空契 | ナノ
30.選んだ道の果て (1/4)

  
   
  

「───……やぁ、こんばんは、
お姉さん」

「……こんばんは、侵入者、サン」





コツンと女のヒールだと思われる足音が聞こえた。
───コツ、コツと踏み込んできたのは、紫の髪に、ギンガ団の服を着た女。
苛立ったように、眼をすがめるその女を見上げて、俺は引き攣った笑みを浮かべ、眼を細めた。
そこで転がっているギンガ団したっぱ達が着てる制服とは違う、レオタードのような格好の彼女の事を、見覚えがあった。勿論、谷間の発電所で遭遇したマーズさんと同様で、ゲーム内の話だったが。
そして、冒頭の言葉は挑発である。それを悟ったようで、紫髪の女性は苛立ったようにコツンと足を鳴らした。それに、サヨリをはじめとした全員が身構える。
───瞬間、

「ナミ! 冷凍ビーム!」
「任せろ』

部屋の外に動いていた気配が動きを見せた事に敏感に反応して、指示を出せば案の定ほぼ同時にズバットが飛び出して来たのだ。だがそんな奇襲だって、予想していれば返り討ちにするのも容易い。ナミの素早い冷凍ビームが炸裂。ズバットは技を放つ前に凍り付き、床へゴトリと音をたてて落ちた。

「……やぁーぱり、な」
「ちっ……」

超音波でも不意打ちで放つつもりだったのだろうと、悔しそうに舌打ちをする女性を見て確信を持った。けれど、その手にはついこの前、一杯食わされたばかりだ。
もう二度とあんな目には合わないと、俺はみんなと打ち合わせをしていたのである。
おかげで、ナミの素早く的確な冷凍ビームはズバットに命中。一撃で仕留めた、までとはいかなかったものの見たところ───ズバットの羽と体が凍り付いている。あれは氷状態だろう。重ねて、もう体力は少ない。そんなズバットが戦闘に出せる筈もなく、女性は乱暴にボールを取り出すと戻していった。
───よし、これで先手は打てた。
俺は残りのポケモンの姿を思い浮かべ、「やってくれる」と呟いた女性に、右眼を細めた。

「よく、鍛えられた冷凍ビームに、ポッタイシ……、
そして、深海のような藍髪に……空色の右眼、左に眼帯。
眼鏡に、黒コート……貴女ね? マーズと、あのお方が言っていたレオ、というのは」

「…あぁ、その通りだ」

やはり、情報は共有されているようで、俺の容姿は当たり前のように彼女に届いていたらしい。
予想通り過ぎて、驚いた顔はしなかったが少し疲れた引き攣った笑みを浮かべる。……あ、ダメだ。やっぱり、笑えない。

「ふぅん、」

そんな俺に目敏く彼女は気付いたようで、舐めるような視線が注がれる。
───マーズとは、また違う嫌な目付きだ。

「……マーズと言っていたのと、違うわね」
「、へっ?」

「その顔よ。
…笑顔が可愛いって聞いていたけど、全然違うわ」

「不細工な顔」そう嘲笑われたこの顔は、引き攣った笑みで固まっていた。そう言われても仕方がないというか、否定のしようのないものである。寧ろ肯定すべきだろう。
へらりと、頬を強張らせる。

「だよなぁ……」

っていうか驚いた。マーズさんと違う、って心読まれたのかと思った…………この人、エスパーなのかと一瞬冷や汗かいたわ……。

「で、マーズさんの事を呼び捨て、ってもしかしなくてもあなたはお偉いさん?」
「……ええ、ジュピターというのよ」
「……そ、それはどうもご丁寧に」

……わざわざ向こうから名乗ってくるとは思わなかったわ……。
元々知ってるけどさ、彼女、ジュピターのことは。勿論、ゲームで。

「…マーズさんといい、ジュピターさんといい、なんでギンガ団さんはそんなにコミュ力高いのさ……」
「貴女とは長い付き合いになるでしょうから、念のため名乗ったのに過ぎない」

はっきりとした口調で告げられた言葉に、俺は一瞬の間を置いてから目を見張った。
それってなんだか、

「俺が何度も何度もあなた達に、関わらないといけない。
……みたいに聞こえるんっすけど?」

気のせいですか?
それが、主人公ならば、そういう宿命だろうけどと俺は首を振る。俺は主人公なんかじゃない。
───ならば、いない主人公の穴は誰が埋めるのだ。そんな問いが聞こえた気がしたけど、少なくとも俺ではないのでは?
そして、俺はこの人達と関わりたいなんて思っていない。……正直、時間の無駄だし。

「俺からしたらさ、あなた達がこの“世界”でなにをしでかそうとカンケーねぇんだよ」

肩を上げて、おどけたように笑うけど、もしかしてこれってとても冷徹なことを言っているのだろうか、自分は。
それでも、これは本音なのだ。俺はこんな世界を見捨てることなんてできる。
だが、ジュピターは「そうかしら」と見透かしたように言う。「なら、貴女は何故此処にいるのよ」と。
嫌な視線が、俺の腕に抱かれたピチューに注がれる。

「…そのピチュー、
そいつを助け出す為に此処まで来たんでしょう」
「…………」
「まさか、そのピチューを送り込んで貴女は高見の見物をしてた……なんて訳ないわよね?」

「………そんなメンドーなことするくらいなら、自分から来てたっての」

それかもっと確実なヤツに頼んでたわ。アイ君とか。そう、確実に、俺の指示なしでもこの場を抜けれるポケモンを使っていた。
ユウには絶対、頼まない。
だって、と腕の中で小さくなっているピチューを見る。ナミの的確な応急措置で、顔色はよくなっているがまだ目は覚めていない。
───だって、

「だって、ユウは……弱いし」

これは事実だ。
それは偽ることのできない、事実。
だからこそハッキリと口にすると、ジュピターが眉を寄せる。

「なら、何故助けた?
そんな弱いものの為に、何故お前は、」

俺は彼女の言葉を遮るように、首を振る。
そうさ、この子は弱い。それは確かなんだけどね。

「勘違いすんなよ」

これも事実だから。俺はジュピターを見据え、迷わず口を開く。

「この子自体の力は、強いんだぜ?」

にっこり、俺は今度こそ、ちゃんと微笑んでいられたと思う。
それに比べ、ジュピターは意味が分からないようで「……は…?」と目を点にしていた。…ああ、美人は何しても可愛いな。
けど、やっぱり勘違いしてる。そう呟くと、後ろからおかしな視線を感じて振り返る。勿論隙は作らないようにしつつだが……見ると、アイク、ナミが変な顔をしていた。…なんか、信じられないものを見たような顔。眉が引き攣り目は真ん丸である。
唯一顔色を変えないサヨリに助けを求め見ると、

「……ダウト……」
「突然!!?」

「いや……お前、弱いって……言っていただろう!?」
「…あ、うん、言ったわ」
「言っ……言っただろう!?」
「うん、言った」

……なんか発狂しそうな顔だぞナミ。
アイクは、俺の相棒は、やっぱり察しがいい
というか…………呆気に取られた顔から、呆れたような表情で俺を見てくる。そのジト眼やめなさい。
罰が悪くなって空笑いしながら、視線を泳がせ、ピチューに注いだ。……あ、そうだな。俺、かなり適当に、曖昧な表現、したのかも。
弱いとは、言った。でも、彼の力は、能力は強いんだ。

「……心が弱い、んだよ。こいつは」

困ったような顔で笑った俺のその言葉に、ナミははっとした顔でピチューを見詰めていた。
彼にも、そして無表情のサヨリも、多分思い当たるトコはあるんじゃないかな。アイクは、元々気付いていたのだろうか。

「こいつはね、中途半端なんだ。
バトルで負けて泣きそうになってるくせに、泣かないし、
自分のせいだとか抜かしてたくせに、いざとなったら認めないし、
嘘ついたくせに、嘘を最後までつききれなかったし、
作り笑いするくせに、下手だし、
演技なくせに、たまに本気になるし、
どっちにもなりきれない、弱いヤツ、だよ」

……まぁ、俺も強いとは言い切れないから、どっちもどっちだけどなぁ。
最後にそう付け加えながら肩を竦ませ、ピチューを撫でる。少し汚れている。血が、手についた。それでも気にならなくて、今は、苦笑を浮かべて撫でていく。「でもさ、」

「こいつの力……能力自体は強いんだぜ?」

挑発的に笑って、ジュピターを見上げる。彼女は少し気圧された様子を見せつつも、どこがと反論してきた。

「そのピチューがこのビルに進入してきて、直ぐに捕らえられた。しかも、したっぱによってだ」
「へぇ、そうなんだ?」
「そんなピチューが……強い、だと?」

馬鹿馬鹿しいとでも言うようなジュピターに、俺は「いいや」ときっぱりと否定する。
それはさ……いや、それこそ、心が弱いせいだろ。
どうせ、だ。どうせ、彼は感情のまま突っ込んで来たのではないだろうか。敵のアジトに。対策や作戦もなにも考えないで。………なんのためにここまで来たのかは知らないけど……。
そうじゃなくて、と俺はひとつの仮説を述べる。

「こいつは……多分、努力型のポケモンじゃねーかなぁ。
個体値が高いわけでもないし、生まれつきボルテッカーを覚えてたワケじゃあ、なさそうだし」

のんびりとした口調で呟いた。思い返してみれば、彼のボルテッカーは最近見たものである。あの谷間の発電所が初めて見た。
そして、おそらくだが───あのボルテッカーが完成したのは、昨日のラルトスのバトルで、だろう。谷間の発電所で見えた光よりも強かったし。……まぁ、あの時は視界が砂嵐で悪かったから、あくまでも推測、だが。
でも、元々覚えていなかったのは確かである。

……結構前の話だが……マサゴタウンを出て“境界”と勝手に自分が呼んでいる森の中で、ムクホーク率いるムクバードの群れと対戦した時だ。その時、俺はナナカマド博士から貰ったばかりの図鑑で、技をきちんと確認したのである。……結構前の記憶だから、かなり朧気でさっきまで忘れていたことだったけどさ……。
でも、ユウの覚えていた技を表示した図鑑に、ボルテッカーなんて技名は、存在しなかったはずである。
ていうか、覚えてたら俺がもっと乱用してた。自分にダメージが返ってくる技なだけに、威力は高いからな。
つまり元々覚えていなかったこととなるワケだが……、

「(どうやら、この世界だとゲームとは違って自力でも技を覚えられるみてーだなぁ)」

ゲームだと、ボルテッカーをピチューが覚えれるのは、親がでんきだま(という任●堂から送られた素晴らしきピカチュウ贔屓アイテム)を持った状態で交尾し、産まれたピチューのみ、ボルテッカーは覚えれていたのだが…………どうやらこの世界だとそうでもなく、自力で覚えられるものらしい。
……そういや、アニポケのピカチュウも……なんだっけ、でんこうせっかしようとしてたまたまだっけ? たまたま覚えたんだっけ? なんかそんなん。

「まぁそんなワケで、この子は強いぜ。
能力値もよく上がってるし……ジュピターさんの言う弱い強いの面で言えば、この子は、強い」

これは断言できる。
───嘘でも、俺とこいつは、一緒に旅をしていたのだから、分かる。知ってる。
強い、揺るぎない意思で、眼で、そう呟いてジュピターを見据えた。
これは、過大評価でもなんでもないんだと伝わればいいなと思った。ジュピターさんにも───……ピチュー、くんにもな。




「───っていうかさ、
そもそも俺、こいつのこと、別に助けに来たワケじゃーねぇんだけど……」
     

    
    

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