。
その責任から、ユウを棄てたと、そういう表現をしたのだろうか。なんで、と乾いた声。
『なん、で、……そん、な…の…』「アホくせぇんだよ、そんな水掛け論」アイクにとってはどうでも良いことにすぎなく、吐き捨てたそれはとても冷たかった。
「……誰かが死んだ訳じゃねぇってのに」なのに、何をそんなに思い悩む。
……その通りだ。それを言い出したらキリがないものである。
『でも、』力なく俯いたユウを見て、ナミは小さく苦笑した。彼は後悔したくない、と言った。後悔しないように足掻いているが、それでも怖いのだろう。レオに、再び拒絶される事が。……目覚めない、なんて事が。
「…………」きっと彼女も──────、
視線を、もう一度あの部屋へと向ける。まだ、まだ、起きてくる気配はない。そんな彼女も、もしかしたらそれが怖いのだろうか。
……レオがとても人間らしく思えて、ナミはふっと微笑んだ。
「……なぁ、ユウ」優しい口調で、彼はユウに近付くとその頭を撫でた。
「…お前も、レオも含め……存在してはならない存在なんて、
私はそれこそ存在しないと思うんだ」だって、そんな存在があったら、悲しいじゃないか。
ナミにしては珍しい、感情論だった。ユウもその言葉に感情のままに、こくりと頷いた。
そうだと、いいな。そんな希望を持って。
「……とりあえず……ユウ、レオ…見てれば……」『え……見てればって……』「そうだな。
いつ目覚めるか分からないが、様子を見て欲しい」『え、なんで僕が……』「ご心配なのでしょう?
ならば、傍についていらっしゃった方が良いかと」
『……………、
…って!?
うわぁっ!? え!? 何!? 誰っ!? どちら様!?』「……てめぇ、さっき門前払いした筈だろ………どこから入りやがった」「無礼だとは存じ上げておりましたが、窓から」
『さらっと爽やかないい笑顔で!
……って、あれ…もしかして、キミ……ビルにいた……?』「……グレ……」「そのあだ名はお止めなさいと言ったでしょう。ナックラーさん」
「ああ……サヨリが話していたあの……?」「……ますますなんで居るんだよ」「いえ、あなた方のご主人様にご用がありまして。
レオ、さんでしたか。あのお方に礼も無しに去る訳にはいきませんので」
『律儀ぃ……でも、いいの? 知り合いとかあの捕まっていた中に居たんでしょ? その子は?』「…はい、もう挨拶は済んでいたので」
「……嘘臭ぇ、こいつ」「礼儀正しい者ではないか」「…なんかウゼェ…………さっさと出てけ」「ですから、まだ礼が済んでいませんので」
「知るか。さっさと出てけ」『あぁっちょ! 何も窓から放り投げなくてもいいじゃん!?』「知るか。てめぇもさっさと行け半端野郎。
いつまでその姿でいるつもりなんだよ」『っ…うっさい!』
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