空契 | ナノ
27.キミが歩む道 (1/4)

 
   


「えー、こちらはコトブキシティから離れた静かな町、ハクタイシティです!
今、わたし、ユミと! ポケモントレーナー、レオさんとのバトルが始まろうとしております!
見てください! 彼女、レオさんのバックの肩掛けに! そこできらびやかに輝いているのはクロガネシティのコールバッチです! そう! 彼女はクロガネシティジムリーダー、ヒョウタさんを破ったトレーナーなのです! ヒョウタさんがそのジムに就任してから、ここ数ヶ月! 連勝中だったあのヒョウタを破ったトレーナーが、今回はハクタイシティジム、ナタネさん挑もうとしており─────、」

「はーい、以下省略!
ユミさーん、俺とっととバトルして休みたいんですけどー!」

「お聞きになりましたか!? 彼女は確かな自信を持っておられるのです! この威圧感! ああ、テレビの前の貴方にも届いていますでしょうか!? まるで数年前に現れた新チャンピオンのような威圧感で────、」

「ダメだこりゃ…」



ユミに連れられ、レオはポケモンセンターの裏側に作られているバトルフィールドに居た。
位置もつき、モンスターボールを構えて、少女は準備万端である。
しかし、ユミがマイクを振り回しながら、必死にカメラのレンズを覗き込んでは熱く語りだして、無駄に話は大きくなるわ、長くなるわでレオのやる気が下がりそうである。
テレビに写ってしまう訳だから、一応変装のために着けていた伊達眼鏡がズリッと落ちそうになる。慌てて押さえた。
──────こんな変装で、ダイゴを騙せるとは思ってはいない。だが、ぶっちゃけバレても良い。まずいのは場所が特定されて鉢合わせしてしまう事だ。しかし、その辺りは折り込み済みだ。このトレーナーズ チェッカーだかなんだかの番組は他の来週放送だそうだ。当然、その時はとっくにこの町を出ている。だから、この放送を今更見たとして、ダイゴと顔を合わせる事はないのだ。
某組織に見られても、どうせこの伊達眼鏡姿と名前は知られているのだ。今更どうって事はない。
という訳で、レオはかなりノリノリで準備していたのだが、ユミの解説に沸き上がる周囲のギャラリー……。それほどまでにテレビ局のカメラに興味があるのか、それともレオの整っている顔立ちに興味を引かれたのか、はたまた、後ろで見守っているナミとサヨリの美形に目を奪われてやってきたのか──────それは定かではないが、あの女性の解説で更にギャラリーの熱は上がっていた。
それもその筈、クロガネシティジムのヒョウタを破った、なんて紹介をされたのだから。

「……って、なに? ヒョウタさん無敗だったのかよ? マジかよ。知らねーよんなもん。なにそれあっさりアイクとか倒しちゃったけどいいの? よかったの? てか、だからラムパルドなんて無茶振りしてきたんすねヒョウタさんそりゃ普通勝てねーだろーが!」

「あ、レオさんよろしいでしょうかー?」

よろしくねぇよお前のせいで無駄にハードル上がって緊張しちまったじゃねーかユミさん!!
なんて怒鳴れたらどれだけ楽か。悲しきかな、聞けばこれは全国放送だとか。そしてテープがもったいないので、一発OKしてくれと頼まれた。無茶振りである。
それでも、全国に自身の醜態を垂れ流す等と言う、黒歴史は作りたくはないものである。ならば、かっこよく。主人公みたいに!

「おーけーっす!」

かっこよく、勝ってみせようぜ!
ばっと拳を高くあげてにっこりと笑う。バトルは2対2のシングルバトルだそうだ。出す者も決めた。勝つ気でいた。
ギャラリーの中で、審判を申し出てくれた人が片手を上げると、ざわついていた周囲が静まり返る。
両者、そろぞれ質の違う笑みを浮かべながら睨み合う中……一斉に、ポケモンを出した。

「Go! ユウ!」
「いっけー! ラルトス!」

「──────始め!!」

ポケモンバトルの、幕が切って落とされた。
刹那、声を上げたのは向こうだった。

「ラルトス! 瞑想!」
「うわっ、急に積んできやがった」

緑の丸い頭から赤いツノが出ている、不思議な雰囲気を漂わすラルトスは、小さく息を吸うと両手を広げた。すると奇妙なオーラがラルトスの小さな体を包み込んだ。
瞑想──────それは、特攻と特防を一段階上げる技だ。上げられたら、少しばかり厄介になるのは確かである。

「でも、残念ながら……!
ユウ、10万ボルト!」
『っ……!』

ボールからフィールドに降り立ったピチューの姿はいつも通りのように見えた。そのまま駆け出し、軽い跳躍の元、放った10万ボルトは瞑想に入ろうとしたラルトスに命中し発光した。ユミがラルトスにその指令を出してから、1秒程度しか経っていないだろう。速攻。やはり、ラルトスよりピチューの方が素早さは高い。
これなら慎重に行けば勝てるだろう。それを確信したのは、この直後の相手の指示だった。

「───ラルトス! もう一度瞑想からのおまじない!」

「(……積んで、急所を外させるおまじない、ね)
なら! ユウ! こっちは電磁波!」
『えっ……』

少し意外そうに一瞬ユウがレオを見たものの、瞬時にその指示通りに比較的弱い電気が放たれる。近い距離からのそれにラルトスは一瞬反応したもののユウの素早さには勝らなかった。電気を浴びて体の動きがほぼ拘束された直後、ラルトスの念力がユウを持ち上げた。スッと胸を冷やしながら、これを脱却する手立てを考え間も空けることなく叫ぶ「10万ボルト!」放たれた閃光はラルトスを貫いた。一瞬ラルトスの念力が弱まった時を逃さず、ユウがそのまま飛び掛かろうと電気を纏う。そうなる事は、レオも、そしてきっとユミも、想定内である。

「ユウ、下がれ!」

『え、なんでさっ!?』
「なんでも! 10万ボルト周りにぶっ放して下がれ!」
『っ、だから、さ!』

「!」

『意味分かんないんだよ───ッ!!』

何かを切り裂くような刻み込むような怒声と、火薬が爆破されたような凄まじい音がその場の人間の鼓膜を震動させた。ビリッビリと耳を壊すようなその凄まじい音で、一瞬何も聞こえなり、真っ白な雷の輝きで視力も失せた。咄嗟に腕を交差して爆風と光から目を守ったものの、ダメージはゼロではなかった。その先を見据えると、フィールドの中央に彼を見付ける。
──────今、彼が放ったのは雷だ。チッと舌打ちをする。凄まじいその衝撃に吹き飛ばされた者は少なくないだろう。そんな辺りの動揺が波のように押し寄せて来る前に、レオがいち早く反応した。汗が頬を滑った。

「っユウ、今すぐ下がれ!」

『っ、なんでだよ!!』

彼は振り返りながら叫んだ。地に叩き付けるような、訴えだった。
その小さな体は震えていて、微かに静電気を纏っていた。ぴりぴりと彼が発するこの気迫──────いつかの、アイクのものと似ていた。だけど、それよりももっと悲しいような、感覚に声が詰まる。
憎しみ、怒り、苛立ちにどろどろと沸き立つ感情に、泣きそうになっていた。なんだか、今すぐ此処から消え去りたい。何処かに消えてしまいたい。全てを壊し去りたい。鈍い痛みが胸の奥底に残ったまま、未だにギリギリと爪痕をつけている。
苦しい苦しい苦しい苦しい。泣き叫ぶかのように、ユウはレオに感情を訳も分からずぶつけた。

『僕は! 強い!! あんな奴くらい今みたいに余裕で倒せるっ!!』
「ユウ、お前、何いって」

『だから、信じてよ!』

僕はラルトスを倒せた。疑わないで、お願い、信じて。
声にならない言葉は喉に詰まった。それでもどうにかこの痛みを押し付けたくて、ただただ自分勝手に自己主張を叫ぶのだ。
そんなピチューに、レオが抱く感情は、苛立ちだ。唇を噛んで、同じように怒鳴り散らしたい衝動を押さえる。

『僕は強いんだ!!
ピチューでも、強いんだよッ!!』


──────そう、なんの根拠もない癖に子供みたいに主張を繰り返す彼が、とてつもなく、

「本当にそう思ってんのかよ」

憐れに思う。薄く唇を開いて笑った。ユウ、のみにしか理解できないだろう、彼女の細い右眼に宿る氷のような光。その見下すような道化の笑み。
全てが全て、それらはユウを軽蔑するように、否定するように見えて、体が冷たくなる。

──────あの時の眼だ。
森の洋館と、変わらない、眼。

レオの頬を滑った汗が、ゆっくりと落ちていく。それが地に落ちるその瞬間。ユウの背後で力が舞った瞬間。
ゆっくりと、少女の唇が、動く。

「 おまえ は よわい よ 」

一文字一文字、一言、一言が、静けに、ユウの、耳に、ユウのみに、ゆっくりと、ゆっくりと、じわじわと、侵食するように、突き刺し、た。じくり、と突き刺さったそれは、物理的にも特殊的な意味でも、ユウを痛め付けるのだ。

『え、……っ?』

突風が吹き抜けた。その刹那だ。
時が、一気に加速する。
──────ゆっくりと流れていた血飛沫も、傾いたユウの体も、ユウの背後から吹き抜けた風に乗った、マジカルリーフ、も、
加速したそれらは全てレオの右眼に映り、彼女の背後の壁をその技が切り裂くように、ぶち壊していった。ガガガッと崩れた壁の破片が舞い、レオの髪と服のみを大きく揺らし汚していく。その強い風の中、動じることなく微動だにしない右眼で、地に伏した、ピチューとその背景を見た。

その後ろで、ラルトスが、立っていたのだ。

ユウと何ら変わらない、大きさの体にできた傷を、なんとも感じていないと、揺らぐことなく、的確な指示のもと──────ユウの背後からマジカルリーフを放ったのだ。

『っ……うそ……なんで……!』

絶望的に目を見開いて、振り返る。ラルトスはまだ体力が有り余るかのように、力強い足でそこに立っていた。
ユウは、雷をラルトスに放った。そして、ヒットした筈だった。それは、間違いない。レオもそれは辛うじて、だが確認した。
けどね、とレオは笑った。

「残念ながら君の、その行動は間違っていたんだ」

雷を、ラルトスに向かって放つ、なんて。

『っ!』

ゆらりと立ち上がり、電撃を目眩まし程度に食らわせながら後退したユウは、食って掛かるようにレオを睨んだ。

『じゃあ、なんだっての!?
さっきからあんたの指示は生温いんだよ!
相手は瞑想って技で特防上げて! 守りに入ってんだろ!
なら、手出せなくなる前にさっさと片付けなきゃ勝てないに決まってんじゃん!!』

「うっさいなぁ………それは間違いだっつーの、ユウくん」

なんの根拠もないくせに、きゃんきゃんと吠える彼がやかましいとでも言うように顔を歪ませるレオに、ユミが感心したように手を叩いた。その表情は、やはりレオのそれとは違う笑みを浮かべている。嬉しそうなそれだ。
レオは彼女に優しく微笑みかけながら、子供を諭すような風に言った。

「あのな、そもそもラルトスってのは耐久性なんてないに等しい種族なんだぜ?
その進化系、サーナイトになればまた変わってくるけど、ラルトスにそんなに特防を上げても意味がない。
……だけどユミさんはきっとそんなコト、とっくに知ってる筈。
それは囮として使ってんだろうな」
『おと…り……?』

「それに、ユウくん。
キミはなぁーんか忘れてねぇ?」

────瞑想って技は、ただ特防を上げるだけの技じゃあ、ないってコト。

はっと、今更ユウが言葉を飲み込んだようだ。遅ぇなと心の中で呟いて頷く。

「うん、そう。
ユミさんはさ、最初っから……特攻を上げにかかっている」

「ご明察!
……凄いわね、レオさん」

ぽつりと呟いたユミは、突然レオに向かってマイクを向けた。「それでは一旦、インタビューです!」と、謎の場面転換をした彼女は目をキラキラと輝かせていた。可愛い…脳内の片隅で思い浮かんでいるそれを咳払いで払い除けてから「どうして、気づいたの? それに」という質問に答えた。

「いや、ユミさんも凄いっすね。
瞑想を防御に回る為に使った、と思い込ませるように、あの場面で“おまじない”をするとか……芸が細かいっす。ほんと」
「あら、それも気づいたの」

「ま、気付けたきっかけは単純明確!」褒められた事が嬉しかったようで喜びを頬に浮かべると、ぱぁっと手を広げたレオがラルトスをちらりと見た。
小さな手を口元に当て、縮こまっているラルトスはいかにもか弱そうである。

「さっきも言ったように、ラルトスは耐久性が低いからな。
火力はまぁまぁ。だったら普通……ってか俺だったら、瞑想は火力積みに使うなぁって発想の元さ」

でね、ここからが問題。
片腕を頭の後ろにやり、反対の手で人差し指を立てた。
──────何故、ユミがそのようなまどろっこしい手を使ったか、である。

「ユミさんは、やっぱり瞑想は火力上げに使うべきだと気付いている。
だけど、相手の眼には防御に回っていると思わせるように、ラルトスにおまじないまでさせた。

……なんで、防御に回っているように見せようとしたか」

『……おとり…?』

茫然と呟いあその言葉は、先程のレオのものである。
意味がわからないまま言葉にしたものの、してから気付く。──────自分は嵌められたと。

「そう、囮。
ユウくんみたいに、積まれて積まれて手出しできなくなる前に!ってなった所を、返り討ちする。
その為の囮、なんだろうな。
って思ったけど、どーよ? ユミさん?」

「……そう、当たり!」

わたしの作戦はそれよ。にこりと微笑んだユミは、腰に手を当てて背筋を伸ばした。これは、この作戦は誇りだと言うかのように。

だって、これは、ラルトスが強くなれる作戦だから。
そう堂々と言ったユミに、ユウ、ただひとりが気に入らないと顔を歪めた。




    
   

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